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新人イビリの令嬢と飯テロコック

作者: くるをす




「やり直し」



 シャルル男爵邸の厨房に、無慈悲な声が響く。



 リラお嬢様が俺の作った料理を指差して、駄目出しをしているのだ。


 亜麻色の髪に栗色の目、リスのように小柄なお嬢様が肩を竦めてわざとらしく溜息を吐くその姿は小憎たらしくも可愛らしい。



 ちなみに、本日のメニューは枝豆の茶碗蒸しにわかめの味噌汁、生姜焼きだ。



「なにがお気に召さなかったので?」



「全部。気に入らない」


「めちゃくちゃ美味しいと思うんですが」



 ぷいっと顔を反らすその姿はまるで幼児で、その小柄さと相俟ってとてもじゃないが十七歳とは思えない。


「前世で飽きるほど食べたわ。この世界の人間はこの世界の食事を食べれば良いの!! こういうご飯はもううんざりっ。不合格不合格不合格っ!!」


「お嬢様の許可が出ないと旦那様達にも食べていただけないので、困るんですが……」



 地団駄を踏む勢いで俺の料理に不合格を突き付けながらそれでも出されたメニューは完食しきるその姿に、食糧を無駄にすることを嫌う日本人を感じる。




 そう。俺ことシャルル男爵邸料理人見習い・ローレルと、シャルル男爵家三女・リラ様は日本からの転生者である。




「物語の中でもそうだったけれど、なんで転生者ってやたらと飯テロしたがるのっ?」



「それは転生先の食事が不味いからですねー」




 そうでない場合ももちろんあるが、とりあえず今俺達の居るこの世界の食事は不味い。



「まずくなんてないわっ! 味気なくて美味しくないだけ!!」


「美味しくないんじゃないっすか」




 あーあ。日本食の美味さを拡めて、上手くいけば有名になれるかも!? なんて夢を見ていたが出世の道は厳しそうだ。



「知ってるのよ。貴方、私の夕食を作る以外はまだ野菜の皮剥きしかさせてもらえていないでしょう? そんな人にお父様たちのお料理は任せられないわ!」



「お嬢様が合格を出してくれたら皮剥きも卒業出来るんですがねー」




 この世界の食事といったら固いパンに出汁の味のしない薄いスープ、焼いた肉。素材の質と品数が変わるだけで貴族でも平民でもメニューに大差はない。


 

 平民の両親の間に長男として産まれた俺だったが、幼少期の頃前世の記憶を思い出してからはどうにもこの食事が辛くて、ならば自分の手で変えてやろうと料理人を志した。


 前世ではただの大学生でしかなかった俺が結構頑張ったのだ。


 ちなみに死因だが、まだ若かったのに交通事故であっけなく、だ。


 多少の自炊の心得と、母や姉の料理を手伝った記憶。思い出しては時折寂しくなりながら、もうあの場所に戻れないならせめて料理の思い出だけは忘れないと。

 絶対にこの世界でもあの味を食べてやる、そして拡めてやると思った。


 そうして料理の研鑽を積み、運よく十七歳で男爵邸の厨房見習いの身となり二年。いまだに仕事は芋の皮剥きがメインだ。


 この屋敷から日本食を発信し、世界中に俺の名前を轟かせる予定だったが、お嬢様に出会ったあの日から俺の計画は狂ってしまったのだ。







 あの日は珍しく料理長の機嫌が良く、余り物もたくさん出たため試作を作りたい者がいれば作ってよいという話になった。

 未だに下拵えしかさせてもらえなかった俺は千載一遇のチャンスにもちろんやります、と勢い良く挙手をしたのだ。



 そうして作った玉子焼きに大根のきんぴら。それから、筑前煮。

 好きに使ってよいとはいえ貴重な油や砂糖を大量に使うのも憚られたためこの組み合わせとなった。玉子焼きときんぴらで油、筑前煮で砂糖を少し使ってしまったが。

 塩と、それから意外にも醤油が安く流通しているのが幸いだった。



 渾身の出来だった。早く料理長に食べてもらおう、もしこれで認められたら明日から朝食のメニューの一品くらいは任せてもらえるかもしれないとコンロの火を止めて振り向くと──見慣れない少女が居た。



