ケイオスというゲーム
VRMMORPG『ケイオス』
それは昨今人気の、ゲームの世界を視覚だけでなく五感全てで仮想体験できるいわゆるヴァーチャルリアリティの要素を主眼においた遊戯であり、プレイヤーはコントローラーとモニターを通してではなく、自分でメイキングしたアバターと呼ばれる仮想の自分を直接操作することによって、装備を整え、仲間と戦術を凝らし、自分自身で魔物と戦い、ダンジョンと呼ばれる迷宮に隠された宝物などを手に入れることができる。
というありふれた説明だが、これでイメージが湧き辛い人は自分のキャラクターを自分の体のように動かせるモンハンだと思ってくれ。モンスターハンターがわからなかったらドラクエでも三國無双でもいいさ。とにかく画面の向こうの勇者様をゲーム機に繋いだコントローラで動かすんじゃなくて、自分の目の前にいるように感じられるモンスターと自分の体のように動かせる自分の分身で、ファンタジーの世界の中に入り込んだように戦えるオンラインゲームってことだ。
大半の人には退屈にさえ思える説明だろう。実際技術が進歩した今やちょっと大手のオンラインゲームを運営する会社ならどこでも採用してる陳腐化した技術で、ジャンルだ。
で、ケイオスが世界中の人気を誇るオンラインゲームであるのは別に理由がある。
MODだ。
さて、こちらは日本向けの家庭用ゲーム機でしか遊んだことがない方々には聞きなれない言葉ではないだろうか。MODとは、ファンによって制作される非公式なパッチのことだ。これを適用することで、公式で修正されてないバグが修正されたり、本来そのゲームに搭載されてない要素で遊べたり、インターフェイスが改造されたりする。
具体例を挙げるなら、さっき例に出したモンスターハンターにウルトラマンに出てくる怪獣、バルタン星人をモンスターとして登場させることができたり、魔法少女を主人公にして信長の野望を遊べたり、三国無双に戦国BASARAのキャラクターを登場させたり、ときめもに子供が見ちゃいけないシーンを追加したり(本来存在しない要素を追加する使い方)、後はそうだな、“ぼうけんのしょ”をちょっとやそっとじゃ消えなくしたり(セーブデータに対するバグを修正する使い方)、スラムダンクにファンの手で勝手に納得のいく完結編を付け足したり(ファンの考えたストーリーに改変したり付け足したりする使い方)できる。
ただし、ファンの誰かがMODを制作して、自分以外に公開しなければならないし、そのMODを自分でゲームに適用しなければならないし、MODによって新たにバグが生じることもある。
俺の体験談で言えば、あるゲームのゴリラみたいな見た目をしたお姉さん達を美人に変えるMODを使ってみたのだが、使い方が間違っていてゴリラはゴリラのままだった。仕方なく別のMODを使ったら先に入れたMODとお互いが邪魔しあって(よくMOD同士が“喧嘩する”という比喩が使われる)、今度はゴリラのお姉さんがツルッパゲになった。お姉さんもいい迷惑である。
まあ要するにファンの熱意とジョークの結晶がMODなのだ。MODを作るということはボランティアでゲームの一部を作るようなものなのである。
さて、そんなMODをオンラインゲームでみんなが使ったらどうなるか?
それはこのゲームの名前どおり、信じられないような混沌が生まれる。
例えばケイオスにある中世ヨーロッパをモデルにしたとある町並みを、千葉のヒーローである某ネズミーランドの黒いネズミさんがうろついていた(MODで作ったそういうヴィジュアルの装備を着せて歩いた奴がいる)ことがあるのだが、もちろん一介のMOD製作者があのデ○ズニーに許可なんか取ってるわけないから、その場に居た誰もが注目を集めたネズミさんは哀れ、白昼堂々衆人環視の街中で消滅する(運営による削除とアカウント停止のペナルティ)というアヴドゥル・アルハザードみたいな最期を遂げるわけである。
まあ、ある程度みんな予想していた結果だったので、周囲には苦笑いにも似た笑いが生まれることになるのだが。偽ミ○キーの主人による、お茶目かつ一部の方々に多大な迷惑をかける体を張ったギャグだったというわけだ。こんなことをする奴らが世界中から集まってくるせいで、ケイオスの運営会社は世界有数の巨大企業であると同時に、世界有数の訴訟を抱えるグループでもある。
まあ一言でそう言ってもわからんだろうけど、そんなゲームがこのお話の舞台になるわけである。
さて、ここからが本題。
俺たち、というかほとんどヒモに近い俺とユキさんを大学生しながらに養う彼女の職業はなんでしょう?(大学生は彼女曰く副業、あるいは趣味だそうです)
答え:MOD製作者
ケイオスを一躍オンラインゲーム業界のトップに躍り出させる要因になったMODの要素だが、ファンの熱意だけではMOD熱にも限界がある(いや実際はそれだけでも十分傍から見れば凄かったのだが)。
ということで、ケイオスの運営は世界中のMOD製作者達にケイオスのMODを有料で販売することを許可。
そればかりか有名MODの説明をカタログにしてゲーム内で販売したり、世界一のMODを決めるコンテストを賞金つきで定期的に開催したり、アホみたいにスケールのでかい話をそれまでファンによる賞賛だけを糧にする日陰者であったMOD製作者達に与えてしまったのである。
そしてケイオスはもはや、第二の現実と呼んでも過言ではない世界とさえ呼べる仮想空間へ変貌を遂げていく。
ちなみに第一回ケイオスMODコンテストの優勝者
ベンチャー企業による『料理MOD』。
それまで甘さ、とか酸っぱさ、とか単純な要素だけを知覚可能な、飲食はむしろビジュアル的な要素の強いちょっとしたフレーバーに過ぎなかった、ケイオスのみでない全てのVR世界において、その存在は一種の革命、そして伝説となった。世界を代表する数種の飲食物、コーヒー、タバコ、バニラアイス等が、不完全ながら仮想世界で味わえるようになったのである。特にタバコは不満も多かったが、金さえあれば誰にも文句を言われずに喫煙できるということで先進国から注文が殺到したという。
それはVR世界とMODの新たな可能性を知らしめると共に、同時に企業が一ゲームの要素を制作して利益を上げるというおかしな時代の幕開けの象徴とも言える出来事であった。