「それはわたしです」
「でさ、そのコンビニで会計が777円とかなると、ちょっと嬉しいよなぁ」
吹きすさぶ風が森の木々を揺さぶり、舞い上げった木の葉が二つの月を横切ってどこか遠くに飛んでいく。
俺はミラを案内して、夜の森の中を進んでいた。
二人きりで会話が続くかと心配したが、ミラが思ったより外交的で明るい性格なので助かった。
異世界の幻想的な森の中、俺はこの世界へ来たばかりの少女と現代日本の思い出を語る。
「えー、そうですか? それなら711円の方がジャストでしょう」
この世界に来たばかりの少女は、好意的に俺の話題にのってくれる。なかなか社交的でいい子だ。
言葉使いも距離感を感じない程度に丁寧で、それでいて生意気でもなく自然だ。
「……おお、確かにその通りだな」
よもやま話に花が咲く。
懐かしい日本の情景が浮かぶ。
「今は携帯端末のアプリへのチャージとかカードプリペイド方式が多いので、そのジャストな小銭を出すってことはないですけどね」
「そうなのか。時代が変わってるんだな」
俺のいた現代日本は、スマートフォンが出始めた乗り遅れちゃいけないぜビックウェーブに……という時代だ。
かろうじておサイフケータイがガラケーに搭載されていたころで、まだ浸透してるほどではなかった。
「部活を抜け出しても、カードだけで買えるから小銭なくて済むんです。ほら、小銭って運動するとき邪魔でしょ? でもカードならケースに入れてポケットにちゃんとしまえば邪魔にならないんですよ」
「マジ、時代が違うな……数年の差なのに」
ヤバイな。懐かしくて涙が出そうだ。
コンビニの肉まん食いてぇなぁ……。
「ところで……部活といえば、ミラは得意な運動とか好きなスポーツとかってあるか? やらなくても見るだけってのでも教えてもらえないか?」
団体競技が得意なら、協調性が高くチームワークを理解している。
個人技が得意ならば狭いが深い集中力があるなど違いがある。
釣りが好きなら環境を見る癖がある。
などなど、これらを知ることで個人の戦い方を推し量るなり、集団戦での彼女の立ち位置をおぼろげに知ることができる。
部活で抜け出してコンビニで買い物って話しを聞くところ、ミラは陸上部あたりだろうか?
俺の問いかけに、ミラは小首を傾げると少し可愛らしく考えてみせた。
「運動……ですか? そうですねぇ」
思い当たったのか、はっとミラの顔が愛らしく輝く。
「踏み台昇降が得意かな」
「ああ、ダイエットにいいよねぇ、踏み台昇降。有酸素運動が脂肪の燃焼にも繋がって無理なく続けられるし……って、スポーツじゃねーよ! ソレ!」
思わずノリツッコミしてしまった。
ほんのわずかなTポイントも得られないところもみると、これはボケではないらしい。
「脇にちょっと仕掛けして脈拍を止めておくと、計測者がすごいびっくりするんですよ」
「なんてことするんだよ!」
脈拍を測れず、慌てる計測者を見て喜んでいるんだろうか、この女子高生は。陸軍予備校にでも入る気か、こいつ。
「おっと……いやぁ悪い悪い。つい普段のノリで対応してしまった」
俺はついつい大声でツッコミを入れてしまったことを謝る。
始めて会った時も、いつものノリでキツイツッコミを入れてしまった。
などとここに来て、急に常識人らしい態度を見せたところで彼女の反応が変わるとは思えない。
ノリのいい彼女のことだ。
気にしてないだろう――。
「いえ、ヨーヘイさんのその50点くらいなツッコミが嬉しいです」
「おいこら、なんだその点数。ケンカ売ってんのか、コラ」
ピコーン……。
と、Tポイントが貯まる感覚が俺の頭上で感じられた。一応、ボケだったらしい。
良かった。50点じゃないんだ……俺のツッコミ点数。
「厳しく評価するなら、さんじゅ……」
「おい、止めろ。その点数にツッコンでTポイント来なかったら俺が凹むわ。マジ止めろ、点数付けるのやめてください」
もはやツッコミではない。俺の要望だ。
「……プッ! あは、あははははっ!」
なりふり構わない俺の要望を聞いて、ミラは吹き出す様に笑い始めた。
「な、なんだよ」
可愛らしく笑うミラを相手に、俺はどういった態度を取っていいのか分からない。
悪い意味で俺を笑っているのではないのだろう。
しかし、こんなに愉快に嬉しそうに笑う少女を前にして戸惑うことしかできなかった。
俺ってツッコミ出来ない相手の態度に弱いな……。一種のコミュ障か、俺。
