すげ替えた夫は家族で溺愛します!
コミカライズ記念に。前作を読んでなくてもOKですが、ご覧になられる方はこちら↓
【コミカライズ】白い結婚? よろしい、ならば夫すげ替えだ!
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そのそのおじさんたちは作中で触れるくらいで、きちんとはでてきません。視点であるアイリーンの下に詳しい情報が届かないので……(誰が阻害しているのか)。
わたし、アイリーン・オルタナは、リード伯爵夫人である。
夫の治めるリードの地は、小麦をメインとした穀倉地帯だ。本来は裕福である領地だったが、ここ数年の不作と水害、それに領主一族の浪費であえいでいた。
没落も間近となっていたリードがどうにかぎりぎりでもっていたのは、ひとえに頑張り屋である夫の手腕だったが、結婚後はわたしの実家であるハワード家や夫の親戚たちの融資も加わり、今は収支が上向きになりつつあった。
リード伯爵家次男であった夫のレイナルドは、父親や継母、また継嗣である兄の犠牲となってひとり搾取されていたのだが、半年前にあったわたしの輿入れの際のごたごた──本来わたしの夫になるところであった兄アルフレッドは、同居していた義母の娘との密通をごまかし、裕福な伯爵令嬢であったわたしを白い結婚で縛って金銭と労働力を得ようとした──を経て、兄からは妻を、父からは爵位を受け取り、今は妻の実家の庇護の下、順調に健康を取り戻している最中である。
リードの地も、夫レイナルドも、そこで育つ小麦のようにたくましく輝かしい、今のわたしにとっては、なくてはならない存在だ。
前述の通り、結婚前のレイナルドは、一人で領主の仕事と家政を切り盛りしていたため睡眠と食事を削りに削ってひどい有様だったのだが、妻となったわたしがその片方を担い、また生活を整えた甲斐あって、今は目の下の隈も消え、その痩躯にもほどよく肉がついてきたところである。余裕が出たレイナルドは、領地だけでなく、わたしのことも大事にしてくれている。
そんな風に白い結婚を言い渡された地獄のような喜劇のような最初の結婚と違い、わたしは充実した日々を送っていたが……何を隠そう、実は現在も白い結婚を継続している。
◇
「アイリーン」
朝の光に照らされた満ち足りた笑顔で、レイナルドがわたしを呼んだ。
小麦色の髪が陽の光に透けて金色に光っている。学園の先輩であったレイナルドに再会した時には、その暖かな色合いの髪もひどくパサついていたが、わたしや新しく付けた侍従が手入れに手入れを重ねた結果、美しい艶を取り戻すことができている。
「おはようございます、レイナルド」
笑顔であいさつを交わすと、心底嬉しそうにレイナルドが破顔した。
白い結婚であり、さらにはほぼ別居婚に近い生活を送っているが、わたしとレイナルドの仲は良好だ。こうやって週末には同じ寝台で寝起きをして、お互いに支えあっている。
「今週末は夕食を共にできるだろうか」
寝台に上体を起こしたレイナルドは、少し上目遣いでわたしを覗き込むようにわたしの意向を伺ってくる。非常にあざといが、これを素でやっているのが我が夫だ。ぶんぶん振り回されるしっぽの幻影すら見える。
その愛らしさに胸を撃ち抜かれつつも、わたしはレイナルドを安心させるために笑みを深めた。危ない、一瞬淑女らしさをかなぐり捨てて、その小麦色の頭を、わしわしと掻き乱したくなった。自重、大事。
「ええ、もちろん。学園の授業が終わりましたら、わたくし急いで帰ってまいりますわ。さあ、着替えて一緒に朝食を取りましょう?」
「もちろんだ! 君と一緒に食べる食事ほどおいしいものはないからね」
食事を取る暇もなく、また取っても執務室で一人軽食をつまむ程度だったレイナルドは、ひとりにするとすぐ食事を抜きがちになる。もう何年もきちんと食事を取る習慣が抜けていたのが原因なので、今はできる限り誰かが食事を共にするようにしているのだが、レイナルドの嬉しそうな笑顔を見ると、共にする側からしたらご褒美でしかない。なんなのだろう、この可愛い生き物は。
「では、僕は先に行くね。また後で、アイリーン」
「はい、わたくしも急いで参ります」
「大丈夫だよ、ゆっくり支度をして。待つのもまた楽しいんだよ」
そう告げると、にこにこ笑いながら夫は寝室から続く自分の私室へと向かっていった。後ろ髪がぴょこんと跳ねているのが可愛い。きっと朝食までにあの寝ぐせは侍従によって整えられてしまうだろう。ああ、学園がなければあの髪を撫でつけるのはわたしの仕事のままだったのに!
