現在
帰宅を促すチャイムを聞きながら、私は迷いなく目的の場所へと足を向けた。
帰宅部の生徒が少ないこの学校では、ほとんどの生徒が部活にでているため、教室にいる生徒はもう、ほとんどいなかった。
私は廊下を歩きながら、窓の外に目的地にいるはずの人物を見つけ、立止る。
彼こと、三浦春馬は一人ではなく、彼の首に腕を回し、今にもキスをしようとする女の子と一緒だった。
唇が重なる瞬間、春馬は私に気づいたのか、気づいていたのか、こちらに視線を寄越す。
私は見慣れたその光景に、特に何の感慨も見せることなく、彼が鞄を所持していないことだけ確かめて、止めていた歩みを再開した。
歩きながら、先ほどの女の子は初めて見るな、と思いながらも、だとしても私には関係ないことだと瞬時に気づき、その思考を止めた。
目的地である教室に着くと、春馬の席にかかったままのスクールバッグを手に取り肩にかけ、自分のバッグから紙袋を取り出し広げ、机の上や中に散乱している春馬へのプレゼントを無造作に入れていく。
春馬の凶暴なまでの美貌は小学4年生の頃から損なわれることなく、年を追うごとに熱狂的なファンが増えていた。
あれはもはや信者と言っても過言ではないだろう。
その証拠に、こうして供物のようにプレゼントが供えられているのだから彼の美貌は大した影響力である。
そして、それを回収し、彼の家まで届ける私は・・・、私も信者なのだろうか。
短くない年月、私は彼の側に居続けた。
その間に、私たちの関係も形を変えていった。
彼が転校してきたあの日、側に居させて欲しいと突然頼んできた私を受け入れてくれたあの日、多分あの頃の私と彼は不自然ではあるものの、友達という関係だったと思う。
それが、徐々に変わってきたのは中学生になった頃だろうか。
彼が変わったのか、私が変わったのか、はたまた彼を取り巻く環境が変わったのか。
多分全てだろう。
まだ私と彼の関係性が友達と言えたあの頃は、ただ一緒に帰ったり、たまに彼の家に遊びに行ったり、彼の家の近所の公園へ行ったり、ただただ平凡な日々がそこにはあった。
現在の私と彼の関係性は、周りの言葉を借りるのなら、『主従』関係と言えるだろう。
周りの私への呼び方は多岐に渡る。
「コバンザメ」
「奴隷」
「金魚の糞」
「お手伝いさん」
「従者」
バリエーションは増えていくばかりで、私は例を挙げた呼び方しか把握していない。
私は相変わらず彼の側にいるけれど、周りにとって、春馬にとって、私は空気であり、ただ春馬の命令を聞くだけの存在になっていた。
春馬が何かを買ってこいというと買いに行き、荷物を持てと言われれば持ち、迎えに来いと言われれば迎えに行く。
私は彼の命令に従わなければ、側にいさせてはもらえないから、私は常に彼に従順でいた。
そうまでして、彼の側にいたいのかと問われれば、「そうだ」と答えるだろう。
今はまだ。
側にいたいから。
唯一、私も「人」と関わることができると実感できるから。
私がもう少し強くなるまで。
それまでは、彼の命令に従い続けよう。