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え、攻略対象に婚約者がいる? それ、乙女ゲーじゃなくて寝取りゲーだから!!

作者: 野埜乃のの
掲載日:2026/07/13


 新たな門出を祝福するかのように色とりどりの花が咲き誇る庭園。

 手入れの行き届いた花壇の向こうには白亜の校舎がそびえ立ち、新入生たちが期待に胸を膨らませていた。


「あ、これ、『きらめきプリンス★パラダイス』だ!!!」


 わたし、男爵令嬢ことピオニー・リリーベルは叫んだ。

 どう見てもその景色は、魂に刻まれるほど繰り返し目にした、乙女ゲームのタイトル画面だったのだから――




 貴族の子女は16歳からの3年間、教育機関で過ごす義務がある。

 未来の領主や騎士、官僚を育てるための制度で、多くの子女は国内の学園に通うけど、ある一定の条件を満たすと、神殿が運営する超名門校に通う栄誉をもらえる。


 その超名門校こそ、この乙女ゲーム『きらめきプリンス★パラダイス』の舞台となる聖アルテミア学園なのだ。


 聖アルテミア学園は聖公国にあって、女神アルテミアを信仰する国から選りすぐりの貴族の子女が集められている。その頂点に立つのが四人の王子様(攻略対象)たちだ。

 そして、女神アルテミアの加護を受け、二年生から編入してきた聖女(ヒロイン)が、プリンスに囲まれてパラダイスするというストーリーだった。


「え、待って、やっばぁ! ピオニーってヒロインのデフォ名じゃん! なんで今まで気づかなかったんだろ!」


 くるんとカールしたピンクブロンドの髪。ピンクの目はちょっとたれてて常にうるうるしてるし、唇はなにもしなくてもつやつやのぷるぷる。極めつけは、着やせするけど出るとこ出てるわがままボディ。

 これは世の男もイチコロだわ、と思うくらいにパーフェクトなヒロインだった。


「じゃあ、わたし、王子様ズに壁ドンとか顎クイとか、あんなことこんなことされちゃうってこと~? きゃぁああ♡」

「『ピオニー愛しているよ……』、わたしも愛しています……っでゅふ」

「あぁん、お願いだから私のために争わないでぇ……っ♡」

 

 なんて妄想で盛り上がっていた時期もありました。


 ――が、そんなシンデレラな夢は、たった5日で木っ端微塵に砕け散ることになった。



「は? は? どういうこと?」


 こっちから会いに行かなくてもイケメン王子たちとひょんなことで出逢えて、これがシナリオの強制力ねぇ~なんて思いつつ初週を終えて、むふむふと彼らのステータス画面を確認していたとき。

 わたしはある文面に気づいた。


『イグニス・フレアロード

 炎の国フレアロード王国の王子

 年齢 十七歳


 自信家で尊大な態度で周囲を振り回すことも多いが

 その裏には誰よりも努力家な一面を隠している


 婚約者:ロゼリア・ヴァーミリオン 

 イグニスとは幼馴染で顔を合わせれば口論ばかりしているが

 互いを誰よりも理解しているとも言われている』



 婚約者:ロゼリア・ヴァーミリオン……?

 婚約者:ロゼリア……

 婚約者……だと!?!?


 え? は? そんな設定あった?


 ロゼリア・ヴァーミリオンは、ゲームでもイグニスの幼馴染として登場していた。

 いわゆるヒロインのライバルだ。

 他の攻略対象にもピオニーのライバルにあたるキャラクターが用意されていて、計4人のライバルたちと睨み合い、出し抜き合い、時には蹴落とし合って進めていく、そこそこあくどくスポ根味のあるストーリーで、

『あなたには負けましたわっ! 悔しいけれど、その根性なら殿下をお任せできる。あなたに譲って差し上げますわ!!』

 とライバルたちはキーッとハンカチを噛みがらもピオニーの実力を認めてくれるのだ。


 ……まさか、みんな婚約者だったってこと?

 いやいや、婚約破棄したなんて話、全くなかったからありえない!

