二-3
第二-3話です。よければブクマや評価よろしくお願いします。
愛華も繋と同じく日下とその部下に挟まれており、完全に危険人物扱いだ。
「ちょうどいい、今ちょうど緑川の検査が済んだところだ。紅月にも検査を受けさせる」
柊は日下たちに入るように促す。
検査室に入ってきた愛華は繋の姿を見つけると、顔が明るくなった。
「おぉ、繋! よかった~、知らない奴ばっかでマジ不安だったんだよ。こいつら全然説明もしてくれないしよぉ」
愛華が文句を言いながら繋に近づこうとすると、日下が腕を伸ばしそれを制した。
「失礼、勝手な行動は取らないようにお願いします」
「なんだよ、ここまで素直についてきてやったんだからいいだろ!」
「そうはいきません、あなたは重要な容疑者ですので」
「うるせぇなぁ、こっちは訳わからん場所に連れてこられてイライラしてんだよ。知ってる奴と話すくらいいいだろ!」
二人は言い合いを始め、検査室内は少しざわついた。
「いい加減にしろ! 今すぐお前を刑務所送りにしてもいいんだぞ!」
すると、日下と愛華の押し問答にしびれを切らした柊が怒号をあげた。ただでさえ迫力のある柊が怒ったことでその場は静まり返る。
「日下、さっさと検査をさせろ。青木さん、引き続きお願いします」
柊は何事もなかったかのように話し始める。
「はいよ、あまり検査室では大きな声を出さないでくれるかな」
「はい、申し訳ありませんでした」
青木が検査の準備をしながら柊に注意した。どうやら青木は柊に物を言える立場らしい。
日下が愛華に進むように促し、愛華がこちらへと向かってくる。繋は愛華とすれ違う瞬間に目が合った。
「あんまり抵抗しない方がいいですよ、俺たち危険人物らしいですから」
「そうなのか? あの怖い女誰だ?」
「長官の柊さんです。さぁ、こちらへ」
日下が口を挟み繋と愛華を引き離す。
「緑川、こっちに来い」
繋は柊に呼ばれ、検査室を後にする。検査室から出る直前、愛華の様子を伺うと繋と同じように問診を受けていた。
柊に連れられて向かった先は柊と初対面した大きな会議室ではなく、収容人数六人ほどの小さな部屋だった。
「紅月の検査が終わるまでここで待て」
柊はそう言い残すと部屋を出て行った。直後、扉の鍵が閉まる音がした。
繋は突然一人にされ、呆然と立ち尽くす。部屋には長机一つと椅子が六脚あり、他の家具は何もない。
よく見ると天井には部屋全体を映すことができる半球型の監視カメラが設置してあった。床は白く壁はコンクリートのような灰色の部屋は、全体的に無機質な感じがして会議室というよりは取調室に近い印象を受ける。
繋は隅の椅子に腰を掛け、深くため息をつく。
何もないはずだった休日が何故こんなことになってしまったのだろうか。人命救助のためとはいえ、やはり隷属魔法を使ったことは良くなかったのだろうか。もし懲役刑を受けることになってしまったら仕事はどうしよう。親にはなんて説明しよう。
様々な不安が繋を襲う。やっと一人になれたが、落ち着くどころかどんどんと焦りが大きくなっていく。
どれくらい経っただろうか。部屋には時計も窓もないため、正確な時間が分からない。一時間以上経った気もするし、まだ三十分も経ってない気もする。検査室で時計を見た時は確か十四時頃だった。昼食を食べていないけれど、空腹感は無い。緊張しているからだろうか。
いつまで待っていればいいのだろう。少し身体を休めようと目を閉じると、扉が開いた。
「よし、紅月、緑川の隣に座れ。日下と青木さんはその向かいに」
柊、日下、青木、愛華の四人が部屋の中に入って来た。今まさに休もうとしていた繋は驚き、思わず肩がビクっと跳ねる。
「よぉ、寝てたのか?」
愛華は繋の隣に音を立てて座った。元気そうだ。
「いや、寝ようとはしてたけど寝てはないです」
「ここ、堅苦しくて疲れるよなー。私、一時間近く検査されてさぁ」
「無駄話はやめろ。今からお前らにとっても重要な話をする」
柊が愛華との会話に口を挟み、愛華の言葉を遮る。愛華は舌打ちをしながら前を向いた。この二人は相性が良くなさそうだ。
「まず、先程も説明した通り、お前たちは常人とはかけ離れた力を使う異常な能力者であるとの容疑がかけられている。そして、検査の結果、緑川については隷属魔法の使い手であることが証明された。よって、緑川 繋自身には超人的な力は無いと判断する」