白い結婚をしている伯爵夫人の仕事のメインは家政だ。本当なら多忙なレイナルドの補佐もしたいところだったが、それはレイナルドによって断られた。
(まさか、貴族夫人として一番大切な後継者を設けるための閨事を禁じられた上、タウンハウスでの別居を申し付けられるとは思わなかったわ)
白い結婚も、別居も、家政のみに仕事が縛られているのも、そのすべての理由はわたしがまだ学生であるためだった。
結婚当初はレイナルドの衰弱が激しかったため、静養を大優先として閨事どころか、領主の仕事もほぼわたしや家令、実家からお父様が寄こしてくれた文官たちで回していた。
わたしも、家政に領地運営の補佐、そしてなによりレイナルドの世話と、忙しくも楽しい日々を過ごしていたのだ。もとより学園は最初の結婚が決まった際に退学手続きを取っていたので、レイナルドとの結婚後はそのまま行くつもりがなかったのだ。なのに──
(回復したレイナルドが認めてくれなかったのよねぇ……)
貴族令息とは違い、在学中に結婚した令嬢がそのまま退学することはままあることだ。だからオルタナ家に嫁ぐ際にその手続きはしてきた。
──なのに、レイナルドがそれを覆してしまった。
まさか、お父様と協力して復学の手続きを取っているとは思わなかった。学園で楽しく過ごす時間を奪いたくないという理由だったけれど、わたしはオルタナ家でも楽しく過ごせているというのに。
子どもができたら学園に通い続けられないので閨事はしない。
学園に通うために平日は王都のタウンハウスで寝起きして、週末や長期休暇にカントリーハウスに戻る。
領主夫人であるわたしの不在は父や使用人たちが埋め、レイナルドに過度な負担はかけない。
これらの約束事を申し渡されたとき、わたしは本当にびっくりしたのだ。だって新婚の貴族夫人が置かれる状況としてありえなさすぎる。結婚したら一日も早く継嗣を設けることを望まれるというのに。
二連続で白い結婚を言い渡されるなんて、わたしは前世でそんな悪いことでもしたのだろうか。そう思ってしまうくらいありえないことだ。
(レイナルド自身が学園時代に思い入れがあるせいなのかしら)
学園を卒業後、すぐに父と兄の仕事を肩代わりして忙殺されていたレイナルドは、きっと他の人より学園への思い入れが強いのだ。だから、わたしからそれを奪うことを良しとしなかった。
しかも、人材育成が大好きなお父様がそれに乗ってしまった。我が子を大事にしてくれていることにたいそう感激したお父様は、領地フォルズベリーを次期伯爵であるお兄様に任せて、なんと単身リード領にやってきてしまったのだ。
通常ならばありえない。お家乗っ取りを疑われてもおかしくないことだ。
だが、前リード伯やアルフレッドのやらかしが、それを許す土壌を作ってしまった。現当主であるレイナルドがにこにことそれを受け入れてしまったのもまずい。
結果、娘の安全や領地の回復を監視する名目を得て、お父様は生き生きとレイナルドを育てている。陰ながらレイナルドを支えていた家令も諸手を挙げてそれに参戦している。奥様がいた頃の坊ちゃまのよう、と古参の使用人たちも応援しているし、どんどん豊かになっていく領地に領民たちも大喜びだ。
そう、わたしとレイナルドとの間には、たくさんの味方であり敵である人たちが入り込んでいる。
疲れ切っていたレイナルドが元気になったのはいい。とてもいいことだ。あたたかな陽射しを浴びてにこにこしている大型犬が健康になった様子は、見ているこちらにもとても幸福をもたらす。
だが、新妻としては! 釈然と! しないのである!