 そもそも結婚は家の利益を考えて結ばれるものだ。前世の記憶があったとしても、今は末席とはいえ貴族なのだから事情は嫌ほどわかる。

 それこそ婚約破棄された令嬢の末路も。


「でも確かによ? 王族が十八歳になろうかっていうのに、婚約者がいないままなんて本当はおかしなことなのよね」


 わたしの出身地、聖公国の王太子にあたる聖公子様|(十五歳)にだって婚約者がいるぐらいだし。

 ってことは、設定がこの世界の常識になじむように変更されてるってこと?

 

「じゃあ、わたしが王子たちを攻略したら、――略奪愛ってことにならない!?」


 わたしの前世の記憶が、それだけはやめろ!と叫んでいる。

 だって、どう考えても婚約者が悪役令嬢化して、わたしが頭の中お花畑なヒロインとして断罪されるパターンじゃん!

 

『はぁ、ホントに行くんだなぁ。父さん、まだ信じられないよ』

『せっかくすごい学校に行くんだから、いい人見つけてきなさいね』

『そうだよ、売れ残りになるなよ!』


 頭がちょっとさみしくなってきたお父様といつまでも美しいお母様、それからクソ生意気な弟に見送られて、心配させないように婚約者ができたらとは思っていたけど――これはない!

 わが身大事! 家族息災! 安全第一! 一家郎党皆殺しなんてやってられるかぁ!


 ってか、これ、乙女ゲーじゃねーのかよ!

 完全に寝取りゲーだろ!


 んんッ、あら、失礼。

 淑女としてはあるまじき言葉遣いしてしまったわ。おほ、おほほ。


「それに、当初の目的を忘れるなんて、なんたる失態!」


 しがない男爵家は少しずつだけど衰退していっている。まるでお父様のおでこの生え際のように。

 きっとストレスもあるのよね。

 可哀想にお父様……聖女の力が毛根にも効けばよかったのに……

 

 だから、この聖女の力でがっぽがっぽ稼いで男爵家を建て直そうと思っていたのよね。

 それに、ある日突然『ピオ、立派な淑女になれよ』と置き手紙を残して姿を消してしまった幼馴染の言葉を忘れるわけにはいかない。

 婚約者のいる王子に手を出すなんて、淑女としてあるまじき行動なのだから。


「わたしはあの時の誓いを守らなきゃいけないのよ!」


 そんなわけで、わたしはこれからの方針を固めた。 

 攻略対象には絶対に近づかず、勉学に励むこと!


 でも週明け――


「お、また会ったな」

「おや、Aクラスですか。意外ですね」

「どぉ? 学園には慣れてきた?」

「お前など、認めない!」


 来週こそは絶対に近づくもんか……!


