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短編とか色々

深夜徘徊

作者: 四次元

大学受験に受かり、人生18年目にして故郷である田舎から脱出成功。


それなりの偏差値の大学のあるそれなりに都会の町の近くに住むことになった。


しかし俺は人生に大した目標も無く、これと言った趣味も無い。


何を始めようにも長続きせず、三日坊主が聖人にまで思える始末。



この日も夕食を済ませた後、寝るまでの暇な時間をだらだら過ごしていた。


最近はテレビもつまらないし、漫画も小説も全部読みつくしたものばかり。


立ち読み可能な本屋に行こうにも、俺と同じく、そして俺よりちょっぴり行動力のある奴らが既に場所を占拠してしまっている。


インターネットもまだ繋がってないし。


親がネット代くらい自分で払えとか言ったので、バイト代で賄うことにしたが、給料日までの道のりは遠い。


ネットに繋がらないパソコンなど、いかにも現代人って感じのインテリアにしかならん。


友達はいないことも無いが、自分の時間を割いてまで俺の退屈凌ぎに付き合ってくれるほどの仲と呼べるような奴はいない。



ああ、退屈だ。



メシは済ませたので腹は全く減っていない。


いつもはシャワーで済ませるが今日は奮発して風呂を入れた。


一時間は入ってやった。


やること無いから、歯も念入りに磨いてやった。



なんかやることないかなぁ。


自由がこんなに退屈なものだったとは。


離れて解かる束縛の素晴らしさ。


…別に変な意味は含まれていない。



なんか他にやりたいことなかったけなぁ。


俺は何となくベッドの上に仰向けに寝転がる。


睡魔も退屈勇者に怖れをなして一向に姿を現さない。


俺は適当に過去の記憶を弄る。



小学、中学、高校時代の記憶。


毎日が楽しかった… とは口が裂けても言わないが、子供心にいいな、やってみたいな、と思うことは何かしらあったはずだ。


何かないかなー


既に酒と煙草は経験済みだし。



一週間カップヌードルだけで生活。(2日でギブアップ)


エロ本を堂々と買いに行く。(同級生♀が近くにいたので断念)


10円ガム大量購入。(美味しかった)


1.5Lコーラ一人占め。(意外とすぐに無くなるんだなぁ)



今の段階で叶えた夢はこのくらいか。


ほんと、この時からみみっちさは変わらんなぁ。


彼女を作るとかは非現実的すぎるのでNG。




えーと、あと何かなかったっけ。




………



……





そうそう、あったあった。


時間的にもちょうどいい。


俺はベッドから飛び上がり、ジーンズを履き、風呂の鏡で適当に身だしなみを確認。


財布とケータイを持って外に出撃。


自転車… どうしよう。


念のため一応乗って行くか。


こうして俺は夜の街に繰り出した。





― 深夜徘徊。



子供の頃なんとなく憧れた物だ。


クラスメイトの悪ガキがよくやってて補導にあったとか妙に自慢げに話していたな。


俺は自転車で20分ほど行った所にある、繁華街に向かった。


適当な駐輪場に自転車を停め、ここからは徒歩で周ることにする。


流石は都会。


もう12時過ぎだと言うのに街は人で溢れかえっている。


スーツ姿のサラリーマンもいれば、俺とは違う人種の若者たちも多く見受けられる。


特にやることも、行く店もない。


徘徊そのものが目的。


まぁ、悪くはないかな。






…が、早くも飽き始めてきたぞ。


深夜徘徊の楽しさはおそらくその解放感と背徳感だ。


しかしこれだけ人の目が多いと解放感は大きく削がれる。


背徳感は法に反するリスクがあってこそ、はじめて成り立つ快楽だ。


だが警官はちょくちょく見かけるのに俺のことなんか気にも留めてないぞ。


なんか少しショックだ。


寧ろ「君、学生? 生徒手帳持ってる?」とか言われてみたい。


そしてドヤ顔で大学の学生証を見せつけてやりたい。


ありえない話じゃないはずなんだけどなぁ。





うーん、ここは健全な飲み屋が多いせいかな。


もうちょっと裏に突っ込んでみるか?


