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シャンプー中に目を開けたら…

作者: 関 拍車

シャンプー中に目を開けたら幽霊さんがお邪魔してくる話です。お邪魔は失礼か。あと、後頭部洗うのって難しいですよね。

浴室に湯気が満ちる。

シャワーの音に包まれながら、俺はシャンプーを泡立てていた。いつもなら目をしっかり閉じたまま洗うのに、その夜はなぜか――ふと目を開けてしまった。


そこで、俺は見てしまったのだ。


曇りガラスの内側、湯気に紛れるようにして「女の幽霊」が立っていた。

長い髪に白いワンピース。無表情に、ただこちらを見ている。


「うわっ……!」

思わずのけぞる俺。心臓が跳ねる。

ところが幽霊は、ふっと小さく笑って言った。

「そんなに怖がらなくていいよ。泡、目に入りそうだったから」


――え?


冷たい指先が俺の額からこめかみに触れる。するりと泡を拭うように撫でていく。

幽霊の手は氷みたいに冷たいのに、不思議と嫌じゃなかった。


「わたしね、妹の髪をよく洗ってあげてたの。小さな子でね、目を開けて泣きながらシャンプーしてたから」

幽霊は、まるで昔話をするみたいに微笑む。


それからだ。

彼女は俺の風呂時間にたびたび現れるようになった。


「ちゃんと泡を流さないと、かゆくなるよ」

「リンスは毛先からなじませるの。こう、優しく」

「髪って心に近いから、手入れしてると気持ちも落ち着くんだよ」


幽霊に髪を洗われるという奇妙すぎる日常。

最初は恐怖でしかなかったのに、気づけば俺はその時間を楽しみに待つようになっていた。


彼女はよく笑った。

でも、自分のことはほとんど話さない。

ただ「妹がね」「昔はね」と、断片だけが語られる。


ある夜、俺は思い切って訊いた。

「……どうして、俺のところに出るんだ?」


幽霊は湯気の向こうでしばらく黙っていた。

そして、ぽつりとつぶやいた。

「妹にしてあげたことを……もう一度、誰かにしたかったの」


それ以上は言わなかった。



日々が過ぎ、俺の髪は彼女に言われた通りツヤツヤになった。

学校で友達に「お前、なんか雰囲気変わったな」と言われることも増えた。

不思議と気持ちまで明るくなっていた。


そしてある夜。

「ねえ」

浴室に現れた彼女が、静かに言った。

「あなたの髪、もう大丈夫。……もう、私がいなくても平気だね」


「え?」

思わず振り返ると、彼女はにっこり笑っていた。


「ありがとう。あなたと過ごせて、わたし、ずっと忘れられなかった“あの時間”を取り戻せた」


その声は、湯気に溶けるように薄れていった。

気づけば浴室には、俺一人だけ。

シャワーの音だけが響いていた。



それから彼女は現れなくなった。

でも俺は今も、シャンプーをするときに一瞬だけ目を開ける。

――もしかしたら、あの優しい指先がまた髪を撫でてくれるんじゃないか。

そんな期待を、ほんの少しだけ抱きながら。

ありがとうございました!

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