「お、リリーベル嬢。ここにいたのか」

「リリーベル嬢、今日もお元気そうですね」

「あっ、リリーベル嬢! こっちの席空いてるよ!」

「お、お前など……!」


 ら、来週こそは絶対に逃げてやるから……っ


「よぉ、ピオニー。奇遇だな」

「ピオニー、そんなに走って、髪が乱れていますよ」

「ふふっピオニーって、ちょこちょこしてかわいいね!」

「……ピ、ピオニーだったか……」


 絶対に……逃げて……


「今日の放課後、時間はあるか?」

「よければお茶でもいかがですか」

「ねえねえ、一緒に街に行かない?」

「……は、話がある、来い!」


「学年もクラスも違うのに、なんで来るのよぉおお!」

 と、シナリオの強制力から逃げることができず、ひと月でわたしの心は折れた。


 当然、ライバルではなく婚約者となっている4人のご令嬢たちからは、それはそれは冷たい眼差しを向けられ、クラスメイトからも距離を取られるようになっていた。


 逃げようとしても王子様ズに捕まり、突き放すような言葉をかけているのにもかかわらず、好感度は上がる一方。

 ステータス画面を見て、がっくりとする日々が続いた。

 そしてついに、婚約者たちが悪役令嬢化してしまったのだ。


「ピオニー・リリーベル男爵令嬢。どういうつもりなのかしら?」

「随分と男性の気を惹く手管に長けておられるのねぇ」

「まさか、身の程という言葉をご存じないとか?」

「少々お声をかけられただけで舞い上がってしまわれたのかしらね?」


 ド迫力美人なご令嬢たちに囲まれて、わたしのうるうるの目がより一層潤んだ。

 泣けばすむと思っているのかしら、と言わんばかりに蔑むような視線を向けられて、家族が処刑台に立つ光景が脳裏を掠める。


『どうしてこんなことに』

『ピオニー……』

『姉上なんか……』


 大切な家族の絶望する顔。それを見ていることしかできない自分。

 ぶわっと涙があふれて、たまらずにうわぁあぁんと声を上げて泣いた。


「なっ」

「お、おねぇさまがたぁ、たすけてっ、たしゅけてくださいぃ……!」


 なりふり構っていられなかった。

 ロゼリア様の制服に縋りついて、おいおい嗚咽をあげながら助けを求めた。


「な、なんなのあなたっ」


 とドン引きされたけど、みっともない姿を見せないの、と注意されながら、応接間のようなところに押し込まれた。


「どういうことなの?」


 少し感情が収まってくると、ロゼリア様が尋ねてくる。

 わたしは洗いざらいすべてを話した。前世の記憶があること。前世にあった物語とこの世界が酷似していることなどすべて。


「その物語は、聖女が王子様たちの好感度を上げて恋人になって、最終的に結婚するっていうお話なんです。でもそれは、お姉様たちが殿下の幼馴染でヒロインのライバルだったからです。でも、この世界では状況が違って婚約者になっていたので、殿下方には絶対近寄らないようにって決めて、精一杯逃げようとしていたんです。でも……」

「殿下が自らあなたのもとにいらっしゃると言いたいの?」

「行動としてはそうかもしれませんが、その物語通りに進もうとする強制力のようなものがあって、殿下方も避けられないのではないかと考えているんです」

「強制力……」


 お姉様たちは顔を見合わせた。

 

「にわかには信じがたいわ」

「あなたが避けているなんて証拠はないものね」

「では、私たちが行動を共にするというのはどう? 四人のうち一人でもピオニーさんの側にいたら、殿下方の行動も確かめられるわ」

「そうね、一度確かめてみないことにはなんともいえないもの」


 こうしてお姉様たちの恩情によって、わたしは一緒に行動することを許された。

 一日、二日は胡乱な眼差しを向けられていたけど、一週間を過ぎ、二週間が経つと、お姉様たちの顔色は変わっていた。


「き、気持ち悪いわ……」

「ええ、避けているのに、あんな頻度で現れるなんて……」

「それに私たちのことが目に入っているはずなのに、見えていなかったわ」

「殿下たちもどこか作り物めいていて……どうなっているの?」


 はじめはお姉様たちも目が合わないことに腹を立てていたけれど、今は違う。

 すでに、わたしが殿下方にできるだけそっけなく返して、視線すら合わさないと知っているから。

 こんな怖い目に遭っていたのに、気づけなくて本当にごめんなさいとお姉様たちから謝罪を受けた。


「これが強制力というのね?」

「お、おそらくですけど……」

「まるで禁術にある魅了魔法のようだわ。ピオニーが魔法を使っていないとわかっているけど」

「もしかして、光の力が関係しているのかしら」

「それは一理あるわね」

「一度神殿に行って、事情を説明してみましょう」


 行動力と権力の塊であるお姉様たちに連れられて、わたしは久しぶりに神殿を訪れた。

 知らない間に約束を取り付けてくれていたらしく、すぐさま応接間に案内される。

 そこで大司教様に不安を打ち明けることになった。


「それは魅了ではなく、おそらく血の引力でしょう」

「……血の引力、ですか……」

「ええ。みなさまは王家が女神アルテミアと竜神オルフェウスの血を継いでいることをご存じですね?」


 みんなが頷くと、大司教様は続けた。


「女神と竜神は互いに惹かれ合う存在です。そして聖女の力はアルテミア様の力そのもの。竜神の血を引く王族が、その光に惹かれるのは自然なことなのです。特にリリーベル嬢の力は強大ですから、王子方も知らぬ間に魅せられてしまったのでしょうね」


 なるほど。王子様ズは巣にかかった蝶々みたいなものってことね。

 ならわたしは女郎蜘蛛ってことになるけど。


「それで……その状態を解除する方法はあるのでしょうか?」

「結婚するしかありません。……正確に言うと、――レディに言って聞かせるものでないとお伝えすれば、おわかりになるでしょうか」

「「「「「まぁっ」」」」」


 みんな一斉に口を押えながら顔を真っ赤にした。

 それから顔を見合わせて、くすくすと笑う。


「よかったわ、危険なものではなくて」

「でも、ピオニーが結婚するまで殿方があの状態では困るわ」


 当然ね。理由がわかっていても、他の女に現を抜かす婚約者なんて不快でしかないんだから。

 