「珍しいものを作るのね。料理長、これ私がいただいても良いかしら」


「お嬢様っ、なぜこんなところにっ……」



 厳格な料理長があわあわと動揺している。お嬢様、と呼ばれた彼女は前世でいえば中学生くらいに見える。


 シャルル男爵家の上お二人は成人近いと聞いていたため、こちらは三女のリラ様だろうか。



「此奴はまだ芋剥きしか任せていないような新人です。とてもお嬢様に食べさせられるような腕前では……」


「だからよ! 私が毒見してあげるわ!」




 おいおい、貴族のお嬢様が毒見? なんてこの場にいる誰もが思ったがお嬢様に対して口出しなんてして良いものかもわからずあたふたと成り行きを見守るしか出来ない。

 執事や侍女ならまた違ったのだろうが此処に居るのは料理人だけ。正解がわからないのだ。



 ならば侍女を呼んでこよう、と誰かが提案したが連絡役の退室より早くお嬢様は料理に口を付けてしまった。

 フォークを使って器用にきんぴらを掬い上げて口に運び、咀嚼していく。それから玉子焼き、筑前煮と一周したらまた同じ順番でローテーションするように。



 厨房内が静まり返る。




 けれど、俺だけは確信があった。

 


 自信作だ。このお嬢様から、俺の物語は始まるのだ!!




「…………不合格」



「…………は?」



 どこからか取り出したナプキンで口を拭って、お嬢様が言う。



「不合格って言ったの。とてもじゃないけれど他の人には出せない味ね。私は耐性があるから良かったけれど……他の人にこんなお料理を出しちゃ駄目だわ」



「え、なんで……」



「お嬢様、申し訳ございません!!」



 料理長が俺の頭を掴んで無理やりに頭を下げさせる。

 いや、待て待て。絶対に不味くなんかなかったはずだ。味見もした。まさかこの世界の人間とは味覚が違う? じゃあ、俺の夢は??



 動揺の中ぐるぐると考えていると、お嬢様は言った。



「怒ってないから頭は上げて良いわよ。けれどなんでこんなものを作ろうと思ったのか興味があるから……私の夕食はしばらくこの人に作らせる。それ以外では今まで通り下拵えをさせて」



「そこまでお口汚しでしたか……」



「私の審査を合格したら料理を作らせて良いから。あと、私の分はお父様方の分の用意の邪魔にならないように、通常の業務が終わったらで良いわ。場所もここで良い。時間を調整して食べにくるから」




 そう言って、お嬢様は去って行ってしまった。



 それからその言葉通り、お嬢様は毎日厨房に足を運ぶようになった。最初の頃こそ興味本位の野次馬達が何人か残っていたがすぐに飽きたのか、一週間が経った頃にはお嬢様の晩餐に付き添うのは俺一人となっていた。







 あれから一年と半年。未だに『合格』の言葉は一度ももらえていない。




「そろそろ認めてくださいよー。お嬢様、厨房の奴等になんて呼ばれてるか知ってます? 『新人イビリのリラ姫』ですよ? 俺もう新人じゃないのに」



「待って。何それ」



 貴族のお嬢様だというのに、食べ終えた食器を自ら流しに運ぼうとするその姿は正真正銘日本人である。とても新人イビリ姫と呼ばれるほどの傲慢には見えない。俺への態度はまあまあ高慢だが。

