第五十話 道しるべ
ガレンが旅立った翌日――。
避難所には、これまでとは明らかに違う空気が流れていた。
張りつめていた緊張がほどけ、戦いの影が遠のいたことで、人々の表情にはようやく余裕が戻りつつある。
子どもたちの小さな笑い声。
炊事場から漂う温かい匂い。
それらが、この場所が「守られている」という事実を静かに物語っていた。
まるで、これまでの必死な日々が嘘だったかのように。
だが同時に、その穏やかさに慣れ始めている自分たちを、どこかで恐れてもいた。
そんな避難所へ、ショウとリヴィアはアヤメに会うため足を運んでいた。
無機質な通路を抜け、生活区画へと近づくにつれ、人の気配が増えていく。
「中隊長、あの少女にどういう話をするつもりですか?」
静かな声で、リヴィアが問いかける。
「どうっていうこともないけど、アヤメの気持ち次第な部分もあるな。
俺たちがどれだけ誘っても、最後に決めるのはアヤメ自身であることに変わりはない」
ショウは歩調を変えず、淡々と答えた。
「そうですね。
意志なきものに第七支部は務まりません」
冷静で、少しも揺らがない口調。
「間違ってはないが、リヴィアは厳しいね〜」
ショウは横目でリヴィアを見て、わずかに口角を上げる。
「あなたが緩すぎるんです」
リヴィアはそっぽを向き、ツンとした表情を見せた。
二人が避難所へ足を踏み入れると、そこにはアヤメとミラの姿があった。
生活物資を整理していた二人は、ショウたちに気づき顔を上げる。
「いたいた。
おーい、久しぶりだな」
ショウは軽く右手を挙げて声をかける。
リヴィアは一歩後ろから、静かに会釈をした。
「こんにちわ。
あの時は助けて頂いてありがとうございました」
ミラはそう言って、丁寧に頭を下げる。
「私はミラ・ハートフィリアです。
お名前を伺っても?」
「あー、すまん。
俺は殲滅部隊第一支部隊中隊長のショウ・フォレス。
こっちが副官の……」
「リヴィア・クロートです」
リヴィアが一歩前に出て名乗る。
「よろしくお願いします。
こっちは知ってると思いますが、アヤメです」
ミラはアヤメの肩にそっと手を置いた。
「よろしくな。
少し話したいんだが、いいか?」
「どうぞ」
ミラはそう答え、二人を自分たちが使っている仮住まいへと案内した。
簡素な室内。
最低限の家具と、生活の痕跡だけがある空間。
「コーヒーです」
ミラはカップを二つ置き、椅子に腰掛ける。
「まず聞きたいんだが……」
ショウが口火を切る。
「ここの人たちは、このままこの街に移住すると聞いている。
その上でアヤメ。
お前はどうしたいんだ?」
ショウの視線は、真っ直ぐアヤメを捉えていた。
(いずれこの時が来るとは思ってた。
アヤメに直接は聞かなかったけど、もう私たちを守る必要もなくなる)
ミラの胸に、静かな不安が広がる。
(アヤメは、どうしたいんだろう……)
「私は……」
アヤメは一度、息を整えた。
「私はみんなを守りたい。
私の大事な人を守りたい」
迷いのない声だった。
「そうか。
わかった」
ショウはそれ以上踏み込まず、言葉を受け止める。
リヴィアは何も言わず、ただ静かに耳を傾けていた。
「なら、話は早い」
ショウは背筋を伸ばす。
「アヤメ、俺と一緒に来い。
お前の目的を果たすために、今より守る為の力を教えてやる」
空気が、わずかに張りつめる。
「お前の力は、ハッキリ言って異常だ。
だが、お前はその使い方をまるでわかっちゃいない」
厳しい言葉。だが、否定ではない。
「今のままなら俺にも勝てない。
だが、お前は必ず俺を超えられる。
その片鱗を、俺は見た」
ショウは真剣な眼差しで続ける。
「どうするかはお前が決めろ。
俺は、お前の手を引いてやれる」
そう言って、ショウはコーヒーを一口飲んだ。
窓から差し込む陽の光。
風に揺れるカーテン。
それはまるで、揺れ動くアヤメの心を映し出すかのようだった。