「ピオニーは……殿下の中で心を惹かれた方はいなかったの?」

「そうね、それは聞いておくべきだわ」

「どうなの、ピオニー」

「え、そ、それは」


 突然聞かれて戸惑ったけど、これはお姉様たちのやさしさだ。

 殿下が惹かれるということは、わたしも惹かれている可能性があるということ。

 そこを引き剥がすのはよくないと、この一瞬で感じ取ってくれたのだろう。


「大丈夫です、いらっしゃいません」

「本当に? いいのよ、私たちもそれなりの覚悟があるのだから」

「本当です。お姉様方も体験されたと思いますが、その、すこし恐ろしくて……」


 貶すつもりはないけれど、そう聞こえてしまったかもしれない。

 言ったあとで心配になったけれど、それは杞憂で、お姉様たちは「あぁー、そうよねぇ」と同意を込めつつ嘆息した。

 すると、お誕生日席に座る大司教様がうんうんと頷いた。


「なるほどなるほど。お嬢様方、そういうことでしたら一つ提案がございます」

「あら、解決策に自信があるようね」

「ええ、この聖公国はオルフェウスの国ですから、四国の王家よりも竜神の血が濃く出る者が時折生まれるのです。その者にリリーベル嬢の護衛をさせましょう」

「ふーん、そういうこと。ピオニーを神殿に引き入れる気満々ね、大司教」

「今回は妥当でしょう。王子方にリリーベル嬢は荷が重いようなので」

「その点は理解できるけれど、竜神の血が濃いなんて、ピオニーがころっといってしまうわ」

「えっ、そんなことはないと思いますよ、さすがに!」

「どうかしらね。でも、ころっといっても大丈夫な相手よ。大司教からの推薦だもの」

「あっはっは、良い男であることは保証いたしますよ。リリーベル嬢の力に対抗できるのは彼しかおりませんし、お互い魅了状態にはならないはずです。他の王子から隠すにもちょうどいい。彼以上の者はいないでしょう」


 お互い魅了状態にはならない。

 その言葉に惹かれて顔を窺うと、「会ってみられますか?」と大司教様は優しく微笑んだ。



 わたしが頷いたあと、三日ほど待ってほしいと言われて一旦引き上げたけど、きっちり三日後、神殿から呼び出しがかかった。なんだか嬉しそうにしているお姉様たちを引き連れてぞろぞろと神殿へ向かう。


「どうぞこちらへ」


 今日は大司教様がいないみたいで、朗らかそうな神官様に案内される。

 前と同じ応接間だ、と思いながら足を踏み入れると、そこには黒髪のがっしりとした長身の男性が立っていた。

 王子たちよりも格段に体格がいい。背筋がすっと伸びていて、立ち姿がとっても美しかった。

 

 え、待って、騎士? 騎士なの⁉ 騎士なのね⁉

 きらきら王子より清廉とした騎士が好物なわたしは、ふおぉおお、と心の中で雄たけびを上げていた。騎士様万歳!

 

 心のオタクが狂喜乱舞している最中、黒髪の彼は窓から差し込む陽の光を背負いながら、わたしを見て、ふっと眦を緩めた。

 涼やかな顔立ちが、ほのかに甘みを帯びる。


「――っっ」


 その一瞬でぎゅんっと心臓をつかまれた。

 目が離せなくて、恋心が意志関係なく坂を転げ落ちていく。

 心のオタクも静まり返って、五体投地していた。


「堕ちたわ」

「堕ちたわね」

「ええ、完全に」

「まったく容赦ないわねぇ」


 お姉様たちが各々つぶやいた。

 反論できずにいると、騎士様がこちらに向かってきて、お顔がはっきりしてくる。

 そこで、なにか不思議な感覚がした。違和感というより既視感?