「じゃ、じゃあ、俺はもう解放してもらえるんですか?」
繋は柊の説明に安堵し思わず聞いてしまう。
「いや、そういうわけにはいかない。確かに緑川自身は特段危険ではないが、問題は紅月の方だ。ここから先の説明は先程の検査結果に深く関わるため青木さんにしてもらう。青木さんよろしくお願いします」
柊に促されると、青木はタブレット端末を起動させ、愛華の検査結果と思われるデータを表示した。
「はい、これが紅月 愛華さんの検査結果になりますが、はっきり言ってこの結果は異常です。そして、その異常性は恐らく隷属魔法によって生じていると思われます」
医学や魔法についての知識がほとんどない繋には、検査結果を見てもどこがどう異常なのかが分からなかった。
「もっと分かりやすく説明してくれよ。私の何が異常なんだ?」
愛華も繋と同じ疑問を持ったらしく、青木に質問する。
すると、青木はため息を吐きながらテスト中に難しい問題を解いている時のような、何かを考えている険しい表情をしながら口を開いた。
「専門的な話は省いて簡潔に説明すると、紅月さんは人というよりは物に近い状態です」
青木の言葉に、繋も愛華も首を傾げる。そんな二人の様子を無視して青木は続ける。
「紅月さんの身体は、構造は特に何も異常が無い健康体です。成人女性としては不自然なくらい完璧です。ただ、平たく言うと性質が人間とは異なるのです。人間の形をしているけれど大部分は魔力によって構成されている、簡単に言えば魔法で作りだされる武器に近い状態です」
武器魔法で作りだされる武器は、魔力が結晶のように集まり銃や刀の形となっている。形や性能が刀や銃なだけで鉄や火薬は一切含まれていない。それが魔法による武器だ。
そんな魔法による武器に近い状態という事は、愛華の身体も魔力が結晶化してできているということだろうか。
「どうしてそんなことに……?」
繋が疑問を口にすると、青木は首を横に振る。
「詳しいことは分かりません、こんな事例は初めてですから。ここからは私の予想となりますが、恐らく隷属魔法によって緑川さんが紅月さんを隷属したことによって、紅月さんは緑川さんの魔法によって生じる物のような扱いになったのではないかと考えられます。何故その状態で紅月さんの意識があるのかは分かりませんが、紅月さんを回復・蘇生できたのは、それが原因だと思われます」
説明が完全に理解できたわけではないが、銃魔法で銃が生み出せるように、愛華は繋の隷属魔法によって生み出される武器のようになってしまったということだろうか。それなら繋が愛華を自由に呼び出せるのも納得だ。刀剣魔法で刀を生み出せるように、愛華を生み出しているようなものなのだ。
「よく分かんないけど、とにかく私も特に危険ではないってことだろ? なら早く帰してくれよ」
「いや、そういうわけではないです。紅月さんの刀剣魔法が異常という件に関しても隷属魔法が関わっていると思われます。恐らく、紅月さんの性質が変化し、緑川さんと繋がったことで緑川さんの魔力が紅月さんに送られ、異常な刀剣魔法を発現していると思われます。そのため、愛華さんは異常な刀剣魔法を使う危険人物として十分認められます」
検査の結果から青木が予想するに、愛華は繋がいればあの燃える刀をいつでも使える状態であるということだ。それは確かに危険人物に他ならない。
「聞いた通りだ。そのため、紅月 愛華及びその紅月を使役できる人物として緑川 繋、両名を危険人物として能力者治安維持機関の管理下に置く。反対は認められない」
柊がそう言うと、日下が一枚の紙を繋と愛華にそれぞれ渡した。その紙には長々として文章と署名の欄がある。文章を要約すると、「私は自らの魔法を無断で使用しないこと、自らの身柄を能力者治安維持機関の管理下に置くことを誓う。違反した場合即刻処罰の対象となることを認める」というものだった。
その誓約書を見た愛華は繋に耳打ちする。
「なぁ、私難しい説明とか分かんないんだけど、この紙にサインした方がいいのか?」
「多分サインしなきゃダメなんだと思いますよ。もししなかったら刑務所送りかもしれません」
繋が話すと愛華は驚き、急いで誓約書にサインをし始めた。
繋はそれを見て、あんなに横柄な態度を取っていたのに意外と素直に従うんだなと思った。
繋もサインを終えると、誓約書を日下が回収する。
