友達を増やしてくれるよ
風が強く、雲が速く流れる空。
帽子を締めるベルトは心許なく、金の瞳は痛みに晒される。乾燥した空気に雨の気配はないが、なかなかに飛行が辛い環境だった。
そんな空にも、影がもう一つ。
セーブルの背後で、怪鳥が甲高く鳴いた。
自分より大きなワイバーンにも凶暴に挑んでくる。荷物を抱える鈍重な獲物と見定めての狩りだ。
死地の空気。風を裂いて殺気が迫る。
だが相手が悪かった。
「マーク!」
指示に応え、相棒は力強く羽撃いた。
鉤爪を軽々と避ける。
そして前後の位置が入れ替わると、加速。背後から強靭な顎で噛みつく。鞍上にも届く手応え。
今度の鳴き声は悲鳴だ。
「よくやった!」
顎を離せば怪鳥はガクンと落ち、その後持ち直してフラフラと情けなく地上へと飛んでいく。
それをセーブルは見送った。
追い払うのみに留める。
彼らは狩人ではない。あくまで本屋であるのだから。
「っと、本が無事か確認しないとな」
一難を退け、着陸出来そうな場所を探す。
漁村を目指していたので海が近い。風はまだ強いが、今のところ問題はないだろう。
広がる砂浜。障害物はなく、着陸に良さそうな地形。降下準備に入ろうとする。
が、異変を発見した。
「ん?」
波打ち際に、人影があったのだ。
小さく、恐らくは子供。一人きりで保護者の姿は見えない。
その子供を、強風に煽られた急な高波が襲う。
「マーク!」
手綱を操り、慌てて急降下。翼を畳んで猛烈な速度で駆けつける。
海に呑まれかける男の子の顔は恐怖に染まっていた。
懸命に手を伸ばす。
なんとか手を掴んで、自分の膝上に引き上げる。そして急上昇。
波がすぐ下で弾けた。冷や汗が落ちる。
「大丈夫か!?」
男の子はセーブルにしがみついていて、答えはない。まだ恐怖に囚われたままだ。
ひとまず海から離れて、安全に着地。
再び優しく声をかける。
「どうしてこんな所に一人でいたんだ?」
ところが、ぐすぐすと泣くばかり。答えられない様子。
セーブルは背中をポンポンと触り、焦らずに落ち着くまで見守る。
やがて、ポツリと答えてくれた。
「……お父さんが、帰ってくるから」
「船乗り、漁師か?」
詳しく聞けば、こくんと頷かれる。
帰りを待っていたのだ。村より近い、海の傍で。危なくとも、我慢出来ずに飛び出して。
息を一つ吐き、セーブルは海を眺める。
「分かるよ。オレもそうだった」
故郷は海の只中にある島。
親はワイバーンを駆る漁師。遠洋まで漁に出れば帰りは遅い。
心細く、帰りを待つ気持ちは強い。友達がいても埋め切れない寂しさは常にあった。
それを本、物語で癒やしていた。
だから今、こうして仕事をしている。
「確かになるべく早く会いたいし、近くで待ってたいよな。でも、危ないからさ。ちゃんと家で待ってような」
「うん……」
説得するも、納得はしていない様子。
これではまた繰り返しかねない。
そんな時こそ、本屋の出番だ。
「よし! オレが一つ本を読んであげよう!」
荷物から手早く本を取り出し、開く。
子供向けの童話だ。咳払い一つ、声の調子に気を付けて朗読を始めた。
──勇者には子供がいました。
王様に命じられ、勇者は怪物を倒す旅に出ていました。色んな場所でバッタバッタと薙ぎ倒して大活躍です。
しかしその子供は、帰らない父に会いたいと願います。遂には自分で探しに出かけます。
だから勇者が故郷に帰っても、息子はいません。会えません。
だから父親は、また旅に出かけてしまいます。
すると諦めた子供が帰ってきました。父が帰ってきていたと聞かされて、また飛び出します。
二人はすれ違い続けて、出会えません。離れたままで時間は過ぎていきます。
やがて子供は疲れて、探すのを止めました。じっと、じっと村で待ちます。
そんな頃に、勇者である父は帰ってきました。
二人はようやく出会えました。涙、涙の再会です。
疲れ切ったところでやっと、親子は出会えたのです。
「な? 分かっただろ?」
「…………」
セーブルが読み終えると、子供は泣きそうな顔をしていた。
わざとらしい本の選択。単純な説教よりも伝わると思っての行動だが、傷つけてしまったか。
楽しくはなかっただろう。それでも伝えたかった。
子供は下を向いて唇を噛んでいた。が、やがて顔を上げ、そして彼らは目を合わせた。
「うん……ちゃんと家で待つ」
「よしよし、じゃあ頑張る為に、ご褒美だ」
子供を抱えて、再びマークに乗る。
フワッと空へ。
ゆっくりと高く飛んで、眼下を見下ろす。波立つ海を日差しが照らす、美しい風景を。
腕の内で歓声があがった。
「寂しいならさ、物語は友達を増やしてくれるよ。こうやって直接見ないと分からない景色だって教えてくれる」
自らの子供時代を思い出しつつ、語る。
「海の向こうの人とも物語の中でなら会える。山の向こうの生き物とも物語の中でなら喋れる」
「うん」
「それに。このワイバーン、格好良いだろ? でも同じくらい格好良い生き物はたくさんいる。そういう見た事ない色んなものを、本は教えてくれるんだよ」
キラキラと輝く幼い瞳は眩しい。薦めて良かったと信じられる。
とはいえ、届かない希望かもしれない。
すぐには読めないだろう。勉強が必要だ。その環境が整っているかも分からない。
それを承知で種を撒くのだ。より良い未来を願って。
漁村へと無事に送れば大きな歓迎を受けた。家族に叱責を受ける子供も、安心した喜びが勝っていた。
セーブルは感謝され、お礼として振る舞われたご馳走の魚介をマークと共に楽しんだ。
そして、本屋としての仕事をこなす。販売以上に読み聞かせに力を入れて、文字を教えて、更に物語を広めようと奮闘。
最後に、あの子供に一冊渡した。絵が多く入った高価な本をだ。寂しさが紛れるように。
また出費だ。懐が寒くなる。
それでもセーブルは満足して、心から笑うのだ。