 ん? 待て待て。なーんかみたことあるぞ、この顔。


 癖のある黒髪と金色に近い榛色の瞳。それから泣き黒子。

 ちらっとある男児の姿が脳裏を掠める。

 

 いやいやいやいや。

 そう全力で首を振りかけたとき、


「ピオ、俺のこと忘れちゃった?」


 と、騎士様はいたずらが成功した少年のように微笑んだ。

 その顔は小さいとき、共に野山を駆けまわった幼馴染を思い起こさせるもので……


「ら、ら、ラフィ!? うそっ、どおしてぇえ!?」

「あはは、ピオのその声、全然変わってないな。まぁ積もる話もあるから一旦座ろうか。ご嬢様方もどうぞこちらへ」

 

 さりげなく手を差しだされて、手を重ねてしまったけど、なに!? あの生意気なやんちゃ坊主がエスコート!? 本当にどういうことよ!

 心の中で叫ぶわたしをよそに、ラフィは控えていた侍従に目配せして、お姉様たちを迎えにいかせる。その振る舞いは板についていてとても自然だった。


 この十年で何があったの……?

 どうして突然いなくなっちゃったの?

 ラフィを窺うと、こみ上げる笑みを我慢しているのか、震えながら口端だけで笑った。


 ラフィことラファエルは男爵家にいる数少ない使用人の息子で、年が近いこともあってわたしと弟に仕えていた。

 ピクニックだって魚釣りだって山登りだってなんでも一緒にやった。

 座学の時も、マナー教育の時も、乗馬練習の時もずっと一緒で。

 だから、弟の代もこの家にいてくれるんだって安心してた。

 それなのに――置き手紙を残して、使用人の両親と共に挨拶もなしに消えてしまったのだ。


『事情があって国に仕えることになったんだ。残念だがこれから会うことも叶わなくなるだろう。ラファエルのことは忘れなさい』


 そうお父様に言われても納得できなかった。

 でも、どこへ行ったのかもわからないし、手紙さえ出せない。

 手元に残った置き手紙だけを心の支えにして、これまで励んできたのだ。


「ピオ、そろそろ顔に穴が開きそうなんだけど」

「だ、だって……!」


 そんなに見つめていたのかと、急に恥ずかしくなって俯いた。顔が熱い!


「ふふふ、あなたもそんな顔するのね」

「本当に、殿下には見向きもしていなかったのねぇ」

「ラファエル様、私たちもお二人の事情を聞いていいのかしら?」

「もちろんです。事情というほど大層なものではないですが、ぜひ」


 茶菓子を用意してもらって、一通り自己紹介を済ませると、ラフィは語り始めた。


「私の両親はリリーベル家の使用人で、その繋がりから、私もリリーベル嬢とご子息の遊び相手として仕え、将来はご子息の従者に就くよう男爵より命を受けておりました」

「では、今ここにいるということは……」

「ええ、ご推察のとおり、鑑定の儀で『先祖返り』が確認され、神殿で保護されるに至ったのです」


 鑑定の儀……

 国民全員が十歳になった時に受ける能力鑑定の儀式。

 だからあの日、ラフィはいなくなったのだ。リリーベル家に戻らないままに。


「『先祖返り』というと、竜のような鱗が表れるとか」

「はい、背中にわずかですが」

「まぁ!」

「それで聖騎士団に……突然のことで、ご負担も大きかったのではありませんか?」

「いえ、リリーベル家で教養を叩きこまれていたので、そこまでの苦労はありませんでした。そんな恩があるというのに、両親まで辞職することになり、男爵には随分とご迷惑をおかけしてしまって……」


