第五十一話 アヤメの意志
窓から入り込む暖かな風が、ゆっくりとカーテンを揺らしていた。
外の喧騒は遠く、避難所の一室には穏やかな時間だけが流れている。
午後の光を受けたカーテンの影が床に落ち、微かに揺れるたび、部屋の空気も呼吸をするように動いていた。
アヤメはショウの話を受け止めるように、一度カップを手に取る。
立ち上る湯気が頬をかすめ、コーヒーの苦味が口に広がった。
それは不思議と、心を落ち着かせる味だった。
ミラは、そんなアヤメの横顔をじっと見つめていた。
言葉を挟まず、ただ、決断の瞬間を待つように。
「私は…この前戦った時にあなたには私の知らない強さがあると感じた。
同時に自分だけじゃ守れないということも理解したわ。
それがあなたの強さで守る力になるのなら、私は…私は学びたい。
学んでみんなを大事な人を守れる力がほしい」
アヤメの声は震えていなかった。
それは覚悟の重さを、すでに受け入れている声だった。
そう言って、アヤメはミラの手をぎゅっと握る。
指先から伝わる温もりが、これまで共に過ごしてきた時間を思い出させる。
「アヤメ…」
ミラの胸には、複雑な感情が渦巻いていた。
自立していくことへの誇らしさ。
それでも手を離す寂しさ。
どちらも、嘘ではなかった。
「いいね!
じゃあ早速明日訓練場に来い。
そこで俺と一騎討ちをしてもらう。
もちろん殺し合いじゃない。
だが、本気だ。
俺がお前の本気を引き出してやる。
そこで問題なければ晴れて入隊だ。
楽しみにしてるぞ、アヤメ」
ショウはニッと笑ってみせる。
その笑顔には、戦場で見せる鋭さとは違う、どこか期待に満ちた色があった。
「ミラ、もし入隊希望者がほかに居たらその場に一緒に呼んでくれ。
そして、俺とアヤメの戦いを見てみてくれ。
それを見て同じように入隊したいと思えるんだったら試験を考える」
そう言って、ミラへと視線を向ける。
「えぇ、わかったわ」
ミラは短く、しかしはっきりと頷いた。
「よし!
じゃあ俺たちはこれで!
アヤメ、明日な!」
ショウとリヴィアは席を立ち、そのまま仮住まいを後にした。
扉が閉まる音が静かに響き、室内には再び穏やかな沈黙が戻る。
その後、アヤメとミラはそれぞれの部屋へ戻った。
ミラはベッドに横になり、天井を見上げる。
無意識に、深く息を吐いていた。
(私も前に進まなきゃ。
いつまでも助けられてちゃダメだ。
私がアヤメの足枷になるわけにはいかない)
胸に浮かぶ決意は、まだ形を持たない。
それでも確かに、次の一歩を探していた。
一方、アヤメは夜天紫蘭を手に取っていた。
冷たい刀身の感触が、意識を現実へ引き戻す。
(あの人は強い。
あの人の言うとおり今の私じゃあの人には勝てない。
でもたぶん勝つことが目的じゃない)
視線を落とし、刃を静かに見つめる。
(私の目的はあくまであの人の強さを理解して、自分の糧にすること。
私はもっと強くなる。
大事な人を危険に晒さないために)
その決意は確かに研ぎ澄まされていった。
その頃、ショウとリヴィアは避難所を出て、長い廊下を歩いていた。
足音が壁に反響し、二人の距離を一定に保ちながら進んでいく。
「すごく楽しみそうな顔してますね」
リヴィアは、やれやれと言った様子で口を開く。
「あぁ、あいつは強いぞ。
リヴィアも相当強いが、たぶん…」
「私よりも強いですか?」
少しだけ膨れた表情を見せるリヴィア。
「なんだ?
ヤキモチか?
お前も可愛いとこあるなー」
ショウは軽くリヴィアの背中を叩いた。
「なっ、私は別にっ!!」
リヴィアは顔を赤らめ、視線を逸らす。
「心配すんな。
リヴィアだってまだまだ強くなるし、俺がそうする。
それに俺が自分の部隊で背中を預けるのはお前だけだ。
今まで一緒に強くなってきただろ?
ちっとは自信持てよ」
そう言って、リヴィアの方を向き、笑ってみせた。
「まったく、そういうとこですよ。
そういう無自覚なのがまたムカつくんです。
私だって負けませんよ。
あなたの一番弟子は私です!」
珍しく感情を露わにした声が、廊下に響く。
リヴィアの耳は、はっきりと赤く染まっていた。
その声に、ショウはただ楽しそうに笑うのだった。