やはり楽しさとリスクは比例しているのであろうか。


危ないお店に突入してみたくもあるんだが、あいにく今の財布の中には諭吉がいない。


皺くちゃの英世が二人いるだけだ。


今日は止めとこう。


決して怖いとか、そういうのではない。うん。




いかん、そうすると本格的にやることが無くなってきた。


いや元々無かったけどさ。


ケータイの時計を見ると1時過ぎ。


思ってたよりも時間経ってないなぁ。




本能的に足が帰路に向かっていた最中、街の片隅に人だかりができているのを見つけた。


人だかりといっても多くて10人前後だが。


酔っ払いというわけでもなさそうだ。


遠巻きに見ていたら、やがてその奥からギターが鳴り、若者の歌声が聞こえて来た。


なるほど、路上ライブって奴か。


これも都会ならではなのかな。


少なくともうちの地元には無かったしな。


少し興味が湧いて来た。


俺は人だかりの後ろに近づくことにする。



最近は歌なんてロクに聞いていなかったな。


テレビで流れる歌謡曲やポップスも、…まあ悪くは無いんだけどさ。


この曲が今大人気です。このグループが今売れてます。


いい音楽、泣ける歌詞、深い歌詞とか。


こっちが聞く前から色々枕詞をつけてくるから萎えてしまっていたのだ。



俺はしばらくの間、他の人間に交じって彼らの歌声に耳を傾けてみることにした。


特に音楽や歌詞に斬新さは見当たらない。


歌唱力が凡人に比べて、ずば抜けて優れているわけでもない。


でも余計な虚飾がかかってないので随分聞きやすく感じた。


本人達が歌いたいから歌う。


若さとか、夢とか、淡い恋とか、気恥ずかしいが。


ちょっと聞く分にはいい歌だと思った。


一曲目が終わると俺の周りには先程の倍の人だかりが出来ていた。


ボーカルとギターの二人組は外見がまさに夢を追う若者といった感じがありありと出ていて、ルックスも中々よい。


どうやらこの辺りの常連らしく、黄色い声で彼らの名前を呼ぶ女性もいた。


いかんなぁ、ちょっと居づらくなってきた。


他の所も覗いてみるか。



俺はその場をそそくさと離れて、他に路上ライブやっていないか探す。


ほどなくして、アーケードの一角で弾き語りをしている若者を見つけた


意外とみんなやっているんだなぁ。


競争の激しい世界だ。



弾き語りをやっている男は俺とそんなに年は変わらない感じで、ルックスも普通。


どこかの島が書かれた白地のTシャツに、黒いジーンズ。


染めた形跡が見られない癖っ毛は彼の目を覆うくらいに伸びきっていた。


そして弦の辺りに年季を感じるアコースティックギター。


まるで昭和のフォークシンガーを見ているようだな。


音楽のほうはというと…


声も演奏も普通だけど…



………



……





あれ? もう一曲終わったのか?


俺が聞き入るなんて珍しい。


じゃあ、もう一曲。


………


なんだろう。やっぱり歌詞のせいなのかな。


彼の歌は先程の二人組とは比べ物にならないほどいい物に聞こえる。


いや、いい物かどうか正直自分でもよく判断がつかないが、少なくとも俺の好きな曲だ。


妙に疲れた感じの歌詞。


つまりはダウナー系とでも言えばいいのだろうか。


夢も希望もなければ、深い悲しみも絶望もあるわけではない。


ただ、日常の倦怠感を何層にも織り込んだ歌詞であった。


まるで自分を見ているようだ。


この弾き語りの若者の人生がどんなものかは知らないが。



…いいな。なんか奇妙な心地よさを感じる。


自分の事を解かってくれる人がいるという安心感とも言うべきか。


もっと歌や演奏の上手な人にやらせると結構ウケるんじゃないか?


いや、どうかな… 彼が歌ってこそ、なのかもしれない。


俺はぼんやりと立ちつくし、いつの間にか5曲も聞いていた。


彼はひとしきり歌い終わると、



「今日はこれで終わりです。聞いてくれた人ありがとう」



と、汗だくの顔で僅かな聴衆にお礼を言った。


他の人は適当に拍手をした後、すぐに散って行った。


あ、視線が合ってしまった。



先程から気になっていたのだが、彼のギターケースが道路側に向かって開いているのだ。


その中にはいくつかの小銭と、英世が三人。


…入れたほうがいいかなぁ。


財布を覗いてみる。


英世が二人。


百円は少ないだろうしなぁ…


…あ、五百円玉があった!


