第四十八話 生きる
ショウとリヴィアは、大隊長室での報告を終え、静かな廊下を並んで歩いていた。
本部特有の無機質な白い壁と床。
足音が反響し、やけに大きく聞こえる。
コツン、コツン、コツン。
その足音に混じって、別の音が近づいてくる。
乾いた硬質な音。
規則正しく、しかしどこか芝居がかった歩調。
やがて、視界の奥から一人の男が姿を現した。
「あ〜ら〜♡
英雄様じゃない。
サクヤちゃんのところへ行く途中?」
甘ったるい声と共に、ヒールの音が止まる。
「ベルモンドか。
お前こそどうしてここにいるんだ?」
ショウは足を止め、眉をひそめた。
「ちょっと野暮用で第六支部に行ってたのよ〜。
それを報告に来てただ・け♡」
ベルモンドは指先を唇に当て、わざとらしく首を傾げる。
「そんなに私のことが気になるの?
お・ま・せ・さん♡」
「どうしてそうなるんだよ……」
ショウは深く溜息をつく。
「まぁいいや。
俺も報告だよ。
じゃあな」
そう言って、右手を軽くひらひらと振る。
「や〜ん、つれないわね〜。
またね♡」
ベルモンドはくすりと笑い、再びヒールの音を響かせながら廊下の暗がりへと消えていった。
その背中を見送ることなく、ショウは歩き出す。
やがて目的の扉の前に辿り着いた。
「サクヤ、俺だ。入るぞ」
ノックもそこそこに扉を開ける。
「おかえり、ショウ」
室内にはサクヤが座っていた。
まだ完全には回復していないものの、その表情は穏やかだった。
「あぁ、ただいま」
ショウは少し照れくさそうに答える。
「アヤメの話ね。
とりあえずは今、避難所にいるわ。
ローズさんの話では、現状はセブンスロックに丸ごと移住する方向性で、話は固まりつつあるみたいね」
「そうか。
なら話は早いな。
ばーさんも上手いようにやってくれたみたいだな」
「いえ、ローズさんがというより、
あの人たち自身が、って感じだったみたいよ」
「なるほど……結構、現実見れてる感じなんだな」
ショウは小さく頷いた。
「わかった。
じゃあアヤメのことなんだが――」
一拍置いて、ショウは言葉を選ぶ。
「ゼノスに入隊させようと思ってる。
面倒は俺が責任を持ってみる」
リヴィアは黙って聞いていた。
「あいつは普通じゃない。
なにかしらの理由があるはずだ。
対外的にも、今は伏せておいた方がいい気がする」
「そうね。
急にあんな子が見つかったなんてなったら、間違いなく本部が動いてくるわ」
サクヤは静かに頷く。
「それは、あの子自身も、集落の人たちも納得しないでしょうしね」
「あぁ。
その上でなんだが――」
ショウは視線を上げた。
「試験をするつもりだ。
入隊させるにあたって、第七支部の主要メンバーには顔を通さざるを得ない。
なにより、実力をみんなに示す必要がある」
言葉に迷いはない。
「今後のためにもな。
だから俺と一騎討ちしてもらうつもりだ」
「なるほどね」
サクヤは少し考え、すぐに結論を出す。
「わかったわ。
本人次第な部分はあるでしょうけど、その方向性でいきましょう」
こうして、アヤメに対する第七支部の方針は、静かに定まりつつあった。
――一方、その頃。
別の病室では、突如として息を吸い込む音が響いた。
「う、わ、私……」
次の瞬間。
「は! いやあああああああ!!」
エマが、勢いよく目を覚ました。
「エマ!
大丈夫だ! 生きてる!!
ここは病室だ!」
ガレンは大きな声で呼びかけ、エマの肩をしっかりと掴む。
「い……きてる……?」
「あぁ。大丈夫だ。
なにも心配いらない。
みんないる」
ガレンはエマの目を見据え、力強く頷いた。
「わ……たし……」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、エマの目から大粒の涙が溢れ出す。
「うっ……うわあああああん……」
堰を切ったように、泣き声が病室に響き渡った。
静かな空間に、
私は生きていると叫ばんばかりの声が、確かに存在していた。




