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給料三ヶ月分

「3000本目か……」


 俺は天界の入り口に立つ柱に、ナイフで3000本目の傷をつけた。

 

 3000回目の天界――。


 最初の10回は数えていなかったが、15回目からしっかりと刻み始めた。

 その時に遡ってちゃんと15本を刻み、今では積もり積もって3000本の傷だ。


「おっそいな……。そろそろ来るはずだなぁ」

 三千回も転生すると俺も慣れたもんだ。

 穏やかな気持ちで、あのクソ女神を待っていられる。


 こうしていればビーーっという原付特有の音を立てて、あのクソ女神がやってくるはずだ。

 信じられないだろうが、女神はバイクに乗ってやってくる。

 

 後光をバリバリで空を飛んでも来ないし、瞬間移動でいきなり現れたりもしない。


 ノーヘルで暢気に原付バイクを走らせ、俺の前まで乗り付けてくる。

 危なっかしい運転で乗り付け、ヘルメットを取ると妙に嬉しそうな顔をしてこう言うんだ。「あー、ヨーヘイちゃーん。また死んだんだー」と――。


 ――ゴスッ!!!!!!


 ものすごい衝撃が俺の背中に走った。

「ドッ……グランシャワー!」

 無音の原付バイクに背後から撥ねられ、天界の雲の上を派手に転がる俺。


 うわ、天界の雲って相変わらず冷てぇ――。


 いてて……、なんなんだよ。

 霊体じゃなけりゃ死んでたぞ……。

 

 だれだ? 俺を撥ねたヤツは? 

 つか、なんで音もなくバイクが走ってきたんだ?


 俺は疑問が巡る頭を振って起き上る。

 撥ねたヤツのツラを拝もうと後ろを見たら、ドヤ顔の眼鏡っ娘女神が原付バイクに跨っていた。


 こいつか。


 こいつが悪ぃんか?


 いや、こいつが元凶だ。


 たった今、バイクで撥ねた元凶でもあるが、俺が3000回に及ぶ転生をする羽目に陥った大元凶だ。


 眼鏡っ娘女神は――裏庭の女神ことヤトエクツルヘルは、バイクから降りて、スタンドを立てる。

 そして俺に向き直ると、満面の笑顔で言った。


「あー、ヨーヘイちゃーん。見て見て~、電動付バイク買ったよ~。安かったんですよ~。いいお買い物でしたー。あたしったらお買い物上手」


 そ、そうか……。電動バイクだから音もせず――。

 

 そうじゃねえ!

 なんで俺を撥ねたんだ?


「おい、どういう事だ?」

 憤怒に満ちた疑念の目を向けると、ヤトエクツルエルは指を三本立てて俺に突きつけた。


「なんと給料三か月分」

 

 ――やっすいな、女神の給料。

 

 安い買い物したと自慢してるが、三か月分の給料つぎ込んだのか。

 ちょっと同情した。


 ん? それとも天界じゃバイクがどえらい高いのか?

 ――いや、どっちでもいい。


「ったく、そんな事、訊いてねぇよ」

 俺は腰をさすりながら姿勢を正す。


「ヨーヘイちゃんには言ってないもんね」


「前もって聞いてないの意味じゃねぇよ! たずねてないって意味の訊いてないだよ。漢字読めよ」


「声は読めませんよ、ヨーヘイちゃん。何をいってるんですか~。それよりどうどう? このバイク~」


「それより、なんで俺を撥ねたんだよ」


「む~、バイクの感想言わないといいません~」

 内角を抉り込むように打つべし、ビシっ!

 顔はやめとく、ボディボディ。 


「お……、おぐう! ヨ、ヨーヘイくん。女神様のお腹に子宮とかいう器官はありませんが、子供が産めない体になっちゃいます~」

 

「間抜け女神の血が絶えていいじゃねぇか」

 ほんと、ここって天界じゃなくて間抜け時空なんじゃねーか?