 ごめんな、と謝罪を込めるようにラフィに笑顔を向けられる。

 うん、と返しながら、私はさっと顔を逸らした。

 あからさまだけど、ラフィの顔がよすぎるからしょうがない。

 もともと顔はいいほうだったけど、こんなに美形に育つとは思ってもみなかった。


「では、ご両親も一緒に神殿へ来られたのですね」

「ええ。私が保護されるとともに、神殿の側に移り住んでおります」

「それは安心いたしましたわ」


 先祖返りというのはとても珍しいから、お姉様たちも興味津々。

 聞きたいことだらけで、記者会見みたいに質疑応答と繰り返す。

 夕方の鐘の音がなるまでたっぷりおしゃべりを楽しんでから、お茶会は解散になった。


「ピオ、週明けは寮に迎えへ行くから」

「う、うん。待ってるね、じゃあ」


 名残惜しいけど、学園では一緒にいられるのだから我慢我慢と、手を振って馬車に乗り込んだ。

 すると、お姉様たちがそれはそれはにやにやとしたお顔で微笑んでいらっしゃった。


「まさか、ラファエル様がピオニーの幼馴染だったなんて」

「ラファエル様と言ったら、聖騎士団の中でも随一の実力者なのよ」

「それにあのお顔でしょう? 人気もすさまじいんだから」

「おまけに先祖返り。まさに将来有望な殿方ですもの」

「そ、そんなに有名だったんですか……」


 口々に褒め称えられるラフィに、思わず苦笑いをこぼすと、お姉様たちが呆れたように肩を竦めた。


「そんなに、ではありませんわ!」

「一度はお近づきになりたいと憧れるほどのお方なのよ!」

「それなのに、『ラフィ♡』だなんて……!」

「しかも当然のごとく『待ってるね♡』よ!!」


 きゃあ! やだぁ! と息ぴったりに悶えるお姉様たち。

 できるだけ自然にふるまおうとした結果、燃料を注いでしまっていたらしい。

 わたしは恥ずかしさにうつむくしかなかった。


 ◇


 ラフィはわたしの初恋だ。

 物心つく前から一緒にいる少し年上のお兄ちゃんで、どんくさいわたしに寄り添ってくれていた人だった。

『しょうがないな』

 と、つんけんしながらも頬を赤くして差し出される手はとっても頼もしくて、わたしはいつも背中を追いかけていた。

 幼いころの思い出すべてにラフィがいるぐらい、べったりだったのだ。

 

 だからラフィがいなくなって、どれだけ傷ついたか。

 弟にまであきれられるほど、めそめそした毎日を送っていたし、ラフィがいなくなってからの一、二年は外出した記憶がないぐらい部屋にこもっていたと思う。

 別の道を進んでるんだと自分の心に折り合いをつけて、ラフィの置き手紙に励まされながら淑女教育に励んだ。

 だから成績もぐんと伸びたし、家格の高い家とも交流できるようになって、両親はとても喜んでいた。

 これでよかったんだと恋心に蓋をして、新しい恋でも楽しもうと学園に来たっていうのに。


 まさかこんな再会の仕方をするなんて思ってもみなかった。


「ラフィはさみしくなかったのかな……わたしのこと思い出すことあったのかな」


 覚えていたことは間違いない。

 あのいたずら小僧みたいな笑顔も全く変わってなかった。

 懐かしいと思いつつ、すっかり大人の男になっていたラフィの姿に頬が熱くなってくる。

 

「ったく、なんであんなにイケメンになってるかな!? 反則でしょ!」


 背は見上げるぐらいに高くて、体格も昔とは比べ物にならないぐらい逞しくなっていた。

 なのに、見下ろしてくる眼差しは変わらず優しくて――

 ほんの数秒だけど、ラフィの手に触れていたことを思い出して、んぎゃー!と叫びながら枕に顔をうずめた。

 


 そんなこんなで、ラフィが対王子の護衛としてついてくれることになったんだけど――

 

「な、なんて楽なの……!」


 ラフィの忌避効果は凄まじいものだった。

 王子様ズが仕掛けてくるのは朝、昼食時、放課後と決まっているんだけど、まず半径三メートル以内に入ってこない。

 声をかけてきそうなとき、ラフィが一瞥すると、ささっと視界から消えるように去っていく。 

 まるで蚊取り線香みたい。とラフィに失礼なことを内心呟いてしまうぐらい効果覿面だった。

 しかも、ご令嬢たちがラフィに突撃してくることもなく、拍子抜けするぐらいにストレスフリーな学園生活が送れたのだ。

 まだ半日だけど、ここまで開放感を味わえるなんて。


「ほんっとーに、ラフィがいてくれてよかったぁ、怯えなくて済むなんて最高! ほら、立ってないで、一緒にお弁当食べよ!」

「ピオ、俺は一応仕事――」

「腹が減っては~ってよく言うじゃない。それにじっと見られながらお昼食べるなんて嫌だからね!」


 お昼休み。中庭の人気のない木陰のベンチに腰掛ける。律儀に護衛を続けようとするラフィを言いくるめて、隣に座らせたあと、すぐさまランチボックスを押し付けた。


「これ、ピオが作ったのか?」

「そうよ。食堂にいたら針の筵だもん。入学してすぐ作るようになったの」

「そんなにひどかったのかよ。お役に立てたみたいでこっちこそよかった」

「本当に感謝してもしきれないよ。お昼は絶対に誘いに来るし、無理やり連れて行かれそうになることもあったから」

「無理やり?」

「そう、学内には生徒会っていうのがあって、生徒会の役員しか入れない部屋があるの。そこならゆっくり話せるからって誘われたのよ。護衛やらもついてくるけど、わたしがどういう目で見られるかなんて全く考えてないのよね。ほんと嫌になっちゃう」

