傍観者
彼が、名前も知らない女子生徒に頼み事をされて引き受けたのは、ただただ退屈だったからに違いない。
頼み事は至ってシンプルだった。
女子生徒には気に食わない相手がいるらしく、その相手を彼の仲間うちで輪姦してほしいとの事だった。
出来れば映像なども撮って、後にも脅しが利くようにとの要望だったが、撮る真似だけで実際は録画しないと伝えた。
一対一ならまだしも、複数共犯がいるなら映像には証拠が映りやすい。
合意の上でその手の業界に売るならまだしも、こちらの足がつくのに馬鹿じゃないのかと思ったが、頭が緩そうなこの女子生徒にその事を説明する気にもなれなかった。
恐ろしく暇な時間が続くこの学生生活に、他人の絶望の声は多少退屈を紛らわせてくれるだろうと期待した。
彼の家は、いわゆる極道一家というやつだ。
関東の大きな組織の分家筋といえど、武闘派で名を知らしめている彼の家は他の分家筋から一目置かれている程度にはそこそこ有名な一家だ。
その筋の家にに生まれた事に不満は、生まれてこのかた一切持った事はなかった。
寧ろ彼の生まれ持った気性はまさしくこの裏の世界で生きていく上で非常にふさわしく、才能といえる程に彼は既に学生の身ながら頭角を現していた。
だからか、もう既にどっぷりと大人の、しかも裏の世界に浸かっている彼にとって学校での時間は無駄でしかなかったが、組長であり自身の父親に、最近の極道にも腕っ節だけではなく頭も必要だと説得され渋々通っている。
しかしその鬱憤は、馬鹿な女生徒のお願いまで退屈しのぎに受ける程になっていた。
だが、どうだろう。
馬鹿女の標的である女の名前は聞いた事があったが、実際目にするのは初めてだった。
というのも、美を愛する権力者達の人間コレクションを見てきた彼でさえ三浦春馬の容姿はそうそうお目にかかれない稀有なものと感じたほどだったので、こいつ自身を拐って何かの取引に使えないかと思い三浦春馬の周辺を調べた際に、坂下伊織の名前はすぐに出てきていた。
が、三浦春馬の父親の実家が彼でも手を出すとタダでは済まないので、早々に諦めたため坂下伊織という人物のことなど深く調べることもなかった。
今は、もう少しこの坂下伊織について調べさせておくべきだったと後悔しながら目の前の光景をただ見ていた。
坂下伊織がこの倉庫の中に入ってきた時、普通の暗そうな女だと感想を持ちつつもう少し活発さがあるタイプの方が絶望に沈む目は好みなのにな、と残念に思いながら目を見た瞬間に思った。
無駄だ、と。
こいつは絶望させるまでもなく、すでに絶望しているとわかった。
倉庫の中いた彼達に気づき、瞬時に自分が今から何をされるのかを悟った坂下伊織の意識はもうここにはなかった。
実家の仕事で拷問を受け持った際にもこのような反応はよく見た。
絶望までに達した奴らはさらに絶望を与えられる時、大概の人間は最初の絶望を思い出す。
きっと、坂下伊織の意識もこいつにとっての最初に絶望した時の記憶がフラッシュバックしているのだとわかった。
もうすでに絶望している奴を貶めても面白くとも何ともないし、肝心の退屈しのぎにすらならない。
本来なら、下の奴らを止めて引き上げてる。
でも、なぜか見てみたいと思った。
この女の最初の絶望の片鱗を。
だから止めなかった。
そして、坂下伊織が完全に意識を放棄した瞬間に、昔の絶望した瞬間の坂下伊織が現れた。
叫んで、泣いて、暴れて、胃の中のもの全部吐いて、
狂って壊れた言葉になっていない声を出しながら、そして、力尽きたように大人しくなり、
そして、呼んだ。
「おと、うさん、お、かあさ、ん、た、すけ、て」と。
そこで俺は、坂下伊織の狂いように何もできぬまま手を止めていた下の奴らに目で合図し、離れさせた。
坂下伊織はほとんど脱がされ裸同然の体を丸め、壊れた人形のように、同じ言葉を繰り返し繰り返し唱え続けた。
ごめんなさい、
おとうさん、おかあさん、たすけて、
ちゃんと、いうこときくよ、
いいつけどうり、もうおそとでてをはなさないから、
ごめんなさい、
いいこでいるから、
たすけて、
ずっと、坂下伊織は唱え続けた。
舌ったらずな口調からして、まだ5歳かそこらの時だったのだろう。
きっと、こいつの両親は間に合わなかった。
何をされたのか、反応から見ておおよその見当はつく。
かわいそうだとか、哀れだとか、そんな感情は浮かばない。
彼は坂下伊織がされたことより、もっと非道で残酷なことを他の人間にしてきた。
でも、何でだかこれ以上こいつが傷つかないようにしてやろうと思った。
自分の上着を脱ぎ、坂下伊織に掛けてやろうとすると馬鹿女が騒ぎ出した。
「ちょっと!何で全員ぼさっとしてるのよ!吐いて汚いかもしれないけどとりあえずやっちゃってよ!!」
「俺は、退屈しのぎで引き受けたんだ。こいつの反応見てわかんねーのか?やったところで意味ねーよ」
「私には意味あるわよ!あんたがムービーはダメって言ったからわざわざ私が写真撮ってるんだからね!?あんた達だって写ってるんだから、警察にバラされたくなかったらちゃんと最後までやってよ!!」
馬鹿女の馬鹿発言に、彼が命令しなくても即座に下の奴らが動いた。
「え!?あっ!ちょっ、ちょっと!!信じらんない!ぎゃっ、何すんのよ!!!!」
下の奴らが馬鹿女のスマホをバキバキに壊し、馬鹿女の膝を折らせ膝立ちにさせ、髪を鷲掴みにした。
「お前は本当に馬鹿なんだな。証拠を残してどうすんだよ。しかも自分のスマホに」
彼はゆっくりと馬鹿女の前に寄った。
「約束は守ってもらうぜ?俺の退屈しのぎは代わりにお前らにしてもらう」
女はさすがに自分の立場が悪くなたことを悟ったのか、顔を青ざめさせ彼の言葉に反応した。
「お前ら?」
「この企画を考えた馬鹿女メンバー全員に代わりをしてもらう、連れてけ」
最後は下の奴らに指示を出し、馬鹿女を倉庫から連れ出そうと扉を開けると息を切らした三浦春馬が立っていた。