「いやー、伺っていた通りでした。ヨーヘイさん」
「……あ、ヨーヘイじゃねーよ。さっきもヨーヘイって言ったろ。俺はヨルヘルだ」
名前を忘れないようにヨーヘイを連呼するのは、あのダ女神だけで十分だ。
「ごめんなさい。ヨルヘルさん」
素直に頭を下げるミラだが、その目には笑いすぎの証拠が輝いている。
「で? 聞いていた通りってあのダ女神か?」
ちょっとだけ不機嫌に訊いてみた。嬉しさが出ないように、不機嫌に隠して。
「はい。ヨルヘルさんは口調が悪いけど、悪意は決してないと言ってました。異世界へきたばっかりの時、いろいろひどいことを言われたんで心配しましたが……」
「ああ、名前の事な。確かに俺も言いすぎた」
「ええ、だから私の事を光子と言ったらヨーヘイさんと呼びます」
「む……」
「むむ……」
俺達はまるで早撃ち対決のガンマンのように睨み合う。
「ところで、マジでミラの得意なスポーツって何?」
「踏み台昇降です」
ミラはキラッキラッした目で言い切った。
「マジなのかよ」
マジらしいので、ツッコミも追求ももうしない。参考にもならん。
「もう直接的に聞くが、じゃあミラはどんな能力を神様たちからもらったんだ? 参考までに教えてほしいんだが」
能力の有無や長短なども、戦力を推し量るのに必要だ。
もっともそれを使いこなせるようになるのは、先になるだろう。
「この世界の……えっと魔法の最高クラスな才能でしょ。それから不老長寿に再生能力……それと超反射神経と警戒用の結界を貼る能力に……それにあとなんだったかなぁ」
「お、おいおいちょっと待て!」
指折り数えるミラの横顔に戸惑いつつ声をかけて止めた。
「お前どんだけ前世で善行とか成果を重ねて……ああ、ていうかなんだその力って……もうお前一人でいいんじゃないかってレベルだぞ」
転生でも異世界転移でもそうだが、能力や異能力など……特にいわゆるチートに当たるような力を神から貰う場合、様々条件がある。
一般的に転生者や転移者のそれまでの功績に応じて与えられる。
わかりやすい例でいえば、人を助けて死んだ者。科学や人類の発展、社会に大きく貢献したもの。多くの人々を救う行為を繰り返した者などだ。
もちろん細かい善行も考慮されている。
しかし、何も悪いことをしなかったから……では評価されない。
以前、不死身に近い再生能力を貰った転移者に出会ったが、彼は地球規模の大規模な災害で多くの人を救う功績を残していた。
そのレベルで、再生能力だ。
彼女の再生能力がいかほどかわからないが、
つまり、彼女は今生もしくは記憶にない前世にて相当の善行を重ねたか人類史に影響を与えた人物であったということである。
「なんでもあんな人生になるはずじゃなかったらしいんですよ、私。兄もそうらしくて……」
なるほど、『神様がごめんなさい系』か……。しかし、それにしても破格すぎる。
おそらく、彼女の前世になにかあるのだろう。
俺は改めて、あっけらかんと自分と兄の死を過去の物として言うミラの横顔を見つめる。
肉体年齢は同じくらいだが、俺が経験した人生は一万年に近い。
その目を持って俺は彼女を観察した。
ミラグロス・カレスティア。本名は山田光子……多分。
女子高生とは思えない落ち着きっぷり。もちろん彼女は天界で十分な説明を受けている。それからくる余裕かもしれない。
にしても、少し動じなすぎではないだろうか。
昨今の女子高生というはそういうものだろうか。
いや、個人的な資質だろう。
――これは多分、俺と同じだ。
「ところで、ヨルヘルさんはどんな能力をお持ちなんですか?」
「……」
俺は思わず言葉に詰まった。
転生者としての能力――。
それは功績や善行から与えられる――。
3000回に及ぶ転生――。
にも関わらず俺は――。
「あ、すみません……。聞きにくいこと聞いてしまって」
気まずそうにミラは視線を逸らして謝ってきた。
「一瞬で理解すんなよ! あるわ! めっちゃあるわ!」
「ご、ごめんなさい。あるんですか?」
「……無い、いやあるアル」
動揺して無いのか有るのか良く分からない返事をしてしまった。
「例えば?」
「聖剣を空間無視して異世界から召喚できるぞ。すごい聖剣だぞ! 折れず曲がらず欠けず磨り減らず。魔族やアンデット相手には抜群の効果がある! とくにアンデット相手には翳すだけで弱体化させる力がある」
あれ? これって俺がすごいんじゃなくて、聖剣がスゲーんじゃねーか?