「わたくしも! レイナルドを手伝いたいのに!」
つまりはそういうことである。
アルフレッドを恋愛脳と断罪したわたしが言うべきことではない。新婚の旦那様といちゃいちゃしたいなんて、いくら恋愛物語が大好きとはいえ、他を押しのけてまでやるべきことではない。
第一土地持ちの貴族たるもの、領主や領主夫人として正しい判断をしなければならない。領主夫人として必要なことは、家を支え、次代を育むことであって、領主育成ではない。わかっている。わかっているのだけれど!
人材育成が大好きな父に育てられたわたしたち兄弟は、これぞと思う人材が伸びていくのを見るのが好きなのだ。できることならばその成長に手を貸したい。侯爵家に嫁いだ姉は我が子の育成に励んで楽しそうだし、正式な爵位継承はしていなくとも、兄は自分の手駒を育てたり実地訓練とばかりにフォルズベリーの地を育てたりして楽しんでいる。父は言わずもがなだ。
わたしだけ、わたしだけ取り残されている。
勉学に励むのもいい。友情を深めるのもいい。だが、今わたしがしたいのは夫との仲を深めることなのだ。手をかけていたわたしの小麦がようやくすくっと立ち上がったのに、今その手入れを他に奪われるなんて!
「……早く、卒業式が来ないかしら」
学園の二年生に結婚したわたしは、現在三年生になっている。三年の夏の初めに復帰して、現在は冬に差し掛かる頃。そろそろオルタナ家に嫁いで一年となる時期だ。冬が終わって春の兆しが見えてきたら、わたしはようやくリードのこの家に戻ることができる。
数か月のことではあるけれど、やっぱり長いものは長い。
◇
「へ~え。へええ~。それはそれは」
目の前でにやにやとしているのは、幼馴染兼学友であるユリアナ・ケインズリーである。
フォルズベリー伯爵領とユリアナのマーカス子爵領は隣り合っており、また双方の母が友人だった縁もあってずっと仲良くしている。
「恋に落ちたアイリーン。可愛いわぁ」
「わたくしの場合、恋とかそういうものではなく、育成欲です。育てたいのです」
「愛を?」
ユリアナの指摘に、顔が紅潮するのがわかった。違う、違うのだ。いえ、仲のいい夫婦になることに憧れてはいるけれど、そうではなく。
「レイナルドを育てたいのです。やつれ切っていたレイナルドをふくふくにしたいのですわ!」
「おーぅ。それはまぁ……なかなかの拗らせっぷり。でもわからないでもない」
ユリアナもわたしの結婚式に参列していたので、やつれ切ったレイナルドを見かけている。だからこそわたしの気持ちがわからないでもないと首肯した。
「あのオルタナ先輩はやばかったもんね。死相が出てた」
「殺さないでわたくしの夫を」
「すみませんリード夫人!」
じろりとにらめば、ユリアナはけらけらと笑いながら芝居がかった様子で謝罪した。
子爵令嬢だけれど、ユリアナはあまり貴族らしくはない。ユリアナのおじい様までが男爵位で、やり手の商会主であるお父様の功績と、母方のおじい様であるウォード子爵の後押しで子爵位を得たケインズリー家は、まだまだ新米貴族なので仕方がないだろう。でも、それを補って余りあるほど、愛嬌がよくて素直で可愛い友人だ。
「ようやくね、ようやく健康になりつつあるの。お父様たちがあとは見てくれるのはわかるのだけれど、あそこまでレイナルドをふくふくにしたのはわたくしなのに、他の者に仕上げを奪われるのが口惜しくて」
「職人か」
「だってそうでしょう? 手塩にかけた相手を仕上げるのは自分でありたくはない?」
「職人だ。育成職人。もしくは犬の飼い主」
にやにやと淑女にあるまじき笑みを浮かべながら、ユリアナは続ける。
「アイリーンのお家、犬飼ってたじゃない。それはもう溺愛して、いつでもブラッシングできるよう各種ブラシを準備して、躾けも遊びも完璧にして。だからさ、オルタナ先輩はどんぴしゃで好みにハマってたんでしょ。しかも身体を壊しかけてた先輩を支えるのに生き甲斐感じちゃったんだよ。それは家族と言えど取られたくないよね。だって自分のだもの」