 ちなみに、男爵令嬢なのに姫と名付けられたのはただの皮肉だろう。



「知らないんですか? 最初こそ俺が色目を使ってお嬢様に取り入ったんじゃないかとか考えてるやつも居たみたいですがねー」



 当時十七歳と十五歳のがきんちょによくそんなことを言えたものだ。まあ、そんな話も今では毎日通路にまで響き渡る『不合格!!』の声に吹き飛ばされてしまったが。




「それは仕方ないわね。貴方、格好良いもの」





 ………不意打ちに、心臓が止まりかける。



 これである。毎日不合格を突きつけられて、それでもこのお嬢様を憎みきれないのは。

 俺だって男だ。同年代の可愛い女子に『格好良い』なんて言われたらそれなりに、……いや。めちゃくちゃ嬉しい。





「お嬢様、純情な男の心を弄ばないでください……」




「知らないけどそんなの。それに、誰がこんな図太い神経の人間をいびるっていうのよ」



 一年半も俺の料理に不合格を突き付けるのはいびりじゃないのか。

 最初こそこの世界の人たちとは味覚が違うと飯テロ計画を諦めたものだが、お嬢様は元日本人だ。というか、何なら心は今でも日本人だろう。



「いただきますの合掌や三角食べをする人がなんでこんなに和食を許さないんですか……」



「ああ。そういえばそれで転生者だってバレたのよね。私は和食を見てすぐ分かったけれど」




 そう、初対面のあの時にはもうお互い転生者という確信があった。自分という前例があるのだから他にもそういう人間がいてもおかしくない、そう思えば多少の驚きはあれどすんなりとこの状況も受け入れられた。



 けれど、そろそろ限界だ。お嬢様以外にも料理を食べてもらいたい。




「俺の料理、不合格っていつも言いますけどいつも完食するじゃないですか」




「食材にも作ってくれた貴方にも感謝はあるからね」



「味噌とかごま油とか、苦労しながら探して仕入れてくれたくせに」



「貴方のこと好きだもの。喜んでもらいたくて探してきたわ」



 ……ぐっ。きゅんとしてしまったが、駄目だ駄目だここで折れては。今日こそは負けられない。

 いい加減に燻ってはいられないのだ。





「不味いとは絶対言わないくせに」




「だって不味くないもの。美味しいわ」




 …………え?




「え? ……なんて言いました?」





「美味しいものを不味いとは言えないわ」




「え? え? じゃあ、なんで……!!」





 あ、不味い。段々と語気が強くなっていくのを感じる。けれど自分では止められない。



「一年半っていう期間ですよ? 毎日毎日不合格を突き付けられて! それでも美味しいものを拡めたくて挫けず毎日頑張って……!!」




 ああ、お嬢様にこんな酷い態度を取りたくないのにな。けれど、好きな人に自分の努力を認めてもらえないのは想像以上にキツい。



「貴方の料理を独り占めしたかったの」



「嘘でしょう」



 目が合わない。本音でないのは明らかだ。



「まさか、本当に新人イビリだったんですか!!?」




 お嬢様がそんな人だとは思いたくない。けれど、一年半という長い期間突き付けられた『不合格』の言葉が心を抉るようにのしかかってくる。




「そんなこと、しない……」




「じゃあなんで!!?」



 俺の怒鳴り声を浴びてぷるぷると怯えながら、お嬢様が声を絞り出した。







「だって……だって……美味しいものは…………美味しいものを知ったら………………みんな、食べ過ぎちゃうのよ!!?」






「…………は?」






 思わぬ方向からの切り口に、俺は今とても間抜けな顔をしているだろう。けれどそれに気付いているのかいないのか、お嬢様は続ける。




「今は大人しく健康的な和食を作っていても、そのうち調子にのって砂糖たっぷりのケーキや油たっぷりの唐揚げを作るんだわ!! ううん、和食だって塩分が多いの!! 国によっては昔から海産物をメインで食べてきた日本人とは体質が違うからもっと塩分を控えなきゃいけないっていわれていたのに……ここの人たち、海産物を食べる習慣ないもの! 塩分を摂らせすぎちゃいけないはずよ!! それにこんなに美味しいものを知ったらもっともっとって食べ過ぎてお父様もお母様もお姉様たちも身体を壊してしまうわ!!」



 ものすごい早口で捲し立てるお嬢様に待て待て待て待ってください、と掌を掲げて制止のポーズを取る。


 一息で勢いをつけるものだから、肩で息をしているじゃないか。おまけに半べそだ。



「………食べ過ぎなければいいのでは?」



「誘惑に抗えない人間もいる! 前世の私の死因は、糖尿病と高血圧。生活習慣病の悪化よ!!」



「…………それは、また」



 現在は出された分をきちんと完食し、おかわりを要求されることなどもないのだがきっとトラウマになっているのだろう。




「私は美味しいものへの耐性と前世の反省があるから我慢できるわ! でも、固いパンと薄いスープしか食べてこなかった人がこんなの食べたら依存症になっちゃうもの!! あああもうっ、好きな人にこんな情けない死因も言いたくなかったのに!!」