「ふわぁあ……それはすごいですね」
幸い、ミラはその事実に気が付いてないようだ。
――助かった。
「で、他には?」
「……」
俺は再び言葉に詰まった。
「あ、すみません……」
「い、いやいいんだ」
もっと能力を貰えるように、転生ごとに頑張るべきかもしれない。だが物事がそう上手くいくとも限らない。
それに記憶を維持したままの転生にも、今生での功績値が必要なのだ。足りなければ転生すらできない。
俺は転生することそのものに、功績値のほとんどを使っている。
いや――、記憶維持で使い切れない程度に、功績を出せばいいのだが……。それが上手くいくほど、世の中は都合よくない。
もっとも彼女はその都合を「変える」ほど力を持っているらしい。
「まあ……なんだ。俺のプライドの事を置いておけば、お前には期待している。そんだけいろいろ特殊能力とかもらってるんだもんな。てか後で全部、紙に書き出しておいて」
「任せてください! で、誰を倒せばいいんですか?」
ミラは掃除でも頼まれたように、気軽な返事をした。
「随分とお気楽だな」
呆れたもんだ。
生きるか死ぬかだけじゃない。
こちらに犠牲が出るかもしれない。いやなことだっていっぱいあるだろうに。
いいことなのか悪いことなのか、彼女はまだ知らない。
「そもそもだな。魔王軍と戦える人がこの世界には少ないんだ。無理せず戦線を押し戻すか、維持するくらいでいいんだよ。お前よりもっと能力の高い転生者がいずれ生まれてくるから、それまで持てば……」
俺は忠告というより、あまり気負うなと意味を込めて言った。
「……私は時間稼ぎってわけですか」
ミラは少し残念そうだ。
もっと大暴れすることを期待していたのだろうか?
若いと言えば若いが仕方ないことだろう。
チートな力を貰えば、存分に振るってみたい。というのもよくわかる。
などと俺が暖かく見守っていると、落ち込んでいたミラが突如と顔を上げ、にやりと笑って見せて口を開いた。
「別に、魔王を倒してしまってもかまわ……」
「ストップ! ストップ! 光子クンッ!」
「ミラグロスです! ヨーヘイさん!」
激しく突っ込むと激しく訂正された。あとヨーヘイって言いやがったコイツ。
しかしミラのやつ……いますごい危険な事を言おうとしたが、分かって言ってるのだろうか。
「ふぅ~はっはっはっはっ! 魔王を倒すとは剛毅な事を言うお嬢さんだ!」
フラグを立てようとしたミラの台詞を聞いたのか、何者かが俺達に笑い声を上空から浴びせてきた。
「その声は、エンバルマーか!」
はっと見上げると、そこには見慣れた敵が黒い翼を広げて飛んでいた。
俺は直ぐに剣に手をかけ、森の枝を避けるように降りてくるエンバルマーと、驚くミラの間に割って入る。
「え? 誰です?」
ミラはまだ実戦慣れしていない。力があるだけの素人だ。
エンバルマーの攻撃を受ければ、万が一ということもある。
実際、今も棒立ちで隙だらけだ。
「魔王手下……」
の一人だ――と言おう思ったのだが、いつの間にかミラは降り立ったエンバルマーの脇に立っていた。
「私というものがいながら、そんな女と……え?」
エンバルマーはボケようとしてたらしいが、ミラに側面を不意に取られて素の表情を見せる。
俺とエンバルマーは虚を突かれ、自然体のミラを前にしてすっかり固まってしまった。
「わあ、すごいすごい。本物の鎧でイケメン騎士に黒い羽だ! 属性マシマシじゃん! すごいすごいっ!」
買い物先の店頭で、かわいいアイテムを見つけた女子高生のように……訂正。
出来のいいコスプレを見つけたオタクのように、ミラははしゃいでエンバルマーの袖を引っ張っている。
「ねえ、ねえ! 写真撮ってくれません?」
異世界に来て間もないミラが、これまでで一番の笑顔を見せて板切れのような光る携帯端末を俺に差し出してきた。
「携帯って、みんななんか板みたいになったんだな……」
思わず携帯端末を受けとってしまった。もう撮るしかないな、こりゃ。
「スマホっていうんですよ、それ」
「へー、タッチパネルなんだ」
もともとメカ好きな俺は直ぐに操作を会得する。要は直感的に操作できるようGUIにしたアプリケーション満載の携帯電話って事か。