「! そっ、そんなことは!」
さらに顔が熱くなるのがわかる。いやだ、今絶対人に見せたくない顔をしている。
思わず顔を伏せると、ユリアナが楽しそうな含み笑いを漏らした。
「……レイナルドは、フォーレとは違いますわ」
輿入れと共にリードに連れてきた愛犬フォーレを思い浮かべて、わたしはもごもごと言い訳をした。似てる……似てる、かしら? フォーレを構いたい気持ちと、レイナルドを構いたい気持ち。似てるけれど、違う気もして……。
「そりゃ一緒じゃ困っちゃうよね、オルタナ先輩も」
「……今日のユリアナ、意地悪ですわ」
なかなか追及の手を緩めない親友をじとりと睨むと、ユリアナは少しだけ困ったように微笑んだ。
「もうそろそろ卒業だからね。アイリーンを堪能してんの」
「意味がわかりませんわ」
卒業までまだ何ヶ月もあるというのに。そうこぼすと、ユリアナは細いその手でわたしの頭をやさしく撫でてきた。
「あっという間だよ。学生生活っていうのはさ」
毎日会えていた相手に会えなくなるのはさみしいものなんだよ、とユリアナは笑った。
「では話を変えよっか。元夫氏はどうしてんの?」
「嫌な言い方をしないでください。やっぱり今日のユリアナは意地悪です」
「ふふふ。で、どうしてんの?」
アルフレッド・オルタナ。水害のために与えられた公金を横領した罪で平民となったアルフレッドは、今は恋人であったジェーンと結婚してリード領の端でひっそりと暮らしている。働いて横領した金額を返還するために、日々土地を耕して小麦や大麦を育て、領地のありがたみを噛みしめさせているところだ。
子どもは無事生まれたようだが、聞くところによると育てられずに養護院に預けたらしい。夫婦仲は最悪と聞くが、今となっては他人なのでどうでもいい。
一方で義父である前リード伯ロバート・オルタナもまた、平民として農業に励んでいるそうだ。こちらは妻に尽くすタイプだったために、夫婦仲は悪くはないようだ。アルフレッドよりも農業に適性があったのか、収穫量もなかなかいいらしいと聞く。アルフレッドとジェーンの子も、一旦は彼ら夫婦が引き取ろうとしたみたいだが、子育てで返金額が減っては困ると認められなかったそうだ。
「とにかく麦を育てさせております。横領した金額が金額ですので、全額返金までは遠いですわ」
「返金……できる金額なの?」
「金額で言えば無理ですわね。国へは一旦ミストレッド侯爵閣下が返金してくださってますわ。前リード伯たちは、ミストレッド侯へ借金をしている形です」
現ミストレッド侯爵であるリチャード・レガーロ卿は、父親の最後の尻拭いだと、多額の貸し付けをしてくれた。フォルズベリー伯であるお父様も半額出すと申し出たが、貸付金はひとまとめにした方が揉めないと言われてはその通りで、リードへの支援は我が家が、国への返金はレガーロ家が行うことにしたのだ。
「なにぶん用途がひどかったですからね。水害対策をきちんとすれば国からは咎められないとはいえ、それでも家の恥ですもの」
「貴族だねぇ」
「ありがたいことに取り立ても含め、すべてミストレッド侯が一手に引き受けてくださってますから、わたくしたちはとにかくリードの再興を頑張るだけですわ」
だって、そのために学園で学んでいるのだ。多方面に人脈を広げ、領地経営の知識や技術を学び、わたしはリードに、レイナルドのところに戻るのだから。
◇
リードと王都を行き来する日常はなかなか大変だったけれど、ユリアナの言う通りあっという間に時は過ぎて行った。
帰宅するたびに父とレイナルドが本当の親子かと見まがうほどに距離を縮めていることに歯がみをしたわたしだったが、レイナルドの笑顔の前ではなにも言えない。健やかに過ごせているのならば問題はないのだ。
