日本国憲法前文改定草案 嶺月の場合
もしもGHQの影響なく、日本人が自分自身で戦争の反省をもとに、日本国憲法を制定することができたら
江戸時代末期、ペリー来航以降の日本は数百年の物心両面の遅れを取り戻すための激動期を経験した。
いくつかの成果と大きな失敗があった。
失敗の中の特筆すべきものが「個人の尊厳」と言う概念を理解しないまま、それを守ろうとする国民国家の理念を導入したことである。
これは結果として、国家を守るために個人を引き潰す全体主義国家の暴走と言う形で現れた。
国体の護持を至上命題に掲げた大政翼賛会は日本一国の利益のために、アジア諸国を大東亜共栄圏の理念のもとに統一しようとして、国家自滅の道を歩み始める事となる。
そしてアジア諸国に悲劇を撒き散らした末に、日本自身も連合国によって蹂躙された。特に広島・長崎に落とされた核爆弾の惨劇は日本人が長く語り継ぐべき教訓となる。
この悲しむべき侵略と蹂躙、双方を二度と繰り返さないために、日本人は改めて個人の尊厳、それを守るための、司法・立法、行政の三者鼎立により、権力が相互監視を行うことを前提とした民主主義を行わなければならない。
そしてこの政治制度のもと、国家によって侵されることのない種々の個人の権利をここに定める。
そしてこの崇高な理想が武力と暴力で汚されることを厭い、国際社会に正義を希求することを、言論と愛によって求め続ける事を宣言する。




