神様のギフト
ガチャリ、ガチャッと鍵が開いた音がした。
照明のついていない部屋。やはり唯一室内を照らすのは窓から入る月明かりだけであった。
壁一面には重厚な本棚の中に色とりどりの本がずらりと並んでいる。
「こんな普通の書斎の中に、本当にお宝があるのかしらね?」
きょろきょろと辺りを見渡すカノンだが、それらしいものが一切見当たらなかった。
「どうしたんだ? レディ・カノン。顔色が悪いぞ?」
いつの間にかカノンの真後ろに立っていたユーマ。気配を感じなかったせいか、カノンの顔は驚きと恐怖に青ざめていた。
「そんなことはないわ。まさか、ここまで来てお宝がないなんて笑えないジョークは勘弁してほしいだけ」
ユーマは昼間の時のように明るい顔でにかっと笑った。
「おいおい、お前さぁそれでも本当にプロかよ。こういった書斎で怪しいのは、本棚の裏とかだろ?」
そして、一つ一つ本を抜き差しして確認していくユーマ。
「そういえばさ、カノン。『ギフト』って聞いたことがあるか?」
カノンもユーマを見習い、壁の絵の裏や机の周りを探してみる。
「ギフト? なにそれ?」
「そうか。知らないならいいんだ。 …お、ビンゴ!」
ある分厚い本を手にかけ、思い切って引っ張ってみる。すると。どこからかゴロゴロとネジを巻くような音が聞こえ、重厚な本棚は左右に開いていく。
「すごい…」
感嘆の声を漏らすカノン。そこには、金銀財宝が小さな部屋一面に輝いていた。
「うへえ。こんなド田舎にここでまため込んでたなんて、むしろ引くな」
「確かにジャスパリア家ってこの町唯一の都心との繋がりをもっている商人のはずだけど、ここまでとは思ってなかったわ。うふふ。約束通り、あんたのお目当てのもの以外、ここのお宝はみんな私のものでいいのね?」
「ああ。俺はただの財宝には興味はないからな」
お宝の山のど真ん中に、小さな宝石箱が置いてある。ユーマは迷うことなく、そこへ歩いていく。そして、カノンにも聞こえないような小さな声で呟く。
「ずいぶん手の込んだことしやがって」
そして、その宝石箱をひょいと持ち上げる。鍵のかかっていない箱はユーマが軽く手をつけただけで空いた。
「まずは一つ目…か」
その中には、大きな獣の牙がついたネックレスが入っていた。
「ああ、よかった。これさえ手に入ればもうここには用はない」
それを横からのぞき込むカノン。
「ふーん。それがあんたが探していた財宝? なんだかぱっとしないわね」
「形なんてなんでもいいんだよ。この『竜の牙』にはもっと奥底に価値がある」
「どんな?」
「この世界に、かつて勇者と呼ばれる存在がいたことを知っているか?」
カノンはユーマから離れ、財宝を手に取りうっとりと眺めた。
「え? あの魔王を倒したっていう?」
「そう。正確には、世界大3巨悪と呼ばれる、魔王、邪竜、サタンを倒し封印したといわれる男だ」
ユーマも手に持っている竜の牙をうっとりと眺めた。
「でも、そんなのおとぎ話だし、実際に魔王なんて存在しなかったんじゃないかと言われているじゃない」
ふっと笑うユーマ。
「そうなんだよ。もうすでに、勇者は語り継がれない昔話になろうとしている。それも、先代の勇者がただ敵を封印するだけして、後続する話を考えなかったからだ」
「どういう意味?」
「俺が面白くしてやる」
カノンの表情は一瞬にして凍り付いた。いつの間にか目の前にいるユーマを見る。そして、自分の腹に刺さる鋭利な刃物をみた。
カノンの正面に入り込んだユーマは表情を変えず、力強くダガーを握っていた。
「な、なんで」
「このダガーは特別でね。神様からのギフトなんだ。人間の命を奪えば、奪うほど、持ち主は不死身となる。人間の血と屍を積み重ね、できた最強最低の人間が、世界を守り勇者と崇められる。なんて滑稽な世界だろうね」
「そ…んな」
徐々に顔面蒼白になっていくカノン。
「今回は、思っていたより楽しめたよ。でも君は、ギフトを持っていないただのおまけ。ここから先のルートには必要ない存在だ」
カノンは膝から崩れ落ち、ユーマに倒れ掛かる。この部屋に突如人が現れたら、ユーマが優しくカノンを抱きしめているように見えるだろう。血にまみれた2人の光景は異様であった。
「ど… うし、て、私を?」
ユーマは今にも泣きそうな顔でくしゃりと笑う。
「俺が世界で一番嫌いな女にそっくりだから」
そっくりだから一緒に行動したのか、そっくりだから殺したのか。答えを聞けぬまま彼女の瞳は閉じた。