「卒業式後の謝恩パーティのエスコートは僕が行くからね」
「いやぁ、私が行こうかと思っていたけれど、やっぱりここはレイナルドが相応しいよね」
レイナルドの横でお父様はにこにこだ。いつの間にか息子なのだからと呼び捨てになってるし。話題の中心はわたしの卒業式のことなのだが、些細なことが気になって集中できない。
「わたくしがこちらに戻ってきましたら、お父様はフォルズベリーに戻られますか?」
いつまでも領主が領地を留守にして他領に居座るのは非常識だ。兄に任せているとはいえ、まだ正式に爵位を譲ったわけではないので父がフォルズベリー領主である。領主は領地に責任を持っていただきたい。
「そうだねぇ、だいぶリードも持ち直してきたしね」
「え、義父上……帰られてしまうのですか?」
「あ、ううん。いるいる。ここにいるぞまだ。アイリーンが帰ってくるのだし、皆で迎えようじゃないか!」
駄目だ、レイナルドに陥落している父は、完全に帰る気がない! にっこにこなその顔には「頼られて嬉しい」と大きく書いてある。思うように育つ娘婿に夢中すぎる。待ってお父様、レイナルドはわたしの夫であって、お父様の部下ではないの!
「でも、そろそろ戻ってきていただきたいと、お兄様から手紙が来ています」
「エドワードはもう私の手を離れたからなぁ。私がいなくとも大丈夫だろう。フォルズベリーも変わりないし」
駄目だ、新しい育成に夢中になりすぎている!
帰る気のない父に、わたしは奥の手を使った。
「お母様からも、さみしいとのお手紙が」
「そうだね、一度帰らなきゃかな。あ、どうせなら卒業の祝いでいったん皆でフォルズベリーに行こう。最後ににぎやかに家族みんなでお祝いすると楽しいと思うよ」
「はい、義父上!」
「大丈夫、いつでも呼んでくれたらフォルズベリーから飛んでくるから。大事な息子と娘だからね」
お父様のレイナルド掌握力が強すぎる。いつもそうなのだ。育成を通して皆父に心酔していく。
まぁ、わたしもその一人なので文句は言えないが。
「レイナルド、アイリーンの卒業式の後にそのままフォルズベリーにおいで。私は一足先に戻って準備しておくよ。アイリーン、先に言わせておくれ。お前が健やかに育ってくれて父として誇らしく、嬉しいよ。卒業したらリード伯爵夫人として忙しくなるだろうから、学生のうちに今を楽しみなさい」
父が帰領を決めた後、わたしたちは卒業式の衣装についていろいろと相談した。ドレスのデザインなどはすべてレイナルドが決めたいと言い出し、ようやく出るようになったレイナルドのささやかな要望にわたしが否というわけもなく、わたしはおとなしく採寸に向かい、レイナルドは父とああでもないこうでもないとデザイン画を見ながら話しこみ始めた。
仕方がない。もう少しだけレイナルドはお父様に預けよう。新婚生活は卒業後の楽しみということで。
◇
卒業式はつつがなく終わった。卒業生であるわたしたちは、謝恩パーティのために制服を脱ぎ礼装に着替える。
卒業式までは学生だったけれど、これからは貴族の一員として歩き出すため、この謝恩パーティからは家格や派閥を第一に考えて行動しなければならない。裕福な平民の家に嫁いだり婿入りする人たちも、晴れの門出としてこのパーティまではきちんと貴族らしい社交をする必要がある場だ。学園では不要とされていた侍女や侍従たちも、このパーティの間は学園に出入りができる。
「リード伯爵夫人、リード伯爵がお見えになっております」
「ありがとう、マリー。お通しして」
よって、わたしの呼び名も改められる。わたしは貴族令嬢ではなく夫人なので、卒業生の中では少し格の高い扱いとなる。そのため、控室に個室が与えられていた。
レイナルドの到着を知らせるマリーに承諾を伝えると、すぐにレイナルドが部屋にやってきた。
「とても綺麗だ、アイリーン」
衒いなく褒められて、頬が熱くなる。
