三-1
第三-1話です。よければブクマや評価よろしくお願いします。
繋たちが能力者治安維持機関の戦闘部隊に入隊することになってから四日後、水曜日。
支給されたスマホに突然電話がかかってきた。画面には日下と書かれている。
「はい、もしもし緑川です」
『日下です。隊服やその他の備品は問題なく届いているでしょうか』
「はい、大丈夫です」
『それはよかったです。本日緑川さんと紅月さんには任務にあたってもらうことになりました。詳細は先程送ったメールに書かれています。三時間後、私が迎えに行きますので準備をお願いします』
電話を受けながらメールを確認すると、確かに「通常任務」と書かれたメールが送られてきていた。
「分かりました、連絡ありがとうございます」
『それと、紅月さんへの連絡が取れないのですが、緑川さんは何か知っていますか?』
「いや、土曜日以降愛華さんとは会ってないですけど」
『そうですか……お手数おかけしますが、紅月さんの部屋を訪ねてもらってもいいでしょうか? そして今話した内容を紅月さんにもお伝えください』
「分かりました」
『お願いします。それでは』
繋は電話を切り、パジャマから普段着に着替えて愛華の部屋に向かった。
インターホンを押しても反応は無い。
「愛華さん、いますかー?」
扉を叩いて呼びかけるも応答は無い。
もしどこかへ出かけていて仕事までに連絡が取れなかったらマズいのではないか。
繋は少し焦りながらもう一度インターホンを押す。
すると、中から物音が聞こえ、数秒後にインターホンから声が聞こえた。
『はーい、あ、繋か。どうした?』
「さっき今日の仕事の件で日下さんから連絡があって、愛華さんと連絡がつかないって言ってたんですけど何してたんですか?」
『あー、まだ新しい携帯買ってないんだよ。だから連絡できないってことじゃない?』
「いや、この前仕事用のスマホ送られてきたでしょう? それに連絡がきてると思うんですけど」
『あ、マジ? この前届いたやつ、まだ開けてないんだよねー』
会社から届いた荷物の中には隊服や書類などのほかに仕事用のスマホも同梱されており、そのスマホの初期設定の説明書も入っていた。
それを開けずに初期設定もしていないようでは連絡がつかないはずだ。
「急いで開けてください。あと、今日は仕事になって三時間後に日下さんが迎えにきてくれるらしいから、急いで支度してください」
『えーマジかよ、りょうかーい』
ゴソゴソと何かを漁る音を残して、インターホンが切れた。愛華の部屋は片付いてはいなさそうだ。
繋は愛華に連絡が取れたことにひとまず安心し、自分の部屋へと戻った。
数分後、日下から届いたメールを読み返しているとインターホンが鳴った。画面を見ると、愛華が映っている。
「はい、なんですか?」
『繋、私機械とか疎くてさー。スマホの設定分かんないからやってもらってもいいか?』
仕事初日になってスマホの設定すらできていないというのは中々にマズイことだと思ったが、当の愛華本人はそこまで深刻に考えていないのか「コンビニ行くならついでに肉まん買ってきて」と言うようなテンションで話す。
「はぁ、分かりました。じゃあ、スマホ持ってきてください」
『さんきゅー』
愛華はインターホンの前から姿を消した。
「あ、待って。一応届いた荷物一式持ってきてください。俺が確認しますから」
繋がインターホンに向かって話すと、遠くから「おっけー」という気楽な声が聞こえた。
一分後、愛華が再び繋の部屋を訪れ、ずかずかと上がり込んだ。繋は前と同様にお茶を淹れる。
愛華の服装はTシャツにジーパンというラフなものだ。愛華の服装はこういう服装しか見たことが無い気がする。化粧はしておらず、長い髪もボサボサだ。とてもこれから仕事に向かう人間には思えない。
「じゃあ、設定頼むわ。あ、お茶ありがと」
愛華は乱雑に荷物を置いてお茶を口にする。
「二時間半後には出発するんですよ? そんな格好でいいんですか?」
「うーん? まぁ、三十分前に支度すれば間に合うから大丈夫よ」
愛華は相変わらず気楽な返事をする。