「へぇ。王子にそんな権限があったなんて知らなかったなぁ」


 さらりと木の葉が揺れる。もうすぐ夏とは思えないほどのひんやりとした風が抜けていって、ぶるっと体が震えた。

 雨でも降りだすのかと空を見上げたけど、変わらずの快晴。

 ちらりとラフィを見ると、端正な顔ににこにこと笑顔を浮かべながら首を傾げていた。


「ピオ、どうした?」

「ううん、何でもない。早速食べよっか!」

「ああ、そうだな。いただきまーす」

「あっ、ええとね、こっちが鳥の照り焼きサンドで、こっちがほうれん草とポテトのキッシュね。それから――」


 照れ隠しもあって、何も言わせまいと早口で説明を始める。

 いつも作ってるものより断然手がかかってるけど、絶対にバレてはいけない。そんなことになったら恥ずか死んでしまう。

 説明を終えて無心でパクパクと口に運んでいると、ラフィがくすりと笑った。

 

「ピオの手作りがまた食べられるなんて思わなかった」

 

 ランチボックスを見つめて、ラフィはどこか懐かしそうに目を細める。

 その横顔の美しさといったら筆舌に尽くし難いもので、心臓が口から飛び出るかというぐらい激しく脈打った。


「べ、別についでだし、昔と違ってパパっといろんな料理を作れるようになったから手間とかかかってないし、そんな感謝する必要なんてないからね!」

「ふーん、ピオはついでで自分の分の2倍もある俺の分を作ってくれたってことかぁ」

「っっっ」

「手間がかかってなくても嬉しいよ。ありがとな、ピオ」


 そう言って、ラフィはにーっこりと微笑んだ。

 その笑顔は昔と変わらない、わたしが隠し事をしているときに浮かべる、全部お見通しだと言いたげな笑みだった。

 

「くぅ……」


 だめだ。

 わたしの恋心はとっくにバレていたらしい。

 顔がかぁっと熱くなって俯くと、「耳まで赤くなってる」と追撃が飛んでくる。

 恥ずかしさもあるけど、こういうやり取りができることとか、ラフィが隣にいる喜びが、ぐちゃぐちゃになって襲ってきて、ぽろっと涙がこぼれてしまった。


「ううぅ、ラフィのばかぁ」

「え、ちょ、ピオ!?」

「わたしがっ、わたしがどんな想いでいたと思ってるのよぅ……!」


 堰を切ったように涙があふれる。

 会いたかった。

 ずっと会いたかった。

 もう平気だと思っていたのに、あの頃の気持ちが全部よみがえってきてしまう。


「もう会えないって……行先もわからなくて、いっぱい、いっぱい心配したんだから……!」

「ごめん……ごめんな」


 ぐっと肩を抱き寄せられて、顔を覗き込まれる。

 さっきまでのからかうような雰囲気は鳴りを潜めて、榛色の目が不安そうに揺れていた。


「怒ってるよな、急にいなくなったこと」

「うぅ、怒ってるけど、怒ってないっ。事情があるの、わかってたからっ」

「じゃあ、どうして泣いてる? 悲しい?」

「ちがう、違うのっ。ラフィが……ラフィがいるんだって思うと、嬉しくて……っ!」


 ラフィが息をのんだように、くっと喉を鳴らした。

 ハンカチを差し出してきたあと、しばらく黙っていたと思ったら、髪を梳くように頭を撫でてくる。


「なぁ、ピオ。今も俺のことを心に残してくれてるって受け取っていい?」

「――っ」

「ピオ?」

「……せっかく忘れようとしてたのに……どうしてくれるのぉ……」

「ピオ……たくさん泣かせて、たくさん心配かけて、ごめん。でも俺は、一度も忘れたことはなかったよ、ピオのこと。ずっと迎えに行くつもりで頑張ってきたんだ。もしピオに好きな人ができていたら、諦めるつもりだったけど」

