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第二十四話 小さな約束

 立ち尽くすレティナの視界には、なおも立ち昇る土煙が映っていた。

 それはまるで、地面そのものが悲鳴を上げているかのような濃度だった。

 その濃度がヴォイドの突進の衝撃の強さを物語る。

 風は吹いていない。

 にもかかわらず、土煙はゆっくりと空中に漂い、視界を完全に覆い隠している。

 その向こうで、何が起きたのか。

 それを理解するには、あまりにも一瞬で、あまりにも暴力的だった。

(……中隊長……)

 エルサを呼ぼうとして、喉が震えた。

 声にならない。

 中隊長。

 氷を操る精鋭。

 どんな状況でも冷静に判断し、部隊を導いてきた人。

 そのエルサが、

 ――血飛沫の向こう側に消えた。

 レティナの思考は、そこで完全に停止していた。

 次の瞬間だった。

「ギィヤアァァァァアアア!!!」

 耳を裂くような咆哮が響き渡ったかと思うと、

 土煙の中心から、何かが弾き飛ばされる。

 ――速い。

 視認するよりも先に、空気が裂ける音がした。

 吹き飛ばされていたのは、ヴォイドだった。

 エルサに向かっていたはずのその個体が、横方向へと凄まじい速度で叩き出されている。

 そして、次の瞬間。

 レティナの視界に、あり得ない光景が飛び込んできた。

 ヴォイドの腕――

 あの鋭利な爪を備えた、致命の一撃を放つはずだった腕が、

 縦に、真っ二つに裂けていた。

 断面から血が噴き出し、

 ボタボタと、地面へ落ちていく。

(……っ!!)

 理解が、追いつかない。

 何が起きた?

 誰が、やった?

 レティナの身体は、ただ硬直していた。

 そのとき。

 ――ポン。

 肩に、軽く何かが触れた。

「……っ!?」

 心臓が跳ね上がり、反射的に振り返る。

 恐る恐る、後ろを見る。

 そこに立っていたのは――

 最愛の姉だった。

 いつの間に、ここに――。

「よく、耐えたわ。後は任せなさい」

 淡々とした声。

 だが、その言葉に含まれた確かな重みが、レティナの身体を一気に緩ませた。

 膝が、崩れそうになる。

「……お姉ちゃん……」

 声が震えた。

 必死に涙をこらえながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 その瞬間、張り詰めていた何かが、ふっとほどけた。

 安堵。

 恐怖。

 そして、助かったという実感。

 涙が、溢れそうになるのを必死で堪える。

 いつの間にか、土煙は風に流され、ゆっくりと消えていった。

 そして、その向こうから。

「よぉ、ピンチか? エリー」

 軽い調子の声が、場違いなほど明るく響いた。

 振り返ると、そこに立っていたのは――

 大きな剣を肩に担ぎ、どこか楽しそうに笑う男。

 ショウだった。

「……ショ……ショウ……」

 エルサの喉から、思わずその名が零れ落ちた。

 張り詰めていた緊張が、一気に抜ける。

 頬が、じわりと熱を持つ。

 目が潤んだことに、自分でも気づいてしまって、慌てて視線を逸らした。

「な、なんで? 救難信号は出してないのに」

 問いかける声は、どこか裏返っていた。

「あんだけドンぱちやってたら、気づくって!

 それに――」

「エリーはおれが守るって、約束だしな!」

 ショウは、当然のことのように言う。

「そ、それは子どものころの約束でしょ!

 私だって中隊長よ!」

 エルサは顔を赤らめ、少し焦った表情になる。

 部下の前だ。

 立場もある。

 なのに――。

「昔も今も、エリーはエリーじゃねぇか。

 約束に、今も昔もねぇよ」

 あっけらかんと、そう言った。

 エルサは一瞬、言葉を失う。

 そして、視線を逸らしながら、ぼそりと呟いた。

「……ずるい言い方……」

「エリーはレティナと少し休め。

 あとは、おれとリヴィアに任せろ」

 ショウの声は、もう戦場のそれだった。

「ショウ、気をつけて。

 アイツは普通のヴォイドじゃない。

 知能も、力も、速さも――」

「あぁ、そんな感じしてんなあ」

 ショウはニヤリと笑う。

「リヴィア!!」

 名前を呼ぶだけで、指示はない。

「いきます!!」

 リヴィアは即座に応えた。

 足元に風を集中させ、一気に加速する。

 地面を蹴った瞬間、彼女の姿がぶれる。

 同時に、クロム製のレイピアへ、螺旋状に風を纏わせる。

 纏わせた風が高速回転し、空気を切り裂く音が響く。

 腕を失ったヴォイドは、それでもなお動こうとしていた。

 血を垂れ流しながら、執念のように。

 だが。

 近接を得意とするショウとリヴィアにとって、

 それはもはや“脅威”ではなかった。

 リヴィアの刺突が、正確に放たれる。

 一撃、二撃、三撃。

 足。

 関節。

 動きを司る箇所だけを的確に貫き、行動を完全に制限する。

 そして、彼女は一度、距離を取った。

 その瞬間。

 まるで呼吸を合わせていたかのように、ショウが踏み込む。

 重心を低く。

 無駄のない一閃。

 ――ズン。

 鈍い音とともに、ヴォイドの頭部が縦に裂けた。

 最後の雄叫びを上げる間もなく、

 その身体は崩れ落ちる。

 森に静寂が戻った。

「エリー、レティナ。

 二人とも、怪我はないか?」

 ショウは振り返り、現状を確認する。

「えぇ、大丈夫よ」

「はい! お助け頂き、ありがとうございます!」

 二人の表情には、ようやく安堵が浮かんでいた。

「よし。とりあえず街へ戻るぞ。

 報告することが山ほどある。

 こりゃー、ゴリアスのじーさんも驚くだろうな」

 四人はそれぞれ馬へ乗り、街への帰路についた。


(……近接が苦手とはいえ、エリーが苦戦する相手か)

 帰り道、ショウは静かに考える。

(それほどまでに、今までとは違っていた。

 いや……こっちの認識を、完全に上回っていた)

 戦った感触。

 異様な違和感。

 だが――。

(まぁ、今は考えても仕方ないか)

「中隊長、なにかありましたか?」

 リヴィアが、少し心配そうに声をかける。

「あー、いや、大丈夫だ。

 それより――」

 ショウは笑って言った。

「リヴィアの攻撃、よかったな。

 以前より、鋭さが増してた」

 リヴィアは、思わず息を呑む。

「あ、ありがとうございます……

 これでも、あなたに教えを乞うてる身ですから。

 半端な戦いは、できません」

 そう言って、表情を引き締める。

「ははは。期待してるよ」

 その一言に、胸の奥が熱くなるのを感じながら、

 リヴィアは馬を進めた。

 それが、

 これから始まる大きな異変の、ほんの小さな前触れだとは――

 まだ、誰も知らなかった。


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ハイファンタジー/女主人公/異能/第六感/チート/異能バトル
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