「か、神様の家系をなんだと思ってるんですか。うちのご先祖様は古くは由緒正しいテオソルテオトルで――」


 俺の記憶が確かならそれ、アステカの神様であんまりいい神様じゃなかったな。

 というか――。


「テオソルテオトルじゃなくて、トラソルテオトルじぇねーか」


「ああ、そうでした。そうでした。そんな名前でした。ええっと……ト、トラドラツンデレ?」

 自分の大切なご先祖様の名前間違えんなよ。

 

 それより――。


「それより、なんで俺を撥ねたんだよ、その三か月分バイクで」


「さ、さんかげ……。あ、あたしのちょーラブリーなピンクショック電動バイクがあんまり静かなんで、どこまで近づけばヨーヘイちゃんが気が付くかなぁって試したら、意外に気が付かないので思わず撥ねちゃいました」


 【聖剣召喚】!


 あ、突いて「おう」、突いて「ぁう」。押して「ぐぅ」、押して「ぐぅ」、払って――斬る。


「きゅー……」

 イカリヤ流剣撃を受けて、女神は倒れた。

 


 【聖剣のこうかはばつぐんだ!】

 

 ポップアップしたシステムメッセージに、俺は愕然とした。

 え? なんで聖なる剣が抜群なんだ?

 やっぱ邪神かこいつ。


 【裏庭の女神:ヤトエクツルヘルを倒した。14点の経験点を得た】


 うわ、女神さまの経験値低い。


「ひどいです、ヨーヘイくん。死んじゃうかと思いました」

 ヤトエクツルヘルは、少しふらふらとしながらも平然と起き上った。

 さすが女神だ。なんともないぜ。

 

「経験値入ったけどな、今」


「あ、そのシステムメッセージはあたしが出しました」


「14点の経験点ってのは自虐か?」


「あ、あたしの経験点本当にそのくらいらしいの」

 ――うん、なんとなくそう思ってた。


「ほ、ほらあたしってドジだから」

 ――うん、知ってた。

 2回目くらいの転生から。


「ヨーヘイちゃんは10点くらいかな?」

 なんとなくそう思ってたけど言われると腹立つな。


「余裕あるな。本気で斬るぞ」


「――責任取ってね」

 眼鏡を直しつつヤトエクツルエルが上目使いで言う。

 そういえばこいつ独身なんだよな。


「香典は大目に包んでやる」

 責任回避のため、葬式ってことにした。


「ヨーヘイちゃんが葬式に出してねって意味だったのに」

 責任とって結婚してって意味じゃなかったのか。つか座して殺されるつもりか、この女神。


「葬式出してくれる奴いないのかよ。無縁仏になる女神か。神仏習合だな」


「あ、でもお墓はもう買ってあるんですよ。結婚前にお墓買うとか喪女極まってますね、あたし。さっすがー」


「自虐なのか、ボケ突込みなのかわからん事いうな」

 悲しくなる。


「じゃあ、三千回目のコントもおわったようなので、次の転生ですね」

 ……突っ込むとそのコントが続くようだからやめとく。


「ヨーヘイちゃん。今回の転生どうでした? エンジョイした?」


「ああ――。必死こいて魔王を倒したら、勇者の力なくば滅せられないとかで、10年後に復活するつーから、世界の隅々まで勇者を探し回って婚期を逃し、ガキの勇者を見つけたら鍛えて、その弟子勇者の露払いをしながら戦って、最終決戦目前で洗脳された勇者の幼馴染でヒロインの攻撃を受けて勇者の代わりに死んだよコンチクショー」


「おお! 今までで最高クラスのいいポジションじゃないですか! 育ての親兼師匠ポジション?」

 ヤトエクツルヘルは満面の笑顔で言った。


「……そう思えるお前に腹立つわー。マジ、腹立つわー。もう、お前を乗せてきたその三か月分バイクにも同じくらい腹立つくらい腹立つわー。実際、俺を撥ねてるからマジでバイクをぶっ壊したいわー」