 お嬢様、めちゃくちゃ急に喋るじゃないですか。俺にも喋る隙を与えて……。



 お嬢様の呼吸が整うのを待って、話しかけるタイミングをどうにか見つける。




「いいですか、お嬢様。大体の人間はきちんと自制が出来ますから大丈夫です。塩分も気持ち控えめにして出汁の風味を活かすよう気を付けますから……」



「………………誰も死なない?」



 食べ過ぎが原因で死ぬということ自体、極端な話だ。前世のお嬢様の死因についてはお気の毒だが、自業自得な部分もあるだろう。



「一人ひとりが気を付ければですね。大体は体重が増えたり身体に不調が出てきたところで自制してくれるでしょう。それに、ケーキや唐揚げも悪ではないですからね、適量なら心の栄養剤です」



「………………」




 自制出来なかった記憶でも思いだしたのか、黙ってしまった。けれど逸らしていた目をこちらに向けて、しっかりと見据えてくる。

 恥ずかしげに両手の指を組んでもじもじする姿があざとくも可愛らしい。




「…………ごめんなさい、意地悪して」




「意地悪じゃなかったんでしょう。他の人にも俺の料理を出していいっすか?」




 そうすれば、料理人ローレルの名前を世に轟かすことが出来る。

 俺の料理の出来については、たった今たっぷりとお嬢様が証明してくれた。




「単純に美味いもん拡めたいとか金を稼いで両親に仕送りしたいとかもあるんですけど」




 前世では孝行なんて出来なかったら。今世では悔いなく親に恩返しをしたい。



 けれど、この一年半の間に他の理由も出来てしまった。



「偉い人に認められて功績をいっぱい残して有名になったら、平民出身の料理人でも男爵家のお嬢さんとのお付き合いを許してもらえると思うんですよねー」



 付き合うならばいずれ結婚もしたいし、稼ぎも必要だ。

 


 交際の約束を交わしたことはないけれど、一年半という期間毎日顔を突き合わせて、お互いの気持ちはもう分かっていた。



 お嬢様は俺が改めて言葉にしたことに動揺した様子で、しかし小さく頷いた。



 




「……料理……いえ、貴方を独り占めしたいのも少しだけ本当だったから……私との時間を無碍にしないなら良いわ……」







 

 次の日には料理長に『合格』の知らせが届き、初めて和食を食べた彼は感動した様子で早速旦那様方へお出しする料理の何品かを任せてくれた。



 お出しした和食は旦那様も大層気に入ってくれて、数週間後の男爵家主催のパーティーも何品か用意するようにと仰せつかった。




「パーティーには伯爵様もいらっしゃるから。気に入っていただければもっと大きなチャンスを掴めるわ。頑張りなさいね」




 信じてるから、とでも言いたげにお嬢様が俺の背中を軽く叩いて発破を掛けてくる。




「もちろんです!!」






 

 俺の飯テロ出世街道は、まだまだこれからなのだから。






読んでくださってありがとうございます! 勢いだけで一日で書き上げてしまったので大丈夫かな……という思いもありつつ、勢いに乗っているときはその勢いに乗れ! の精神で投稿してしまいました。

 この作品がどなたかの『楽しい』時間になれたのなら幸いです。


 そして前作にリアクションや評価、ブクマをしてくださった方本当にありがとうございます!! とってもとっても、それはもう泣くほど嬉しかったですっ……。


 もし本作に触れてくださった方の中にも評価、リアクション、ブクマや感想などしたり送ったりしてやるかな、なんて方がいらっしゃいましたらとっても嬉しいです!



 ただいま長編執筆中です。心配性である程度書き溜めるまで投稿を踏みとどまっているのですが、近日中の投稿を目指して頑張りますっ。

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