転生勇者はソールドアウト
「おっかしいぃなぁ~」
何体目か分からないゾンビを切り倒し、俺は苦々しく呟いた。
ゾンビたちが緩慢と……だがおびただしい数で圧力をかけながら、俺に向かって押し寄せてくる。
「……おかしいなぁ」
再び呟きながら、ゾンビたちを横1文字に薙ぎ払う。
ゾンビたちが目も当てられない有様になり、無残に転がっていく。
3000回も転生してると、こんな戦いは慣れている。
背後に守るべき街がある戦い。もうこんなのは何度目か分からない。
圧倒的にこちらが有利な戦いも、圧倒的に不利な戦いも、泥まみれの戦いも、補給すらない戦いもだ。
だが、こんな生活などない世界に転生したはずだ。
確かに生まれた頃の世界は平和だった。
中流階層の商家に生まれ、少し不自由ながらも学校に通い、友達も出来て、さあそろそろ商家の手伝いでも始めるか。
そんな緩い生活をしていた。
――が、あっという間にそんな日常は壊れさった。
アンダーテイカーと呼ばれる魔王が現れ、瞬く間に俺の生まれ育った国は侵略されてしまった。
まだ12歳だった俺は、取るものも取り敢えず逃げ出す両親と共に逃げようとしたが――。
逃走の旅路で魔王の軍勢とであってしまった。
仕方なく3000回に及ぶ転生で得た能力で撃退すれば、あれよあれよと言う間に勇者扱いだ。
先に断っておく。
この世界に勇者が存在したことはない。
伝説で勇者と呼ばれていても、やったことは建国の手助けがせいぜいといったところだ。
要するに勇者の力を持っているのではなく、歴史的に勇者として評価した存在しかいない。
正直しょぼい。
つまり、確かにこの世界には魔王も勇者もいなかったのだ。
5年前までは――。
と、回想している間に、幾百に及ぶゾンビを全てなぎ払い終えた。
立っているものは俺だけになり、ふう……臭い空気の中でため息をつく。
骸がバラバラになって転がる地で、俺は背後を顧みる。
街の灯は弱々しいが暖かく、掛け替えのない物として輝いている。
あれを灯しているのは全て人。
守るべき人たちだ。
感傷に浸る俺の周囲が、ぼんやりと光り始めた。
聖剣で始末されたゾンビたちが、ゆっくりと光に包まれていく。
静かに眺めていると、光の粒子となって天へと登っていった。
これで本当に終わり――だ。
「さてと……タダ働きもなんだから、回収といきますか」
実は、魔王軍は資源である。個人の収益にもなり、侵略されている国家に取っても収入源である。
魔王軍たちは確かに恐ろしい。
だが、貴重な物品や魔法を発動させるのに必要な力を持った魔石と呼ばれる物を持っている。
このゾンビとてそうだ。
骸を動かすため、少なくない魔力が注ぎ込まれ、それが魔石となって体内に溜まっているのだ。
それらを集めれば、けっこうな価値がある。
売ってもよし、使ってもよし。取り引きの材料にもなる便利な魔石だ。
つまり魔王の軍勢とは対抗できる者たちにとって、鴨がネギをしょってやってくるような状況ともいえる。
骸が消え失せ、大地に散らばる大小様々な青い魔石を集めていると、不意に背後に気配が現れた。
「新手か!」
剣を抜き放ち、俺は振り返る。
果たしてそこには――。
「ヨーヘイちゃん……。えへへ、きちゃった」
裏庭の女神ヤトエクツルヘルがいた。
「くんなボケ! そんなヒロインが疎遠になった主人公の家を訪問した時のような仕草とかすんな! タクシー代払うから帰れや!」
俺は照れ顔のヤトエクツルヘルを怒鳴りつける。
「そんな! まるで酔って一晩寝ただけでカノジョ気取りの女が、正式なカノジョで怒ると怖いヒロインのいる男のマンションへ現れ、驚いた男が慌てて追い返すような酷い仕打ちをするなんてっ! ひどいわ! ヨーヘイちゃん! 遊びだったのねーっ!!」
「状況が細けーなっ! 天界でなんか変なドラマ見て来ただろ、お前!」
すがりつこうとするヤトエクツルヘルの顔面に手を当てて押し止め、横に居なして転ばせた。
コロンと、白いパンツを見せながら派手に転ぶ女神。
俺は冷たく目で逸らす。
「そ、そんな! まるで『あー嬉しいどころか面倒くせーモン見ちまったぜ。きっとこれで変態とか罵ってくるんだぞ、この女神。で、責任とって結婚してヨーヘイちゃんって要求してくんぞ。まったくもって大歓迎だ。ハネムーンはジャパーン』って目でアタシを見てる~」
「見てねーだろ! 目を背けまくってるだろ? あと大歓迎のとこぜってー違うから! お前の妄想だから!!」
「ま、これ見せパンツなんだけどー」
は?