「青木さん、ありがとうございました」
愛華に対する一通りの説明を終えた青木はそのまま退室していった。
四人が残った狭い室内は緊張感に満たされる。
「おい、サインしたんだからもういいだろ? 早く帰してくれよ」
そんな空気はお構いなしに愛華が言う。
「まぁ待て。これでお前たちの身柄は私たちの下に置かれたわけだが、一つ提案があるんだ」
柊は先程までの威圧的な雰囲気とは違い、少しワクワクしたような表情で言った。横にいる日下を見ると、呆れたような表情でため息をついている。
「なんだよ、提案って」
「お前たちは間違いなく超人的な力を持った危険人物だが、裏を返せば常人離れした戦闘能力を有していることになる。そこでだ」
柊が一拍おいて口を開く。
「能力者治安維持機関の戦闘部隊として働かないか?」
予想外の提案に繋と愛華は口を開けたまま硬直した。
さっきまで散々危険人物だの容疑者だのと警戒しておいて、突然自分の組織への勧誘だなんて急展開過ぎる。
「ちょ、ちょっと待ってください。愛華さんは分かりませんけど、俺は会社員として働いてるんです。それに治安維持機関の戦闘部隊って、俺は戦闘なんて一回もやったことないですよ」
「そうだそうだ! それにこんだけ人を連れまわしやがって、お前のとこでなんか働けるかよ!」
能力者治安維持機関の戦闘部隊といえば、能力者かつ文武両道の超エリートが入隊し、悪質な能力者犯罪を取り締まるために日夜魔法を用いた戦闘訓練を行っているという話を聞いたことがある。
そんな集団の中にただの会社員である繋が入れるはずがない。
「うちの組織でもしっかりと給料は出る。正直言ってそこら辺の一般企業より稼げると思うぞ?」
柊は不敵な笑みを浮かべながら語りかける。
「ふーん、ち、ちなみに、給料っていくら出るんだ?」
さっきまでの勢いはどこへやら。愛華は歯切れが悪くなりながら質問する。
「戦闘部隊所属となると月四十五万だ。手取りでな」
繋は予想外の金額に驚く。月給四十五万を超えるなんて、今の会社の倍以上だ。
「よし! 私はやる!」
給料の話を聞いた直後、愛華は首をぶんぶん縦に振って承諾した。愛華の行動理念は金だったらしい。
「紅月が入るなら紅月を制御できる緑川の入隊は必須だ。紅月は危険人物だからな。緑川、どうする?」
「えー、どうと言われても」
繋が悩んでいると、キラキラとした目をした愛華と目が合った。
「繋、やろうぜ! こんなにいい話はねぇよ!」
愛華は繋の肩を掴んで入隊を迫る。
正直、繋にとっても悪い話ではないが、先程から目をそらして黙っている日下の態度が気になる。急にこんな話をされるのも怪しいし、悩む理由は満載だ。
「繋! やろう!」
「緑川、どうだ?」
そんな繋に二人の女性が迫る。
愛華も柊も男勝りで強気な女性だ。そんな二人に迫られるとすごい迫力だ。
繋は数分悩んだ後、無理やり押されるような形で入隊を決断した。
日下はため息をついていたが、柊と愛華は喜んでいた。
その後、入隊への同意書や保険証や治安維持機関所属であることを証明するバッジなど諸々を発行するための書類を記入し、食堂で遅めの昼食兼早めの夕食を済まし、本部庁舎を後にした。
食堂では入隊祝いということで柊がご飯を奢ってくれることになった。繋は油淋鶏定食を、愛華はうな丼と寿司十貫、デザートにバニラアイスと大学芋を食べていた。
本部庁舎を出るころには空は薄暗くなっていた。結局丸一日が過ぎてしまった。
帰りは日下の運転で送ってもらえることになった。
「いやー初めはどうなることかと思ったけど、結局ご飯ご馳走してもらったし雇ってもらえたし万々歳だな!」
愛華は繋の隣で奢ってもらった缶コーヒーを飲みながら上機嫌で話す。
「そういえば、愛華さんって何の仕事してるんですか?」
先程入隊を承諾した際に、繋が務めていた会社には柊の方から事情を説明してくれると言われたが、愛華に関しては今の仕事に関する話は特にしていなかった。
隣に住んでいるというだけで愛華の素性はほとんど知らない。一体どんな生活を送っているのだろうか少し気になった。
「あー、私仕事してないんだよね。ちょくちょくバイトとか、まぁ色々やって生活費稼いでるって感じ」
「あ、そうなんですか。もしかして、それで携帯持ってないんですか?」
繋は愛華を隷属した時に連絡先を聞いて断られたことを思いだした。