俺が日本にいた当時は、おしゃれな禁断の果実会社が売り出したばかりだったな。
「お、おいおい待て待て、な、なんなんだこの女はっ!」
やっと正気を取り戻したのか、エンバルマーはミラを振り払おうとした。
だが、どういうわけかミラはうまく食い下がっている。
「お、さすがの黒騎士も女子高生パワーに押されてるな」
俺はスマホを構えつつ、エンバルマーに同情した。
しかしスマホって保持するのは難しい。
「はい、チーズ……」
『なんでやねん!』
「なんでやねん!ってなんだよ、このシャッター音!」
おそらくカメラの機能なのだろう。
関西弁のシャッター音が響いた。
「……ちくしょう。携帯にツッコンでしまった――」
俺は自己嫌悪になりながら、スマートホンをミラに返した。
彼女はスマホを受け取り、写真を見ると嬉しそうに微笑んで見せた。しかし、その表情が一転して曇る。
「うーん。せっかくいい画像なのに、独り言つぶやいて炎上上等SNSに投稿できないのは残念だなぁ」
「エスエヌエスはよく知らんが多分お前のいってるの間違ってると思うわ」
「あのー……一連のこれってボケなんでしょうか? こちらの進行始めてよろしいでしょうか?」
エンバルマーのキャラが変わっている。
きっと知らない女の子のなんだかよくわからない行動で、ボケが潰されて困っているのだろう。
「え? ボケるところから始めるのか?」
俺は取り敢えずボケつぶしをしておいた。
「できれば登場シーンから……」
「けっこう図太いなお前。じゃあ、今までのは無かったということで……」
「すまんな。じゃあ私は上に……」
エンバルマーはそう言って翼を羽ばたかせ舞い上がった。
* * *
「せーの……。ふぅ~はっはっはっはっ! 魔王を倒すとは剛毅な事を言うお嬢さんだ!」
夜の森の静けさを吹き飛ばし、何者かが笑い声を上空から浴びせてきた。
「その声は、エンバルマーか!」
はっと見上げると、そこには見慣れた敵が黒い翼を広げて飛んでいた。
俺は直ぐに剣に手をかけ、森の枝を避けるように降りてくるエンバルマーと、驚くミラの間に割って入る。
「え? 誰です?」
ミラはまだ実戦慣れしていない。力があるだけの素人だ。
エンバルマーの攻撃を受ければ、万が一ということもある。
実際、今も棒立ちで隙だらけだ。
「魔王手下……」
の一人だ――と言おう思ったのだが、いつの間にかミラは降り立ったエンバルマーの脇に立っていた。
「私というものがいながら、そんな女と……え?」
エンバルマーはなんかボケようとしてたらしいが、ミラに側面を不意に取られて素の表情を見せる。
俺とエンバルマーは虚を突かれ、自然体のミラを前に固まってしまった。
「わあ、すごいすごい。本物の鎧でイケメン騎士に黒い羽だ! 属性マシマシじゃん! すごいすごいっ!」
買い物でかわいいアイテムを見つけた女子高生のように……訂正。出来のいいコスプレを見つけたオタクのように、ミラははしゃいでエンバルマーの袖を引っ張っている。
「ねえ、写真取ってく――」
俺がデジャヴじゃねーかと思い始めたころ、エンバルバーがミラを強引に振り払って叫んだ。
「って、おい! ここまで全部同じではないかっ!」
あ、エンバルマーがツッコむところ始めてみた。
「あっ! あああぁぁあっあああっ! この私にTポイントが溜まった! こんな事でツッコミ童貞を卒業してしまったぁっ!」
突っ込んだ事なかったんだな、エンバルマー。
苦悩し、膝をつくエンバルマー。
スマホでその光景を「卒業記念!」とか言いながら撮影するミラグロス。
やめてさしあげろ。
「お、おのれ……。この私にツッコミをさせるとは……。恐ろしい援軍を手に入れたようだな……、ヨルヘルよ」
エンバルマーは拳を震わし、本気で怒りをあわらにしている。
「基準そこかよ」
だが俺は容赦なく突っ込む。
「私のツッコミ童貞は、ヨルヘルで卒業と決めて――」
「さらっとキモイこと言うなっ」
すべてを言わせず大声で突っ込む。
「ホ○ですって!」
ミラグロスがなんかに反応して興奮していた。
「お前も腐女子かよ!」
誰だよ! この女を選んで異世界に転移させた奴!
ヒロイン(?)のデザインがずいぶん変わってしまった。