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第二十二話 異変


 惨状を見たあと、エルサとレティナは一頭の馬に乗り、ショウとリヴィアとは別行動を取っていた。

 選んだのは、来た道とは異なる帰路。地形的に遠回りではあるが、視界が開けやすく、奇襲を受けにくいルートだ。

 ここまでの道中、ヴォイドの姿は一切確認できていない。

 それは幸運でもあり、不気味でもあった。

 この一帯にヴォイドがいないのではない。――いるなら、別の場所に集中している。

 その事実が、余計に胸をざわつかせる。

「レティナ、警戒を解くな。横方向、後方に注意しておけ」

 エルサの声は落ち着いていた。

 感情を削ぎ落としたような指示だが、それは恐怖を抑え込むための癖でもある。

 戦場において、迷いは死に直結する。

「りょ、了解しました」

 返事と同時に、レティナの指が無意識にエルサの肩を掴む。

 馬の揺れのせいだけではない。

 胸の奥で、嫌な予感が脈打っていた。

(なにもなく街まで着いてくれたらいいけど……)

 願いは、祈りに近い。

 レティナは戦場に慣れている。だが「慣れ」は恐怖を消してくれるわけではない。

 むしろ、恐怖の形をはっきりと理解してしまう分、余計に重くのしかかる。

 森に差し掛かった、その瞬間だった。

「グオォォォォォォォォン!!!」

 空気を震わせる咆哮。

 鼓膜を叩くだけでなく、胸の奥まで響く重低音。

 中型ヴォイドのものだと、即座に理解できた。

「いくぞ!」

 エルサは迷いなく馬を蹴り、咆哮の方向へと走らせる。

 逃げる選択肢はない。

 街へ向かう以上、脅威は排除するしかなかった。

(距離はそんなに遠くない。どこだ!)

 視界を鋭く絞る。

 木々の隙間、地面の揺れ、風の流れ。

 情報を一瞬で拾い上げ、頭の中で地図を組み立てる。

「レティナ!敵を確認次第攻撃を仕掛けるぞ!」

 前を向いたままの指示。

 エルサは振り返らない。

 レティナが、それについて来られると信じているからだ。

「了解しました!」

 レティナは腰から二丁拳銃を抜き、素早くセーフティーを外す。

 手の震えは、もうない。

 覚悟が、恐怖を押し殺していた。

「見えた!右前方にいるぞ!」

 木々の向こう、巨体の影。

 エルサは即座に右手を向ける。

 レティナも同じ方向へ銃口を揃えた。

 ――その時だった。

 ドォーーーーーーン!!!!

 世界が揺れた。

 爆発音ではない。

 衝突音だ。

 次の瞬間、狙っていたはずの中型ヴォイドの姿が消えていた。

 視界から、完全に。

 そして、遅れて届く――

 ドカーーーーン!!!!

 何かが、何かに叩きつけられる音。

 質量と速度がぶつかり合った、生々しい衝撃。

「なにが……起きてるんだ……レティナ、周囲を警戒しろ」

 エルサは即座に思考を切り替える。

 状況が把握できないときほど、感覚を広げる必要がある。

「は、はい!」

 レティナも周囲に視線を走らせる。

 木々の影、地面、背後。

 静寂が、異様なほど濃い。

 一瞬の静けさ。

 その沈黙を破るように、影が現れた。

「こいつは……なんだ?見たことのない形状だ」

 小型程度の大きさ。

 だが、明らかに異質だった。

 二足歩行。

 膝まで届くほどの長い腕。

 その先にある、鋭利すぎる爪。

 体表には無数の棘。

 脚部は、関節が二つある歪な構造。

 そして――赤く光る、複数の“目”。

 視線が合った瞬間、背筋が粟立つ。

(コイツはヤバイ!)

 本能が、そう叫んでいた。

「レティナ!!」

「はい!」

 エルサは即座に氷の槍を生成する。

 透明度の高い、高密度の氷。

 空気を裂き、未知のヴォイドへと放たれる。

 同時に、レティナが引き金を引く。

 火のシックスセンスによって増幅された爆発。

 弾丸は通常の速度を遥かに超え、空気を震わせる。

 ――だが。

 未知のヴォイドは、それを見ていた。

 察知し、避ける。

 横へ、最小限の動きで。

「避けた……だと?」

 ありえない。

 ヴォイドは直線的な行動しか取らない。

 思考を持たないはずの存在が、判断した。

(こいつはなんだ……)

 エルサとレティナは馬を降り、即座に追撃態勢へ移る。

「レティナ!もう一度いくぞ!」

「はい!」

 二度目の攻撃。

 同じ手は通じないと分かっていながら、それでも撃つ。

 未知のヴォイドは体勢を低くし、こちらへ向かって――

(速い!!)

 風圧が来る前に、エルサは氷の壁を展開する。

 分厚く、硬く、冷気を放つ防壁。

 次の瞬間。

 ドコオォーーーーーーン!!

 正面衝突。

 壁が鳴る。

 だが、砕けない。

 エルサの精度と適合率が、辛うじて防いだ。

 二人はすぐに距離を取る。

「中隊長、アイツの腕……」

 レティナの声が震えている。

「あぁ、血がべっとりとついているな。おそらく先ほどの中型のものだろう。おそらく一撃だろうな」

「一撃……ですか?」

「油断するなよ。ヤツは強い。距離を取りながら戦うぞ!私たちでは近接になると不利になる!」

(遠距離から戦えれば二人でいける)

 エルサはそう判断した。

 ――この時点では。

「それに今の二手でヤツはほかのヴォイドと比べて知能が高いようだ。今までのヴォイドと思わずに立ち回らないとやられるぞ!」

 エルサは確信していた。

 だが同時に、何かを見落としていることにも、まだ気づいていなかった。

 レティナもまた、未知のヴォイドから放たれる異様な圧に、言い知れぬ不安を覚えていた。

「はい!」

 レティナは銃を握る手に、さらに力を込めた。



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