二-1
第2話です。よければブクマや評価よろしくお願いします。
部屋の掃除や衣服のクリーニングなど、平日に出来ないタスクを一気に済ませようとしていた週末、繋は黒塗りの車に揺られていた。
後部座席に乗せられた繋の隣には日下が座っている。いまいち状況が分からないまま、車はどんどんと都心の方角へと向かっていく。
「あの、すみません。どのくらいで着くんでしょうか……?」
繋が尋ねると、運転席と助手席に座った男たちが、ルームミラー越しにこちらを睨む。その目からは「余計なことは話すな」「黙っていろ」という感情が伝わってくる。
「あと一時間ほどですかね。もう少々お待ちください」
そんな男たちとは対照的に、日下は優しい口調で答えた。
そんな日下の態度に少しだけ安心感を覚える。
日下達が尋ねて来た時に見せられた写真、あれは間違いなくあの晩、愛華の刀によってつけられたものだった。
写真への心当たりとその傷がどういった経緯でつけられたものかを尋ねられ、繋は説明した。普通に考えれば公共物である道路に大きな傷をつけるのは犯罪だ。繋は出頭や賠償を求められることを予想し、やったのは自分じゃないということを強調した。
その説明を聞いた日下は何故か神妙な面持ちとなり、どこかへと電話をし始めた。その間、日下の部下と思われる男たちから睨まれ続け、電話を終えた日下から同行を求められたのだ。
警察と同様の役割を担う治安維持機関から同行を求められれば断ることはできない。
繋は日下の求めに応じ、今に至る。
日下は愛華の同行も望んでいたが、残念ながら隣の部屋は留守だった。
「それで、やっぱり道路に傷をつけてしまったのはマズかったですよね」
繋はできるだけ申し訳なさそうに、恐る恐る尋ねる。
すると日下はこちらを向き、メガネの位置を直した。
「確かにそれも立派な犯罪ですが、私たちはあなたが道路に傷をつけたから同行をお願いしたわけではありません」
繋にとって、日下の答えは予想外のものではなかった。
ただの公共物の損害で能力者治安維持機関が尋ねて来るのは不自然だ。魔法によってつけられた損害であったとしても通常は罰金程度で済ませられる。わざわざ同行を求められるというのはおかしい。
「じゃあ、俺はなんで連行されてるんですか?」
繋は思い切って疑問を口にする。
同行ではなく連行という言葉を使ったのは、今の繋の状況は明らかに拘束されており、強制的に連れていかれているという自覚があったからだ。
「傷をつけたことが問題なのではなく、傷をつけた方法が問題なんです。緑川さん、もう一度お尋ねしますが、あの傷はあなたのお知り合いである紅月 愛華さんが刀剣魔法でつけた傷なんですよね?」
繋は頷く。
傷をつけた方法、ということは愛華の刀剣魔法に何か問題があったのだろうか。
確かに愛華の刀剣魔法は普通ではなく、あれを人に向かって振るうのは明らかに犯罪だ。もしかしたら、繋は暴行幇助の疑いがかけられているのかもしれない。
「そうですけど、俺はなんも知りませんよ。愛華さんの魔法を見たのだってあの時が初めてだし、そもそもあれはカツアゲからの自衛でやったことなので」
「ですから、問題なのはその紅月さんの刀剣魔法なのです。通常の刀剣魔法でコンクリートにあれだけの傷をつけるのは不可能です。通常とは異なる刀剣魔法とそれに関わっている可能性があるあなたの魔法。能力者治安維持機関として、危険な能力を有する可能性があるあなた方を調べる必要があるのです」
愛華のことを説明した際、繋は自身の隷属魔法についても軽く説明した。隷属魔法という単語を出した際、日下の眉間に一瞬皺が寄ったのを覚えている。
「詳しいことは到着してからご説明いたしますので、今しばらくお待ちください」
繋が再び口を開こうとすると、日下がそれを制した。
それからしばらく、車内には環境音だけが響く。
「着きました。降りてください」
車に揺られること計二時間、ようやく目的地に着いたようだ。
繋は車を降り、周りを見渡しながら体を伸ばす。目の前には二十階弱あると思われる大きな建物があった。建物の入り口には『能力者治安維持機関本部庁舎』と書かれている。
能力者が捕まった際のニュース記事には、この建物の画像がサムネイルとしてよく使われているので見覚えはあるが、実際に来たのは初めてだ。
「それでは、私についてきてください」
日下はそう言うと少し早足でと歩き出した。
繋がそれに付いて行くと繋の退路を塞ぐ形で日下の部下が後ろについた。傍から見たら容疑者の連行にしか見えないだろう。
日下たち共にエレベーターへ乗り込むと、エレベーターは十一階へと向かい始める。エレベーターのボタンの数からすると、この建物は十八階建てのようだ。
エレベーターの中でも会話は無く、空気が重い。今までは空中に拡散していた気まずさという気体が、エレベーターの狭い空間に凝縮されているような気分で息苦しかった。
「こちらです」
エレベーターの扉が開くと日下が先に出ていき、長い廊下を歩いて行く。
繋がついて行くと、日下はある扉の前で立ち止まり素早く三回ノックした。
「失礼します、日下です。緑川さんを連れてきました」
扉の奥からは複数の人の気配がする。
繋は扉を開けて入室するように促す日下に会釈をしながら、「失礼します」と小声で言って入室する。
部屋は大学の講義室のように複数の長机と椅子が並べられていて、前方の壁には大きなホワイトボードが設置してある。そのホワイトボードの前で数人がこちらを見ていた。
繋が入室すると後ろで日下が扉を閉める。日下の部下の二人はこの部屋には入ってこないようだ。
日下は手で前に進むようにと促す。繋はそれに応じ、ホワイトボードに向かって進んでいった。
「緑川 繋だな」
数歩進むと、こちらに注目していた内の一人が繋の名を呼びながら向かってくる。
背の高い女性だ。ヒールを履いているが百八十センチ以上ある。肩まであるウェーブがかった長髪をなびかせながら近づくと、繋のことを見下ろした。
「ふむ、写真で見るより気弱そうだな。積極的に罪を犯すタイプには見えん」
女性はそう言うと身を翻して元いた場所へと戻っていった。
「あの女性は……?」
繋は日下に小声で尋ねる。
「彼女はここの長官の柊さんです」
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