うん、これにしよう。


貰う側としても結構嬉しい金額のボーダーギリギリには入っていることだろう。


俺は硬貨をぽいっとギターケースの中に放り投げる。



「ありがとう」



弾き語りの若者は俺の目を見てお礼を言ってきた。


こっちも何か言ったほうがいいかな。感想とか。



「凄くいい歌詞でした。今どき珍しいっていうか…」



自分でも訳解からん感想だ。小学生か。


でも、若者もふっと笑って答えてくれた。



「ああ、やっぱり解かってくれる人はいるんだね。ありがとう、その言葉を聞けるだけでも、わざわざこんなところで歌った甲斐があるってもんだよ」



解かってくれる人、か。


この人も色々苦労してるのかなぁ。


彼はギターケースの中のお金を自分の財布に治めながら、こちらを見上げて言った。



「今日は君だけだったよ。でもこれでしばらくは食うに困らなさそうだ」



俺だけ…? ああ、そう言う意味か。


通例とは少し違うが、サクラって奴ね。


ケチらずに英世さんをあげたほうがよかったかなぁ。



「色々大変なようですけど… 頑張ってください」



どうして俺はこんな気休めにもならないようなことしか言えないのだろう。


でも若者は肩をすくめて答える。



「別にメジャーデビューしたいとか思っているわけじゃないんだけどね。食っていければ別に何とでもなるし」



いやいや。俺はそんな生活はとても耐えられない。


つーかデビューするつもりなんてないのか。


本当に好きで歌ってるだけ。



「君のような人に歌を聞いてもらえればそれで十分さ。あとそれでお金も貰えれば」



最後の一言が余計だ。


クサいのは俺も好きじゃないから別にいいけど。


でもこれだけは聞いておこう。



「俺のような人って?」


「将来の夢とか人生の目標とか… 君はそういうの特に無いんだろう?」



図星です。


しかし面と向かって言われるとは。



「僕の歌を気に入る奴は決まってそうなんだ」



若者はけらけらと笑いだす。


何かもの凄く失礼なことを言われている気がする。


もしかしてそういう人たちを見て楽しんでいるのだろうか?



「そんな目をするなよ。君たちがあまりにもつまらなそうにしているから、僕も君たちを巻き込んでの暇つぶしをしているだけさ」


「どうしてそんなことを?」


「暇つぶしに深い意味なんてないよ。そうだろう?」



その言葉には全く迷いが無かった。


後ろめたさなんて微塵も感じさせない。



「ま、意味は無くても無駄ではないってね。君はいい退屈凌ぎになったろうし、僕は飯代を貰った。それでいいじゃないか」



若者はギターケースを担ぎ、早々と退散の姿勢になる。



俺はただ、立ちつくしていた。



何か言いたいのに。



何か尋ねたいのに。



うまい言葉が出てこない。



どうして、こんなにも頭が回らないんだ。



「… 今度はいつ、ここで歌うんですか?」



やっと出た言葉がこれ。



「さぁね。明日にでもまたやるかもしれないし。ここでは二度とやんないかも」



若者はこちらを見ることも無く答えた。



…もう会えないかもしれないのか。


だったら、尚更もっと聞きたいことがあるのに。


言葉が、文が、頭の中でぐるぐる回ってはしっちゃかめっちゃかになる。



「ああ、これだけは言っておくよ」



若者は振り返った。



「夢や目標が無いことを恥じる必要はないさ。自分の人生は自分のもんだろ?」



結婚したり、子供とか出来たりするとまた違うんだろうけどなー


若者は再び振り返って、夜空に向かってそう、付け加えた。


そしてそのまま夜の街の中へ消えて行った。




気が付けば俺も帰路につく人の流れの一部となっていた。


急に大きな欠伸が出たので、ケータイの時計を見る。



…もう午前3時過ぎか。


明日の講義は2限から。


今から帰っても十分に眠れそうだ。


ああ… でも何か腹が減ったなぁ。


折角だし牛丼でも食って帰るか。



ここまで目を通してくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  拝読しました、澤と申します。  テーマに沿った日常描写がとても自然で、感情移入しながら読めました。  等身大キャラな主人公と、周囲の人間との距離感が生々しかったです。  山場のエピソード…
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