そんな愛華を横目に、繋は愛華の持ってきた荷物を開封する。
荷物はしっかりと梱包され、綺麗に箱の中に納まっている。愛華は本当に荷物に手を付けていなかったようだ。
箱の中には支給されたスマホ、隊服が上下二着ずつ、戦闘部隊の隊員バッジ、治安維持機関の顔写真付き機関員証、その他保険証や色々な書類が入っていた。
繋はスマホとスマホの説明書だけを出し、残りは愛華に返す。
「中に隊服が入ってるんで、一応サイズが合ってるか確認しておいた方がいいですよ。あと、身分証とか保険証の名前が間違っていないかとか」
「おっけー」
愛華は繋がスマホの設定をし始める横で隊服や書類を取り出し始める。隊服を包んでいたビニールや書類が入っていた封筒を破いて開封していた。
繋は十分ほどでスマホの設定を終え、愛華に渡す。
「はい、これで使えるようになったと思います。名前の確認しました?」
「おう、全部間違ってなかったよ。書類の内容とかは確認してないけど」
愛華はそう言うと隊服を広げ始めた。隊服は男女でデザインが変わらないようだ。
「ちょっと、今から着替えるから後ろ向いててくんね?」
愛華は隊服を床に置きながら言った。
「いや、自分の部屋で着替えてくださいよ」
「えー、お前が今服のサイズ合ってるか確認しろって言ったんじゃんか。あ、じゃあ、こっちの部屋で着替えるわ。覗くなよ」
愛華は繋が寝室として使っている部屋へと勝手に入っていった。
繋と愛華が住んでいるアパートは1LDKで、リビングの他に四畳ほどの寝室がある。
愛華の遠慮のなさに少し引きながら、繋は自身の仕事用スマホを取り出し、日下に愛華の状況を説明するメールを送った。
その直後、愛華のスマホが鳴る。画面には日下と表示されている。
繋は一瞬迷い、愛華のスマホを手に取った。
『もしもし、日下です。紅月さんですか?』
「あ、すみません、緑川です。愛華さんは今、俺の部屋で隊服に着替えてます」
『そうですか。緑川さん、お手数おかけしました。紅月さんには先程の電話での内容伝えてもらえたでしょうか?』
「はい、伝えましたよ。届いた荷物の確認もしたので大丈夫だと思います」
『ありがとうございます。それでは、紅月さんにスマホと隊員バッジ、それと機関員証は忘れずに持ってくるように伝えてもらえますか?』
「わかりました」
『それでは失礼します』
日下との電話を終えた数秒後、寝室の扉が開き隊服姿の愛華が出てきた。
能力者治安維持機関戦闘部隊の隊服は、紺を基調としたスーツのようなデザインだ。黒のワイシャツに暗めの紺のベストとジャケット、そして少しタイトなズボンがセットになっている。
同梱されていた説明書によると、ワイシャツからジャケットに至るまで全てが戦闘に適した素材でできているらしい。伸縮性に優れ、ベストとジャケットは防刃・防弾仕様となっておりある程度の衝撃も吸収してくれるらしい。
「この服、サイズもピッタリだしめっちゃ動きやすいな!」
愛華はそう言ってジャケットを着たまま腕を振り回したり屈伸したりしている。
隊服の着やすさについては繋も同感だ。一回着てみた時に少し身体を動かしてみたが、堅苦しい見た目に反し身体の動きを一切邪魔することなく、服が身体についてくるような感覚だった。
「サイズもピッタリで問題無さそうですね」
「そうなんだよ、凄いなこの服」
隊服は一人一人特注で作っていて、繋の隊服もサイズが見事にピッタリだった。愛華の隊服もしっかりとサイズ通りに作られているらしく、愛華の豊満な胸や尻や太腿が、その存在感を残しながらしっかりと収まっていた。
「さっき日下さんから電話があって、仕事に行く時はスマホと隊員バッジ、機関員証は忘れずに持ってくるようにって言ってました」
「おっけー了解」
その後、愛華は残ったお茶を飲むと、荷物を箱にまとめて玄関へと向かった。
「それじゃ、お邪魔しましたー」
「じゃあ、また後で。日下さんは十六時頃に来るらしいですから」
繋は愛華に出発時間を伝え、扉を閉めた。
それから二時間後、隊服に身を包んだ繋と愛華がアパートの前で待っていると黒塗りの車を運転した日下が到着した。
「お待たせしました。後ろに乗ってください」
