第四十四話 決断
夜――。
セブンスロック内部に設けられた避難所の広場は、人工照明に照らされ、昼間とは違う静けさに包まれていた。
白い光が地面を均一に照らし、影は必要以上に伸びない。安全で、管理された空間。だが同時に、外の世界とは切り離された場所でもあった。
元拠点の住人たちは、その広場に集まっていた。
誰もが椅子に腰掛けるか、壁際に立ったまま、重い沈黙を抱えている。
今日一日で起きた出来事のすべてが、まだ心と体に馴染みきっていなかった。
「私たちのこれからを話し合いましょう」
沈黙を破ったのは、ミラだった。
落ち着いた声だったが、その奥には揺れがあった。
皆の視線が一斉に集まる。
「私たちはここまでギリギリの時もあったけど、なんとかゼノスの力を借りずにやってこれたわ。
だけど、私はこの目でハッキリと見た。
今までに類を見ない強さのヴォイドを。
そして、とんでもない数で群れるヴォイドを」
ミラの脳裏に、あの戦場の光景が蘇る。
圧倒的な力。
抗う術を持たない絶望。
「正直言って、今回あの二人がいなかったら、拠点諸共私たちは……」
言葉が途切れる。
それ以上は、口にするだけで現実になってしまう気がして。
「全滅していたわね」
その沈黙を、サラが引き取った。
感情を排した、冷静な言葉。
だが、それは否定ではなく、事実だった。
「ここまでの状況、話を整理して考えると生き残る可能性が高いのは明らかに移住ね。
ただ、そう簡単な話でもない。
私たちはそれぞれに理由があって都市部から離れた」
小さく頷く者、視線を伏せる者。
それぞれが、過去を抱えてここにいる。
空気が重く沈んだ、その時。
「でも……」
アヤメの声が、静かに響いた。
皆が驚いたように顔を上げる。
彼女が、自分から意見を述べることは多くなかった。
「でも、私はみんなに生きていてほしい」
一瞬、広場の音が消えたように感じられた。
アヤメは、ゆっくりと言葉を続ける。
「私はなにもわからない中でみんなに……ミラに助けてもらった。
とてもあたたかった。
人としての生き方、考え方、あたたかさを教えてもらった」
過去を語るようでいて、今を肯定する言葉。
「私は皆に感謝してる。
過去のことはあまり深くわからないけれど、みんなが居なくなるのは嫌だ」
アヤメの声は揺れなかった。
「私が人より戦える事は理解したし、その恐ろしさも教えてもらった。
だけど、私一人では守りきれないことも今回の事で身を持って学んだ」
力があることと、守れることは違う。
その現実を、彼女は知ってしまった。
「それでも私はみんなを……ミラを守りたい。
私は皆に生きていてほしい。
みんなに笑っていてほしい」
言い切った後、アヤメは何も付け足さなかった。
それ以上語る必要はないと、わかっているかのように。
短い沈黙が落ちる。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
「そうね、まずは生きることが先決ね」
最初に口を開いたのは、ミラだった。
目元がわずかに潤んでいる。
「生き延びるために私たちは街を出て、拠点を作ったんだから」
「私も同意するわ。
合理的に考えて、移住した方が確実に生き残れる可能性は高い」
サラも静かに頷く。
それに釣られるように、ほかの住人たちも一人、また一人と首を縦に振っていく。
「それじゃあ私たちの意向は移住ということで決めましょ。
あとはガレン達が目を覚ましてからもう一度話して総意としましょ」
ミラの言葉に、異論はなかった。
だが、その決断と同時に――
ミラの胸の奥では、別の感情が渦を巻き始めていた。
(ここから先、守られるだけじゃダメだ)
自分には、何がある?
(私には今なにもない。
アヤメの様な強さも、サラのような医療技術も、ジェイドのような知識もリーダーシップも)
焦りが、静かに心を締めつける。
(私になにができるの?
私はなにがしたいの?)
その問いは、まだ答えを持たない。
だが確かに、ミラの中で芽吹き始めていた。
この夜は、ただの話し合いでは終わらない。
それぞれが、次の一歩を選び始めた夜だった。




