カオスだよ!全員集合!
黒神鳴一。22歳。大学生。卒業未定。童貞。
職業:MOD制作助手、或いはヒモ(ユキ氏の温情によるものでイケメンでもなんでもない)
そんな俺は今、喫茶店にいる。ゲームの中で。
とりあえずクレジットと呼ばれることの多いゲーム内通貨(経験値増加などの課金用通貨はプラチナと呼ばれることが多い)、日本人からは大抵どのワールドでも一様に流貨と呼ばれている通貨で買った、手元のコーヒーを啜る。うむ、美味い。有志によって改良が重ねられ独立したコーヒーMODは、もはやそれが電気信号の産物とは思えないような快感を脳にもたらす。
ちなみにゲーム内ではコーヒーも材料を集めて錬金術のスキルで作る。いや専門のMODを入れているひとは料理スキルでちゃんと作れるが。
俺の前では同じようにユキ先生がコーヒーを啜っていた。まあ俺の目はユキを通り過ぎて通路でせっせと接客をしている獣人のお姉さんの可愛い尻尾とお尻を眺めているのだが。
多分俺と反対側に居るごつい顔に眼帯を嵌めたマスターもそのお尻を眺めているはずだ。何故ならここは利益を上げるための店ではなく、接客用NPCの彼女をマスターが眺めて楽しむための店だからだ。
ほんとにケイオスは腐っている。大歓迎だが。
さて俺たちは今何をしているのか?普通にくろいでいるように見えて実は違う。
MODの実演販売に来ていた。
「そろそろ始めるのか?」
昼前に集まった俺たちは適当に駄弁りながら人が集まるのを待っていた。
ちなみに、今俺たちがいる喫茶店ポチがあるのは、アーカムの街ではない。ケイオス内で俺が家を持っているワールド:エウロパの魔術大都市イェニ・ルームの一角だ。
何故か?アーカムの街にあるのは喫茶店じゃなく、カフェといっても酒場の方か、コーヒーショップなのである。流石はアーカム。意味のわからない人はググってみなされ。まあイェニルームにもあるけどね、コーヒーショップ。
「……うん、そろそろいいかな」
ぼそっと呟いたユキが何気ない風を装って懐に手を入れ、手のひらに収まるサイズの棒状のスイッチを取り出す。先端にボタンが付いていて、押すと作動する仕組みだ。
何が作動するのか?押せばわかる。ということでユキが躊躇なくボタンを押した。
「アイでッ!!?」
ゴンッというかゴァンというか、そんな感じの音とともに突然マスターが悲鳴を上げた。
当然周囲の客の目が一斉にマスターのもとへ集まる。
しかし本人はいったい自分の身に何が起こったのかと頭上を見上げ、そして空中に何も無いのを確認してから自分を襲った足元に転がる物体に目を落とす。結論、金ダライ。
なぜ自分の頭上から金ダライが落ちてきたのか考えるどころか、どうリアクションをとっていいのかもわからないのだろう、完全に停止しているマスターのハゲ頭に
「ぐわっ!?」
もう一発タライがお見舞いされる。
一発目はマスターと一緒に目を丸くしていた客たちも、二発目を食らって犯人は誰かと急いで周囲を見回すマスターの滑稽な姿には皆クスクスと笑っている。
いいリアクションだ。ほめて遣わすぞハゲ親父。
背中を丸め口元に手を当てて必死に笑いを堪える俺の前では、観客の反応に満足したのか普通にマスターの反応が面白かったのか、ユキもにやりと悪党っぽい微笑をうかべている。
「メル!!またお前の仕業か!!」
まあそりゃ毎回やってりゃ隠してもばれるわな。怒りの形相で近づいてくるマスターに、
「なんのことだかわからんな」
ユキはしれっと答えつつ、手元のスイッチをカチッ
ゴンッ
「いたぁァっ!!」
三発目は地味に効いたのか一瞬うずくまるマスター。たまらず吹き出す俺。
「完っ全にお前の仕業じゃねえかメルゥゥゥゥゥ!!!」
「あ、マスター。お客さんが入ってきそうだぞ?」
「え?」
反射的に入口を振り向くマスター。
「ふごァッ!?」
四発目命中。
「4コンボ。今日の実験はなかなかではないでしょうか博士」
笑いをこらえつつ真面目ぶって質問する俺。
「いやいやまだまだこれからさ磯部くん」
磯部君って誰やねん。
ニヤニヤするユキと俺のテーブルの横で寄ってきたマスターが頭をさすりつつ声を荒げる。
観客の皆さんの興も乗ってまいりました。
「毎回毎回俺になんの恨みがあるってんだ!?そいつを寄越せ!没収する!」
「いいだろコレ。安くしとくよマスター」
そんなことを言いながら大人しくスイッチを渡すユキ。無論それで済ます女ではない。
訝しげにマスターがスイッチを顔の前に持ってきてしげしげと眺めているところで、さらにテーブルの下に隠した左手のスイッチを起動。
「ぎょわーーっっーァ!!!!??」
剣呑な音と共に突然煙を吹き出すスイッチ。一瞬でマスターがスイッチを空中へ放り出し、スイッチ爆発。
「おわぁぁぁぁ!!!???」
腰を抜かすマスター。
「なんだ新製品なのに危ないな」
左手のスイッチをテーブルの上に取り出し、眉をひそめて眺めるユキ。
「しょうがないからマスターにやろう」
ユキ、スイッチを投擲。しかもポーンなんて感じじゃなくてほんとに無造作にバシッと投げつける。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!!!???」
マスター、大声を上げつつ必死でそれを回避。
何事もなく床を転がるスイッチ。
マスターは信じられないといった顔で自分の後方を転がるスイッチを眺めている。
「???」
「安心しろマスター。“そいつ”は爆発しない」
「ぶはははははは!!!!!」
ゲームの中だというのに本気でビビッていたマスターの様子に完全に吹き出してしまう。店内も笑いに包まれる。
力尽きたというようにマスターがその場で床に倒れた。
「いつか心臓麻痺で殺される……」
「死にはしないさマスター、第一の被害者でちゃんと実験も済ませてある。そこで笑ってる奴でな」
俺のことですハイ。昨晩はもっとひどい目に遭いましたハイ。
とオチもついたところで今度は俺が懐から一枚の紙を取り出す。
四つ折りにされたそれを広げ、さらに両端を引っ張るとゴムみたいに伸びて広がる。取っ手こそないものの簡易のプラカードの出来上がりだ。
プラカードを手に俺が立ち上がりつつそれを見せつけ、ユキが張りのある声でそれを読み上げる。
『 貴方のケイオスライフに彩りを
メルクリウスのラボなら
ありとあらゆるMODを取り揃えてあります
興味のある方はどうぞ下記のURLまで 』
実演販売一回目終了。