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一-3

 翌朝、スマホのアラームで目を覚ます。昨日夜ご飯を食べていなかったからか、胃の中が空っぽで少し痛むほど空腹感を感じた。

 納豆ご飯と味噌汁で朝食を済ませ、洗い物や洗濯を済ませると時刻は十時四十五分を過ぎていた。

 繋はスキニーのズボンとトレーナーに着替え、愛華の訪問を待つ。

 時刻が十一時を回ったのとほぼ同時にインターホンが鳴った。インターホンの画面を見ると健康そうな顔の愛華が映っていた。

 繋は鍵とスマホと財布を持ってスニーカーを履き、ドアを開ける。

「おう、おはよう」

 愛華は昨夜と同じようなラフな服装で立っていた。手には小さなレジ袋を持っている。ズボンは昨夜に履いていたものと同じに見える。

「おはようございます」

 繋は玄関を出てドアを閉める。

「じゃあ、どっか近くの喫茶店にでも行きましょうか。この辺だと」

 繋が頭の中で近くにあるチェーン店を思い浮かべていると、愛華は訝しげな顔をしながら口を開いた。

「いやいや、昨日のこと話すだけだろ? ならあんたの部屋でいいじゃん」

 繋は一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに愛華が自分の部屋に入ろうとしているのだと理解した。

「えー、部屋の掃除とかしてないし、あんまり入れたくないんですけど」

 繋は部屋を散らかすようなタイプではないが、来客がある時は軽く掃除くらいしておきたい。それに、昨夜命を救った相手とはいっても愛華とはほぼ初対面のようなものだ。初対面の相手を自分の住んでいる部屋に入れるのは少し抵抗がある。

「いいって、私は気にしないから」

 愛華は繋の発言を意に返さずに言った。

 昨夜から感じていたが、愛華は良く言えば周りをリードしてくれそうな、悪く言えば気が回らず自分本位、そういった性格のようだ。

 そんな愛華を見て、繋は抵抗する気が引けていった。

「……分かりました。少し掃除するので五分ぐらい待っててください」

「そんなに気使わなくていいのにー」

 繋は愛華の発言を聞き流しながら、玄関へと戻りドアを閉める。

 急いで床に置きっぱなしの本や服を片付け、換気しながらリビングに掃除機をかける。週に一度は掃除機をかけるようにしているけれど、今週はまだやっていない。

 目につくところの掃除を簡単に終え、再びドアを開け再び愛華と対面する。

「じゃあ、どうぞ」

「おぉ、早かったじゃん。五分もかかってないよ」

 愛華は繋についていき入室する。他人の部屋にお邪魔しているのに、あまり遠慮が感じられない。靴も揃えていない。

 やはり愛華はガサツな人間のようだ。

「ここにでも座ってください。なんか飲みます?」

 繋はテーブルの傍に座布団を置き、愛華を促す。

「いや、別にいい。あ、これあげるよ」

 愛華は手に持っていたビニール袋を差し出した。中を見るとバニラ味とチョコ味があるポピュラーなチョコレートクッキーだった。

「ありがとうございます」

 繋は貰った菓子を持ってキッチンへと向かう。リビングの方からは「よいしょっと」という愛華の声が聞こえた。

 菓子を個包装のまま四つ取り出し皿に乗せ、湯を沸かし二人分の緑茶を淹れる。飲み物は要らないと言われたが、自分が飲みたいので二人分用意した。

「お待たせしました」

 菓子皿と急須を持って愛華の前へと座る。

「なんか悪いな、もてなしてもらっちゃって」

「いえ、もてなしという程のものじゃないですけど」

 マグカップを二つ持ってきて緑茶を淹れ、愛華へと差し出す。その間に愛華はクッキーを一つ頬張っていた。

「じゃあ、早速本題ですけど」

 繋は愛華が喋れる状態になったのを確認してから口を開いた。

「昨日のことなんですけど、あれから体調に変化とかありました?」

「いや、全然。おかげさまで健康だよ。どうやったの?」

 繋がどこから説明しようか悩んでいると、愛華が自分から訪ねてきた。

 繋としては説明の仕方がいまいち分からなかったので、そうやって自分から質問してくれる方が話しやすかった。

「えーっとですね、あれは魔法なんですよ。俺、隷属魔法っていうのを使えまして」

「れいぞく……魔法ってことは繋も能力者か?」

「はい、一応」

 これまでの人生で能力者として振舞ったことがあまりなかった繋は、少しだけ謙遜してしまう。

「そうなのか。で、繋の魔法で回復させたってこと? 回復させる魔法があるなんて聞いたことなかったなー」

「いや、多分俺の魔法は回復させる魔法ではないんですよ、なんて言えばいいのかな」

 繋自身、隷属魔法の原理を把握しているわけではないので説明がしにくい。

 それに、この世界に人を回復させる魔法は存在しない。

 隷属魔法のようにとても珍しくて、歴史上には数人いるけど記録が残っていないだけかもしれないけれど、少なくとも現代では確認されていない。

過去に病気や怪我を治せる魔法があったら便利だと思って調べたけれど、魔法をどうにかして医学に活用しようとしている研究はあるらしいが、魔法で直接回復させるというのは不可能なようだ。

