お姉さまはずるいという妹
毒家族に甘やかされている妹に振り回される姉のお約束をやってみたかった。
「お姉さまはずるい!!」
そう言えば何でも思うようになっていた妹がまた言い出した。
「またか」
父も呆れ、相手にしないが、
「どうした。マティアナ」
「お爺さま。お姉さまが酷いのよ!!」
「何があったんだ」
「お父さまから綺麗な万年筆を貰ったのわたくしはもらっていないのに」
ぼろぼろと涙をこぼす妹を見て、祖父は哀れに思って、
「ディアナ。お前はそんな冷たい女だとは思わなかったぞ。ヴィルド。お前もだっ!!」
祖父が怒鳴っている横でにんまりと笑っている妹。祖父は妹の本性に気付いていない。
(お父さまが万年筆をくださったのはわたくしが勉強に使っている万年筆が壊れたのに気づいたからなのに……)
いつも妹はこうだ。
誕生の時からこの祖父の妹に対しての可愛がりは始まっていた。わたくしは母に似て、やや鋭い眼差しを持っているのに対して、妹は亡くなった祖母にそっくりな柔らかい眼差しで、祖父は妹を亡き妻――祖母の生まれ変わりだと常々言ってきた。
祖母はもともと身体が弱かったのに自分の元に嫁いでくれて、貴方の子供を産みたいと無理して息子を産んでくれた女神のような女性だと言っていた祖父が、生前に何も出来なかったからと祖母の代わりに妹を大事に大事に……それこそ過度に甘やかした結果。
妹は化け物になった。
父が何度も叱っても、母が何度も修正しようとしても、祖父が妹を庇い、
『儂のヒルデを奪ったお前が口出しするな!!』
と父は殴られた。
せめて爵位を父に譲ってくれていたら手の施しようもあったが、祖父はまだ自分は元気だと言い張って、譲るつもりはない。
公爵家の仕事はほとんど父がしているのにも拘らず。
(何か手段は……)
この祖父の妹可愛がりを見ているととある不安がよぎってくる。でも、いくらなんでもそんなことはしないだろうと思っていたのだが……。
「お姉さまずるい~!!」
それは突然……いや、もしかしたらある程度予想が出来ていたかもしれない。
それは学園の図書室。第三王子殿下のグラディオ殿下と共に勉強をしていた時に起きた。
「お姉さまずるい!! 家になかなか帰ってこないと思ったらこんなところで王子さまと逢引なんてっ!!」
「マティアナ!! 何でここにっ⁉」
「お爺さまに連れてきてもらったのよ!! 来年にはここに入学するのだから」
ああ。祖父が公爵という権力を振りかざして無理やり中に入ってきたのだろう。
「ディアナ。彼女は?」
「わたくしの……」
「初めましてっ。わたくしはマティアナと言いますっ!! よろしくお願いしますっ!!」
こちらが紹介する前に名乗るさまに淑女としてあるまじき態度だ。礼儀作法の勉強はどうしたのと疑問が浮かびかけて、その先生を妹が厳しいと祖父に泣きついてやめさせたことを思いだした。
「ふ~ん……」
グラディオ殿下は冷たい眼差しを向けてマティアナを見る。だけど、マティアナは殿下の視線が氷点下の冷たさを宿しているのに全く気付いていないで殿下が自分を見てくれたと嬉しそうに笑みを浮かべて、こちらに勝ち誇ったような挑発するような視線を向けてくる。
もしかして、知っているのだろうか。殿下から内々に婿入りの要望が来ているのを。
本来なら正式な方法で伝えたいが、公爵である祖父が厄介だから公式な話に進められていない事実を――。
そんなことを考えていたら。
「お姉さまはずるい!!」
いつものセリフが出てくる。廊下に祖父の姿が見えたので今がチャンスと思ったのだろう。
「どうした。マティアナ。外まで声が響いているぞ」
「お爺さま。お姉さまばかりずるい。王子さまと同じ学年なだけで一緒にいられるなんて……」
嘘泣きをして抱き付くマティアナ。だけど、いつもならマティアナに甘い祖父から甘やかす言葉は出ない。
「――ブレーメン公爵」
殿下の冷たい声。
「はっ、はいっ!!」
「ここは学園の図書室だ。勉学に励む生徒達が静かに過ごす環境であるはずだが、貴方が連れてきたそのご令嬢がその神聖な空気を破壊していることは気付いているでしょうか」
言葉は年長者に敬うものだが内容は厳しい。
「しょ、承知しております……」
「ましてや、彼女はこの学園の生徒ではない。――王族、貴族が通う学園に在学生の身内とはいえ、部外者が簡単に入れる状況では生徒たちの安全は万全ではないと言い切れる。その時の責任は誰が取る?」
冷たい声。
「そ、それは……」
「そんなことも分からないほど耄碌したのかな」
「ねえ、お爺さま。お姉さまばかり王子さまと一緒でずるいのよ。わたくしも王子さまとお話しした~い」
「こんなふうに王族の私の話を遮るような教育をしているご令嬢をやすやすと自身の権力で勝手に連れてくる貴方に公爵の名は重いでしょう。そろそろ隠居されたらいかがですか」
隠居を勧めているが、実質命令だ。
何も言えなくなっている祖父と未だ何も分かっていない妹を殿下の護衛がそっと学園の外に追い出す。
「殿下……」
「これでディアナの平穏が壊されることないよ。――もともと領主の仕事もお父上が行っていたのだからやっと命令系統がしっかりできたということになるね」
「殿下」
「――これで正式に結婚の申し込みできるよ」
殿下の言葉に図書室でありながら拍手が沸き上がる。ずっと様子を窺っていた生徒たちの祝福だ。
それに顔を赤らめていると殿下はそっと口元に指を持っていき、
「ここは図書室だよ」
と告げるとすぐに静かになったのだった。
その後しっかり隠居させられて公爵家は父が継ぎました。