今身に着けているのは、レイナルドの澄んだ春空のような青いドレスだ。美しいドレープが寄せられたそれは、派手ではないのにとてもきらびやかで目を惹く。裾に近づくにつれ色が淡くなっているのが素敵だ。オレンジがかった琥珀色の刺繍はわたしの目の色で、二人の色合いを重ねてあるところになんていうか……ドキドキしてしまう。結婚式でもこんなに緊張しなかったのに。
「あの……ドレスも、アクセサリーも、ありがとうございます」
「アイリーンに一番似合うものをと思ったけれど、あまりにも綺麗になりすぎて困ってしまうね」
「そんな。とても素敵な品で、わたくしの方が相応しいかどうか……照れてしまいますわね」
謝恩パーティの入場順位は下位貴族からとなるのだが、伯爵夫人であるわたしの入場は同級生の中でもかなり後ろの方で、伯爵家の中では一番最後となる。子女より当主や当主夫人が上位であり、また大概学生のうちに結婚した女学生は辞めてしまうからなので、この順番もちょっと気恥ずかしい。
「僕たちは結婚式を挙げていないから、これが初めてのお披露目になると思うとつい力が入ってしまって。……改めて言わせてほしい、アイリーン」
籍は入れたけれど、わたしとレイナルドは式を挙げていない。原因はあの最初の結婚式にあるのだけれど、まず挙式よりレイナルドの体調や領地の方が優先だったからであって、健康になった今、レイナルドは改めて式を挙げたいと言っていた。わたしとしてはお金がもったいないからもうそのままでもいいのだけれど、レイナルドの隣で愛を誓うのも悪くはないなとも思ってしまうのが問題である。
「卒業おめでとう。これで学生ではなく、本当に僕の妻なんだね。アイリーン、僕の奥さんになってくれてありがとう。君と出会えて家族になれたことが、僕にとって一番の幸せだ。豊かな一生であれるよう全力を尽くすから、どうかこれからも共にあってほしい」
「!」
そうだった、この人は、ここぞというときの攻撃力が強いのだった!
もう顔を上げていられなくなったわたしに、レイナルドが笑う。
「あの……お手柔らかにお願いします」
わたしの、父の、領地の皆の愛情を受けて再び立ち上がったわたしの小麦は、嬉しそうに笑いながらわたしを抱きすくめた。
アイリーン・オルタナ: リード伯爵夫人。わんこ好き。
レイナルド・オルタナ: リード伯爵。育成中。
アイザック・ハワード: フォルズベリー伯爵。人材育成マニア。
リチャード・レガーロ: ミストレッド侯爵。復讐…もとい断捨離の楽しさに目覚めてしまった。現在は初手ジェーンの行先を決めることにうきうきしている。
アルフレッド: 元オルタナ家嫡子。レイナルドの兄。公金横領の罪で平民落ち。妻となったジェーンとは毎日喧嘩している。返金額が少ないのでそろそろ断捨離対象。いろんな人からいろんなことをつつかれるので、しょっちゅうそのその言い出した。
ロバート: 前リード伯。レイナルドの父。妻と二人きりの生活は楽しい。農業も意外と性に合ってた。返金額は大きくはないけれど、真面目にやっているので少しだけ寿命が延ばされたことには気づいてない。言い訳をすることがなくなったので、そのその言わなくなってきた。
ジェーン: アルフレッドの妻。贅沢できなくなった生活に文句たらたら。本当ならばあたしが伯爵夫人だったのよ!と、働かないので断捨離の第一ターゲット。
ケイティ: ロバートの妻。様子を見に来るミストレッド侯の使者に色目を使って逃れようとしたため、ちょっとした薬を美容にいい食材として日々差し入れられ、見た目も気力も転落中。
マリー・ウォレス: アイリーンの侍女。シゴデキ女子。
ユリアナ・ケインズリー: マーカス子爵令嬢。アイリーンの幼馴染。卒業したら父の配下である商会の会頭夫人として辣腕を揮う予定。商会を通じてアイリーンとは頻繁に顔を合わせるつもり。