「簡単に言うと隷属魔法っていうのは人を操れる魔法なんですよ」

 愛華は不思議そうな顔をして繋を見る。

「人を操れる魔法って、そんなのでどうやって病気を治すんだ?」

「えーっと、俺も原理を分かってるわけじゃないんですけど、色々調べたことがあって」

 繋は母から受けた隷属魔法の説明や自ら調べた過去の隷属魔法使いの話を愛華に教えた。

「そんな感じで、愛華さんを隷属させてもらって『生きろ』って命令したら治るんじゃないかなと思って試したら無事治ったというわけです」

 繋は説明を一通り終わらせる。愛華は途中までは真面目に聞いていたが、後半はあまり理解していない様子だった。

「うーん、まぁ、よく分かんないけど、助かったから良かったわ」

 愛華は難しい話には興味が無いとでも言うように現状を受け入れる。悩みが無さそうな性格で羨ましい。

「それで、一つ約束して欲しいんですけど、俺の魔法のことはあんまり人に言わないで欲しいんですよね」

「そうなの? なんで?」

 愛華はクッキーを頬張りながら聞き返してくる。

「実は、親から隷属魔法は使わないように言われていて、それに隷属魔法は結構危険な魔法だからもしかしたら勝手に人に使っちゃダメかもしれないんですよね」

「それは法律的にってこと?」

「そうです」

 現代社会では基本的に人に向かって魔法を使うことは禁止されている。刀剣魔法や銃魔法は容易に人を傷つけることができるからだ。

 それに対し、強化魔法や飛行魔法といった魔法は基本的には人に危害を加える恐れがないのであまり使用の制限はされていない。

 隷属魔法に関する決まりは聞いたことがないけれど、これだけ危険な魔法なので使用の制限はされてそうだ。もしそうだった場合、繋は犯罪者になる。

「オッケーオッケー、流石に命の恩人を犯罪者にしたくはないから人には言わないようにするよ」

「助かります」

 愛華の軽い返事に少し不安を覚えるけれど多分大丈夫だろう。もし、法を犯していてそれがバレたとしても、人助けをしたということで少しは恩赦が与えられると信じよう。

「そういえば、愛華さんはなんで昨日倒れてたんですか? 何かの病気とか?」

 繋はふとした疑問を投げかける。すると、愛華は少し口ごもってから目線を下に落とした。

「あー、まぁ、そんなところかな、多分」

 愛華は歯切れの悪い返答をして、黙った。二人の間にしばし沈黙が流れる。

「隷属魔法ってさ、人を操れるってことは今も私のこと操れんの?」

 愛華がパッと顔を上げ質問をする。繋にはそれが無理やり話題を探しているように見えた。

「多分、できると思います」

「へぇ、ちょっとやってみてよ」

 愛華は面白がって、子供のような顔で言った。

「えぇー人を操るとか、ちょっと気が引けるんですけど」

「まぁ、そう言わずにさ。本人がやってって言ってんだからいいじゃん」

 愛華は食い下がる。繋はこうなった愛華には従った方が事が早く収まるということを、この短い付き合いで察していた。

「じゃあ、分かりました。でもできるか分かりませんからね」

 繋は不本意ながら了承した。

 生まれてから一度も魔法を使ってこなかった繋は、慣れない手つきで愛華に向かって手をかざす。

 すると、まるで元々そこにあったかのように繋の手と愛華の首が鎖によって結ばれた。昨夜と同じ赤く光る鎖だ。

「な、なんだこれ!」

 愛華は驚いた表情で自らに繋がれた鎖を見ている。愛華は昨夜気絶していたのでこの鎖を見るのは初めてらしい。

「多分、隷属魔法ってこういうものなんですよ。この鎖に繋がれてる人を操れる的な」

「はぁーなるほど。首に鎖繋がれるなんて、あんまりいい気分じゃないな」

「でしょ? やっぱりやめます?」

「いや、せっかくだからなんか命令してくれよ」

 愛華の好奇心は変わらない。繋は渋々命令をすることにする。

「えーっと、じゃあ、『右手をあげてください』」

 繋が挙手を命令すると、愛華が勢いよく右手を挙げた。まるで学校の授業で自信満々に発表する子供のようだ。

「おぉ! なんだこれ、手が勝手に挙がったぞ」

 愛華は驚いた表情で自分の右手を凝視している。

「命令されてる方ってどんな感じなんですか?」

「うーん、なんというか、身体が勝手に動くって感じかな。『手を挙げろ』って言われたら考える前に反射的に挙げちゃうって感じ?」

「熱いもの触ったら咄嗟に手が引っ込む的な感じ?」

「そうそう! まさにそんな感じ」

 どうやら、隷属魔法と言うのは相手の心ではなく身体に命令するイメージらしい。その気になれば心に命令することもできるかもしれないけれど、そんなことはする気になれない。

「じゃあ、もういいですね」

 繋は手に持った鎖を離した。すると、愛華の首に繋がれていた鎖もふっと消える。

「いやー半信半疑だったけど、人を操れるって本当だったんだな」

 愛華は先程挙げさせられた右手を振りながら話す。

「てことは、私は繋に何されても逆らえないわけだ」

「そういうことになりますね、解除する方法があるなら解除するつもりですけど」

「なんかエロい命令とかすんなよ?」

 愛華はニヤニヤしながら繋の方を見ている。中学生男子が下ネタを言っている時みたいなニヤニヤだ。

「そんなことしませんよ。俺にだって常識はあります」

「大人だなぁおい」

 愛華は繋の返答につまらなそうに反応する。

 その後、隷属魔法の解除方法が分かったら連絡する旨を伝え、解散することになった。

「改めてありがとうな、助けてくれて」

 帰りの玄関先で愛華が本日二回目の礼を言う。

「いいですよ、隷属魔法なんてものかけちゃって申し訳ないです」

「それは全然いいんだよ、助かるにはそれしかなかったわけだし。なんか困ったことあったらいつでも呼んでもいいよ。隣に住んでるから」

「まぁ、なんかあったら頼りにさせてもらいます」

 繋がそう言ってドアを閉めた数秒後、隣の部屋のドアが開く音がした。

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