「そうそう、最近携帯代払えなくなって解約したばっかなんだよね。でももう仕事決まったし! 新しいスマホ買っちゃお!」
愛華はほくほくした顔をしている。仕事が見つかったことが相当嬉しかったのだろう。
「一回も就職したことないんですか?」
「ないなぁ、長く働いたことも無いし貯金も無いし、健康診断だって今日久しぶりに受けたよ」
愛華の話を聞いていると、どうやらホワイトなものからグレーなものまで、色々なバイトを転々としながら生活していたらしい。病院にも何年も行ってないようなので、もしかしたらいつの間にか重い病を患っていて、あの夜倒れていたのかもしれない。
そんな話をしていると、運転をしている日下がルームミラー越しに目を合わせて口を開いた。
「紅月さん、携帯を契約しましたらすぐに連絡先を提出してください。それと、仕事の連絡は後日支給される仕事用のスマホでお願いします」
「はいよー」
愛華は適当に返事をする。
「お二人とも送る場所は同じアパートでよろしいですか?」
「うん。私たちお隣さんだからさ、同じところで降ろしてくれよ」
「俺もそれで大丈夫です」
「分かりました。後日お二人の下に仕事に必要な備品をお送りするので、受け取りをお願いします」
能力者治安維持機関の戦闘部隊には制服のようなものがあるらしく、仕事の時は必ずそれを着るようにと説明された。
制服を着て身分を証明するバッジがあって犯罪者と対峙するなんて、まさに警察のようだ。まさか自分がそんな仕事するなんて考えてもみなかった。
そこから車内ではほとんど愛華が喋り続け、気が付いたら繋と愛華が住むアパートに到着した。
繋と愛華は日下を見送りそれぞれの部屋へと帰っていく。
繋は帰宅してすぐにシャワーを浴び、今日一日を振り返る。
突然危険人物の容疑者として連行され、精密な健康診断を受け、仕事がガラッと変わった。
一日の中で色んなことが起こりすぎだ。一気に身体に疲労がのしかかる。
シャワーを済ませた繋は今まで勤めていた会社の上司に事態の説明と謝罪の連絡を入れた。柊から説明はされているだろうが、一応だ。
そして、母親にも連絡をした。詳しいことは長くなりすぎるのでまた今度説明するとして、とりあえず仕事が変わったという旨の連絡を入れる。するとすぐに母親から電話がかかってきて、結局話せることを最初から最後まで長々と説明する羽目になった。
『そうなのねー、色々大変だろうけど、まぁお給料の良いところに転職できたのならよかったじゃない。お父さんにも話しておくね』
「うんありがとう、じゃあそろそろ切るね」
『あ、そういえばこの前美月ちゃんに会ったわよ。こっちで就職して今働いてるんだって。あの子ったらすっごい可愛くなってたよ。「繋くんは今何してるんですかー?」なんて聞かれちゃってちょうど神奈川で働いてるって言っちゃったばっかなの。私、嘘言ったみたいになっちゃったかしら』
美月というのは繋の幼馴染で高校まで同じところに通っていた。昔からお互い仲が良く、最近は疎遠になっているが、大学の頃までは年に二回ほど連絡を取っていた。
何故母親というものは、「あの子はどこで働いてる」とか「あの人はどこの大学に行ってるらしい」とか自分の子供の同級生の話を頻繁にしてくるのだろうか。情報源も謎だが、小学生で一回しか同じクラスになったことがない同級生の情報も仕入れてくる。お母さんネットワークは侮れない。
そして、母親がそういう情報を仕入れているというということは、同じように自分の情報も広がっているということだ。今回は幼馴染の美月だからまだ良かったが、地元が一緒なだけの他人に自分の現状や住んでいる場所をペラペラと話してほしくはない。
「あぁ、そうなんだ。美月も元気ならよかった。じゃあ、そろそろ切るね。おやすみ」
繋はまだ話続けそうな母親の言葉を遮って会話を締める。
『そうね。繋も身体には気を付けてね。おやすみ』
電話を切った繋は寝支度を済ませ、布団に入る。
長かった一日がようやく終わった。
繋はすぐに眠気に襲われ、朝までぐっすりと眠った。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
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