 だいたい1500回目くらいの転生時に手に入れた聖剣を握り締め、怒気を孕んだ声と共に振り上げる。


「ヨーヘイちゃん! やめてっ! 天界ローンがまだ残ってるの!」

 ヤトエクツルヘルは三か月分バイクを抱きしめて叫んだ。


「長く生きてんのに、給料三か月分くらい貯金してないのかよ」

 突っ込みながら、俺は自分自身と目の前の女神に呆れかえった。


 ――そう。俺は勇者になれるような素質のある人間じゃない。

 そしてこの女神も、どえらいチートを俺に与えてくれる力を持った女神でもない。


 2999回に及ぶ転生だが、楽に勇者や英雄と言われるほど成長もできないし才能もない。

 そこそこの能力でそこそこの活躍。

 他の異世界転生勇者と比べたら、モブキャラよりマシって程度だ。


「ええっと、そうだ。どれだけ功績が残ってるかなー。話を聞く限り、なかなかヨーヘイちゃん。頑張ったみたいだし……おおっ! ヨーヘイちゃんがんばりましたね! 転生ポイントがついに一万も貯まりましたよ」

 力がなくても、天界では積み重ねが転生者を有利にさせてくれる。


 転生ポイントとかいうけったいな数字を貯めれば、次はさらによい転生先を選べる。

 才能や力もこんなシニカルな女神からではなく上位の神様から貰える。

 基本、転生ポイントは消費はしない。だが消費すれば、より大きな力がもらえる。


 といっても、貯めた方が無難なので俺の場合は貯めてるが。


「これで次回の賞与アップも可能性が……」

 俺のがんばりがこいつの給料に反映されるのは腹立つわー。マジこうなると、もう転生って要素にまで腹立つわー。


「じゃあ、ヨーヘイちゃん。名残りおしいけどちゃちゃっと転生しましょうねぇ」


「ローン返済のために?」


「そうそう、ローンとお菓子のため……な、なにを言ってるんディスカー! ヨーヘイちゃん! 異世界の困ってる人は救うんダー!! ヤトちゃん悲しい! ヨーヘイちゃんの心の貧しさが悲しい!!」

 お前の懐具合の方が悲しい。


「あ、そうだ。俺の次の転生は穏やかなところにしてくれよ。魔王とかいない――。そうだな。近くに勇者もいないような、世界も社会情勢もぬるいところで頼むよ。一般市民でいいから次の転生先はそういうところで」


「なっ! ヨーヘイちゃんはあたしの晩御飯が、究極もやし三昧になっていいっていうの!」

 平和な世界じゃ目立った功績は残せない。

 偉大な発明や立派な政治家でも、世界を救うってことには敵わないらしい。


「そこは異世界で困る人を救うってコンセプトから離れるなよ。あと、もやしバカにすんな」

 まさかマジで貯金ないのかこの人。


「で、でも――。あ、そうか。あたし分かっちゃった。近くが弱い人ばかりなら、今のヨーヘイちゃんでも相対的に俺TUEEEだね。なるほどー、ヨーヘイちゃん姑息だふぇっ!!」


「ぶっ飛ばすぞ、クソ女神。本気でのんびりしたいんだよ!」

 俺は女神のほほを抓り上げた。


「はうはうひゃふゅやふ~~~~。いたいいたーいー」

 涙目の情けない顔から手を離し、よだれで汚れた手を女神の服の裾で拭う。


「ああ、せっかくユニク○の福袋から出たいい服なのにー! 去年のだけど……」

 本当に悲しい生態の女神だな、こいつ。

 つか、ユニク○ってこんなひらひらした女神女神めがめがしい服作ってるんだ。すげーなユニク○。


 福袋行きらしいけど。


「ま、とにかくさ。三千回目の転生くらい大目にみてくれよ」

 三千回と聞いて、女神の顔もまじめになった。少しは親身になってくれたらしい。


 そうだ。三千回もの人生を得て、こうして正気を保っていられる人間は稀なのだ。

 俺にはそういう才能がある。 


 でも忘れてた――。

 いや、わかってた。

 でも、今回くらい大丈夫だと油断してた。


 こいつ――この女神はドジっ子なんだっけ。


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