なんで見せパンツを履いてンだ?
いや別に残念に思ってるわけじゃない。
ミニスカ履いてるなら分かるが、くるぶしまでの女神女神しいドレスを来てたらパンチラすることもないだろうに。
などと、俺の頭に心底どうでもいい疑問が浮かぶ。
ああ――ドジだからか。
心底どうでもいいが、即自己解決した。
「あー。今、ヨーヘイちゃん。残念だと思ったでしょー? せっかく見えたのに見せパンだなんて落胆してるんでしょー? 真っ黒なパンツなんてセクシーと思ったけど、違ったんだよー」
――え?
「……白かったぞ?」
「え?」
ああ――ドジだからか。
あ、ヤトエクツルヘルが泣きそう。
「ああ……うん、黒かった黒かった。あーザンネンだなー。セクシーかと思ったらブルマを見たヨウナキモチダナー」
俺は慌ててフォローした。が――。
……やべぇ、さらにヤトエクツルヘルが超泣きそう。
「おおっと、そうだ。俺はこの世界での名前はヨルヘル・ハリーバレットだから」
俺は無理矢理に話題を変えた。
ここで、ヨーヘイと呼ばれても困るのも本当だから、切り替えた話題には意味がある。
もしかしたら誰かに聞かれているかもしれないからだ。
この世界での名前聞いて、女神は泣きそうな顔を可愛らしく傾げた。
「腹が晩と夜減る?」
これがさっきまでパンツ見られて泣きそうだったな女神の台詞か?
一瞬でも可愛いと思った俺に腹が立つ。
「その眼鏡を叩き割るぞ、死に女神!」
「し、死に女神って死神なの? それとも死ね女神の言い間違い!?」
拳を振り上げると、女神は小動物のように頭を抑えた。
イラつくが、地上でコイツを殴るわけにもいかない。誰かに見られたら問題になる。
中身がどうであっても、存在が女神であっても、見た目は幼気な少女だ。
いたいけって幼気って書くんだ……。
てっきりロリコンが感知する気かと……。
いや、それはどうでもいい。
とにかく子供を殴っているなんて見られたら立場的にヤバイ。
「まったく……とんでもない世界に転生させてくれたな、この野郎……いや女だから違うか。えっと……このメローイエ○ー」
「そんな鮮やかな黄色と酸味と甘みのブレンドによる複雑な味に特徴の『とても訳せない味』飲料扱いなんて!」
詳しいなコイツ。
伊達に歳とってないな。このダ女神。
「で、でもヨーヘイちゃん。ここは平和な世界だったはずだよ!」
「生まれた時はな。あとヨーヘイじゃなくて、ヨルヘルな!」
「で、でもヨーヘイちゃんの望んだ転生勇者もいない世界だよ! いなかったでしょ」
「ここまで世界が荒れてたら、逆にいて欲しいわ。あとヨルヘルだって言ってんだろ! わかんね~やつだな」
転生勇者がいないということは、俺にかかる負担がデカくなるということだ。
チートを持った転生勇者がいてくれれば、こんな騒動はものの数カ月で解決してくれるに違いない。
「勇者が居ないなら、ヨーヘイちゃんが勇者になっちゃえばいいのに」
「パンが無ければブリオッシュ食べればいいじゃない的な発言だな」
マジムカつくなこいつ――ん?
俺は周囲の魔力に変化していることに気がついた。
この気配は……ヤバイ!!
「お、おい! 隠れろ! ダ女神!」
「だ、ダ女神? ダ女神と申したか?」
ダ女神がショックを受けている。
「は、早く隠れろ! あいつが……あいつが来ちまう!!」
こんなところを見られたら、トンでもないことになる!!