第六十四話 ひと時の休息
合格発表も終わり、日は沈みがかっていた。
空は茜色から群青へと移ろい始め、訓練場の土に落ちる影はゆっくりと長く伸びていく。
昼間の喧騒が嘘のように、風はどこか穏やかだった。
歓声、悔恨、涙、誓い。
様々な感情が交錯した一日は、ようやく幕を閉じようとしている。
ここからは参加者全員での食事会が行われ、翌日にエキシビジョンが行われる。
それは第七支部の伝統でもあった。
勝者も敗者も、隊員も受験者も、今は肩書きを外し、同じ卓を囲む。
戦う前に、まず食う。
笑う。
語る。
そこから生まれる繋がりこそが、この支部の強さを支えている。
各々の体力や傷を回復させるためだ。
二次試験は苛烈だった。
肉体の限界、精神の限界、仲間との連携、判断力。
すべてが試される戦いだった。
勝った者も無傷ではない。
負けた者も、無意味ではない。
消耗した身体を癒す時間が必要だった。
特に重傷者に関しては、軍の医療班が無料で治療にあたる。
白衣の医療兵達が忙しなく行き交う。
包帯が巻かれ、骨が固定され、魔力による治癒が施される。
受験者の中には、悔しさを滲ませながらも礼を述べる者もいる。
戦場では、傷を負った者を見捨てることは許されない。
それを示す場でもあった。
そして、豪華な食事と酒が運ばれる。
長机が並び、布が敷かれ、皿が次々と並べられていく。
香ばしい匂いが空気を満たし、腹の虫が自然と鳴く。
緊張で空いていなかった胃袋が、ようやく存在を主張し始める。
肉、魚、新鮮な野菜、ウイスキー、ワイン、ビールなど色とりどりだ。
炭火で焼かれた分厚い肉は脂を滴らせ、魚は香草と共に丁寧に焼き上げられている。
瑞々しいトマト、葉の張ったレタス、色鮮やかなパプリカ。
大きな樽からは琥珀色の酒が注がれ、ワインは深紅に揺れる。
泡立つビールは喉を鳴らす誘惑だ。
これらは第七支部が独自に行なっている催しであり、すべてセブンスロックの市場で仕入れる。
市場の商人達も、この日を待っている。
軍と街は共にある。
守る者と支える者。
その関係がここにある。
その為、この試験は街にとっても大きな経済効果を産むものになっていた。
受験者が集まり、家族が訪れ、商人が潤う。
試験は選抜でありながら、祭りでもある。
街の灯りが一段と明るく感じられる夜だった。
ゴリアス含め、壇上にいた中隊長以上の階級の者は用意された席に着く。
重厚な椅子に腰を下ろすゴリアスの体躯は圧倒的だ。
机が小さく見えるほどである。
隣にはサクヤ、ショウ、エルサらが並ぶ。
受験者達は立食パーティーのような形だ。
皿を片手に、思い思いの場所で食事を取る。
笑い声が弾け、肩を叩き合い、悔しさを誤魔化すように酒をあおる者もいる。
だがどの顔にも、どこか清々しさがあった。
「ほら、ショウ!今回はあなたよ!」
サクヤはバンっとショウの背中を叩く。
その衝撃にショウは一瞬よろめきながらも、苦笑する。サクヤの力加減はいつも通り遠慮がない。
ショウはは壇上の真ん中に立ち、グラスを掲げる。
ざわめきが自然と静まる。
ショウは肩の力を抜き、しかし視線は鋭く全体を見渡す。
「えー、今日はおつかれさん!
今日各々に一つの結果が生まれたわけだが、大事なのはそこからなにを成すかだ。
その答えを俺たちに見せてみろ!
じゃあ、堅苦しい話は終わりにして、飲むぞー!
かんぱーい!!!」
声が夜空へと放たれ、無数のグラスが掲げられる。
「かんぱーい!!!」
重なる音、弾ける泡、響く笑い。
こうして、大宴会が始まった。
ゴリアスは樽ごと酒を飲み、その横ではサクヤが瓶ごとワインを飲んでいる。
豪快な光景だった。
ゴリアスは豪快に樽を持ち上げ、そのまま喉へ流し込む。
周囲がどよめく。
サクヤも負けじと瓶を傾け、赤い液体が喉を滑る。
ショウはリザと立食の方で肉を頬張り、エルサの周りには男性隊員が群がっているが全く相手にせずに食事を口に運ぶ。
リザは豪快に骨付き肉をかぶりつき、ショウはそれを笑いながら横で食べる。
エルサは涼しい顔でフォークを動かし、群がる男達を視線だけでいなす。
宴は熱を帯びていく。
「おい!首席!
おめぇはどこの隊にいくんだ?」
アモンは誰もが気になっていたことを、空気を気にせずに聞く。
周囲が一瞬静まる。
視線が集まる。
「首席は自分が入りたい隊を選べるだろ。
どこの隊にいきてーんだ?」
挑発とも取れるが、純粋な興味だ。
アモンらしい直球。
「はぁ…」
シロエはため息を一つ吐き答える。
視線は冷静。感情の揺れはない。
「私は一番にしか興味ないの。
第一部隊一択ね」
その言葉に、空気が変わる。ざわめきが起きる。
白い髪をふわりと靡かせシロエはショウとリザが肉を食べているテーブルへと向かう。
迷いのない歩み。
「フォレス中隊長」
シロエは周りの目を気にせずにショウに話しかける。
「ん?」
ショウは口にパンパンに入った肉を酒で一気に流し込む。
豪快に飲み込み、口元を拭う。
「どうした?」
「私は第一部隊を希望します。
そして、あなたを超えます。
明日のエキシビジョンの相手はあなたを指名します」
シロエはショウに宣戦布告する。
周囲が息を呑む。
宴のざわめきが、ほんの一瞬止まる。
ショウは口についた食べカスをペロっと舐めると
「いいぜ、指名制じゃないが、お前の相手は俺がやってやる」
ニヤリと笑う。
その笑みは余裕か、それとも高揚か。
早くも二人は火花を散らすのだった。
宴の灯りが揺れる。
新世代と現役の象徴。
明日、純粋な模擬戦が行われる。
酒と笑いの裏で、静かに燃える火種が生まれていた。