「分かりました」
日下に促され、繋と愛華は後部座席に乗り込む。
日下は車を走らせ、高速に乗る。今日も東京方面へと向かうようだ。
「緑川さん、諸々の対応ありがとうございました」
日下がルームミラー越しに目を合わせて繋に礼を言う。
諸々の対応とは愛華の世話のことだろう。
「いえいえ、大丈夫です」
「それから、紅月さん」
日下は、今度は愛華のことを見る。
「今後、今日のような連絡がつかないといったことがないようにお願いします。スマホと隊員バッジは肌身離さず持ち歩いてください」
「わかったよ、そんな何度も言わなくても分かるって」
めんどくさそうに返事をする愛華を見る日下の目線は真っ直ぐで鋭い。
「紅月さん、言っておきますが、未だ危険人物であるあなたと連絡がつかない場合や虚偽の報告をした場合あなたはすぐに隊を除名、刑務所に収監される可能性があることもお忘れなく」
「除名」「刑務所」という言葉を聞いた愛華は慌てて背筋を伸ばし焦ったように口を開いた。
「わ、わかったよ。気を付けるよ」
どうやら愛華は職を失う事や刑務所に入れられることを恐れているようだ。誰だって恐れることだが、今まで定職に就いていない愛華にとってはまさに死活問題なのかもしれない。
「緑川さん、心配ないと思いますが、あなたもですよ」
そんな愛華を笑って見ていると、日下が繋を見て言った。繋の笑顔が引きつった苦笑いに変わる。
それから数分、車内は沈黙に包まれた。その沈黙を破ったのはやはり愛華だ。
「ていうかさ、仕事ってこんな当日に決まるものなのか? 当日に急に出勤って、そんなのがこれから続くってこと?」
それは繋も疑問に思っていた。
土曜日に入隊が決まってから月曜日に荷物が届いたということ以外では機関の人間から繋たちの下には何の連絡も無く、今日唐突に仕事だと言われたのだ。
急に仕事が入ったことも謎だけれど、そもそも他の隊員たちは何をしているのだろうか。まさか自分たちのように仕事が入るまで何もせずにぐうたらして過ごし、給料をもらっているわけではないだろう。
日下は少し考えてから口を開いた。
「実は、あなたたちの入隊は柊長官の独断なのです。なので、土曜日から今日の午前中まではあなた方の入隊の是非が上層部で話し合われていました」
繋はそれを聞いて少し驚く。
連行された当日に半ば強制的に入隊させられた繋たちだが、その入隊がまさか柊一人の判断だったとは思わなかった。自分たちの入隊について三日以上話し合われたということは相当揉めたのだろう。
「うちの組織は、ワンマンプレイとまでは言いませんが柊長官の能力の高さとカリスマ性に頼っている節があります。なので、基本は長官の判断に従っているのですが、あなた方の入隊は流石に常軌を逸した判断だと多くの人が感じたようです。上層部が反対派と賛成派、まぁ賛成派はほとんど長官一人ですが、その二つに分かれてかなり議論されました」
「それで、結果はどうなったんですか?」
議論の結果によっては繋と愛華は職を失い、最悪の場合刑務所行きかもしれない。
繋は恐る恐る聞く。
「結果は、とりあえず仮入隊は認めていくつかの任務で様子を見るということになりました。まぁ、長官はそんなことは無視してあなた方に隊員バッジや機関員証を渡してしまったみたいですけどね」
日下は呆れた口調で言った。前から見ていると、日下は柊の行動に振り回されているようで、中間管理職といった感じだ。
繋は、とりあえず路頭に迷うことは無さそうで安心する。
「ちなみに、他の隊員の方々は毎日巡回やトレーニングといった業務に取り組んでくれてますよ。あなた方は特例で別行動といった感じです」
どうやら平日からぐうたらしているのは繋や愛華だけらしい。
まだ仮入隊とはいえ、それで同じ給料をもらうのは少し申し訳ない気がしてきた。
「なんだ、昼間にごろごろして給料貰えるならずっと仮入隊でもいいなー」
そんな繋とは真逆の考えを持つ愛華はそう言って気楽に笑っていた。
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