「ラフィ……ほんとに……?」


 頬に手を添えられて、まっすぐに見つめられる。

 

「もうどこにも行かないから、また隣にいてもいいか?」

「これからずっと……?」

「うん、これからずっと。もしピオも望んでくれるなら、俺は結婚っていう契約もしたい」


 ふぇ、と情けない声がもれる。


「急がなくていいよ。ピオがいいと思うタイミングでいいから」

「ううぅ、やだっ、ラフィと結婚する……っ! もう寂しいのも、誰かに盗られるのもやだっ!」

「うっ……今の言葉、真に受けるからな? 後戻りできないからな?」

「本気だもん……っ」


 ラフィにしがみついて駄々をこねるようにぐりぐりと頭をこすりつけると、ラフィがぎゅうと抱きしめてくる。


「ピオ、かわいい。俺を選んでくれてありがとな。大切にする」

「わたしもラフィのこと絶対離さないから!」

「はは、せっかくの淑女が台無し……でもすげぇ嬉しい」


 ぐちゃぐちゃな顔のまま見上げると、ラフィは泣きそうな顔をしていた。

 わたしに見られるのは癪だったらしく、むぎゅっと顔を胸板に押し付けられる。こんなところは全く変わってなくて、笑ってるのに涙が止まらなかった。

 

 そのあと、照れ照れしながらお弁当を平らげ、昼休憩ぎりぎりまで赤くなった目元を冷やして戻ったけど、明らかに何かあったと言わんばかりの空気感に、お姉様たちからの質問の嵐に見舞われたのだった。


 ◇


 一月ほど経つと王子たちにも変化があって、お姉様たちが王子と二人でデートをしている姿を見るようになった。

 薬物中毒みたいな王子しか知らなかったからすごく意外に感じたけど、元々は四人ともとっても紳士なのだ。お姉様たちも安心して側にいられるみたいで、お姉様たちの幸せそうな笑顔に何度感動したか。


「本当に魅了がとけてよかった」

「ああ、話を聞いたときは驚いたけど、収まるところに収まったって感じだな」

「うん」

 

 両親と大司教様から婚約の承諾をもらい、卒業後すぐにラフィと結婚することが決まった。

 ラフィは聖騎士団での功績から領地なしの男爵位を賜っていて、いつの間にか貴族入りしていたのだ。

 先祖返りの件もあって本当はもっと上の爵位ももらえたらしいけど、わたしが嫌がることを見越して、陞爵を断っていたのだとか。


 結婚後はラフィが所属する小隊と一緒に大陸を回って、聖女の力をふるうことになる。

 身軽な身分のほうが合っているし、後ろ盾には神殿がついていてくれるから不自由もない。

 理には適っているんだけど――


「ねぇ、ラフィ、いつから考えててくれたの?」

「あー、結婚のこと?」

「うん」

「当然、神殿に保護されたときから。そのときはまさかピオが女神の加護を受けるとは思わなかったけど」

「じゃあ、もし聖女がほかの人だったら……?」

「あぁ、俺だけ魅了されないなら、ちょうどいいなと思ってたぐらい」

「ちょうどいい? 先祖返りが?」

「そう。一人を想ったら、あとはどうでもよくなるぐらい、竜ってのは一途なんだよ」


 覚えとけ、とくしゃりと頭をなでられて、返す言葉もない。

 恥ずかしいやら嬉しいやらで、もごもごと口を動かすことしかできなかった。

 

 



――――――――――――――――――


 

「いやはや、ラファエル殿の見立てどおりでしたな」

「はい、ピオのことは俺が一番理解していますから」

「まさか婚約者を立てるだけで、もっとも平穏な未来を選んでいただけるとは……」

「俺はただ、ピオがほかの男に目移りしないようにしただけのこと。それが大司教のいう平穏に繋がるなら好都合です。ピオを戦乱に放り込むつもりはありませんから」

「はは、私もラファエル殿が魔王になる未来は望んでおりません。どうか聖女殿と末永くお幸せに」

 




なんで攻略対象に婚約者がいるのか、ずっと謎だったんですよね。

思ったよりヒロインが乙女になっちゃいましたが、

普通はそうだよな、楽しかった、と思われたら評価いただけると嬉しいです

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