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一-2

 繋は成人を迎えた頃、自分の魔法が隷属魔法というものであると親から告げられた。その後、興味を持って自身の魔法について色々調べ、数少ないネットの情報から分かったことがいくつかある。

 まず、隷属魔法はとても珍しく、今の日本で隷属魔法を使えるのは恐らく繋だけだということ。また、人類の歴史上で記録が残っている隷属魔法使いはたった二人だということ。

 そのうちの一人は、十九世紀中頃の牧師だ。この牧師は、世界で最も多くの人間を最も簡単な方法で安楽死させた人物として歴史に名を残している。

 隷属魔法によって隷属された人間は、隷属魔法使いの命令であればどんな命令でも聞き入れる。本人の意思とは無関係に、命令に対して勝手に身体が反応するという。

 牧師は自分の下を訪れ、「死にたい」と願う人たちを次々と隷属させていき、「絶命しろ」という命令をした。すると、命令された人間はパタリとその場に倒れ込んでそのまま息を引き取ったという。

 この牧師の様子を綴った文献には、命令された人間には一切の外傷も無く、牧師が直接手を加えることも無く、まるで身体が生きるのを諦めたかのように死んでいったという記述があった。

 原理は分からないけれど、隷属魔法とは常識を外れ常軌を逸した魔法なのだ。

 繋は目の前の死にかけの女性を見た。

 あの牧師の話が本当なら、もしかしたら、逆のこともできるかもしれない。この場で目の前の女性を隷属させ、「生きろ」と命令すれば生存できるのではないか。

 隷属魔法を使うというのは人道的、倫理的に明らかな問題がある。それは承知の上で、この女性を救うには隷属魔法しかないと、繋は確信した。

 調べた情報によると、隷属魔法の対象となるのは能力者のみだ。そして、隷属するには対象となる人物の了承が必要となる。

「急にこんなこと言われて訳が分からないかもしれないですけど、もしかしたらお姉さんを助けられるかもしれないです。ただ、それには条件があるというか、お姉さんの了承が必要なんですけど」

 繋は一刻も早く説明しなければならないけれど、一体どこから説明したらいいか分からず、言葉に詰まってしまう。

 繋が迷っていると、女性は小さく口を開いた。

「……や、れ」

 その目を見ると、光が失われていき弱々しいが、決意に満ちたようなどこか頼りになる雰囲気を感じた。

 まるで「どうでもいいから、どうにかできるなら早くしてくれ」と言われているような気がする。

「分かりました、じゃあ」

 その目を見て、繋は覚悟を決める。

 倒れている女性の背中に手をかざし、集中する。自分の魔法の使い方は直感で分かっている。赤子が自然と歩き方を覚えるように、いつの間にか自転車の乗り方を身体が覚えているように、自分の魔法の使い方というのは直感的に身体に刻み込まれている。

「隷属させてもらいます、よろしいですか?」

 魔法の使い方は分かるけれど、隷属への了承は口に出して宣言してもらわなければならないのか、本人が心の中で了承すればいいのかは分からない。仮に前者だった場合、この状況での隷属は難しいだろう。

 繋の言葉を聞いた女性は、数秒間繋を見つめた後、ゆっくりと目を閉じた。

 その瞬間、繋は自身の手に熱が集まっていくのを感じる。それとほぼ同時に繋の手から赤く光る鎖が出現し、女性に向かって進んでいく。

 鎖は繋の手と女性の首を繋いだ。繋がその鎖を握りしめると鎖はより一層輝きを増した。

 鎖を通して女性の身体と自分の身体が通じ合っているような、身体と身体が繋がっているような不思議な感覚が流れ込んでくる。人と握手をした時のようにただ触れ合っている感覚ではなく、握手をした手がそのまま溶け合い、互いの身体が一つになっていくような、そんな感覚だ。

 繋は直感的に感じる。隷属魔法は成功した。

 きっとこの女性は心の中で隷属されることを了承してくれたのだろう。相変わらず口からは血が滴り、手足は震えていて今にも死んでしまいそうで、首から鎖が繋がっているところ以外は先程と変わらない。

 繋は初めて見る自分の魔法と女性に繋がれた鎖に驚いたが、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

「よし、……『生きろ』」

 繋は鎖を握りしめ、女性に向かって命令する。

 すると、鎖は煌々と輝き始め、繋は急な脱力感に襲われ思わず膝をつく。

 鎖の光に照らされた女性を見ると呼吸が落ち着き、手足の震えが収まっていく。みるみるうちに顔に血の気が戻っていき、口の端から血が滴っているところ以外は特に異常なところは見受けられない。

 繋はそれを見て安心し、膝をはたきながら立ち上がる。

 数秒後、先程まで死にかけていた女性が目を開け、勢いよく身体を起こした。

「ゴホッゴホッ」

 勢いのある咳とともに口から数滴の血が飛び出した。恐らく口の中や喉に残っていたものだろう。

 女性は自分の手を見つめた後、繋のことを見た。

「これ、どうなってんだ? あんたがやったのか?」

 女性は突然の回復に動揺している様子だ。

「えぇ、まぁ、そうです。説明すると長くなりますけど、俺も能力者でちょっと珍しい魔法を使えるので」

 女性は驚きと安心が混ざったような複雑な表情をして繋の方を見つめている。

 健康そうな女性を見て繋は改めて安心した。

 自分でも原理はよく分からないが、狙い通り隷属魔法で回復させることができたようだ。先程まで繋の手と女性の首を繋いでいた鎖はいつの間にか消えていた。

 女性を救えたのはいいが、繋は小さい頃から親に使うなと言われていた自分の魔法を使ってしまったことや人道的、倫理的に問題のあることをしてしまったことへの罪悪感を感じ始めた。

 自分のやったことが単に倫理的に問題のあることなのか、それとも法律で裁かれるようなことなのか、それすらも分からず、安心も束の間、漠然とした不安に襲われる。

「あの、色々と説明しなきゃいけないことがあるので連絡先とか、お名前を教えてもらえますか?」

 とりあえずこの女性には隷属魔法のことを説明しなければならないと考え、女性に連絡先を聞く。

 動揺が落ち着いてきた女性は繋を見る。

「あ、えーっと、名前は紅月 愛華(こうづき あいか)で、連絡先は」

 愛華はポケットから何かを取り出すような仕草をしてから、一瞬止まり、ポケットから手を抜く。

「この部屋に住んでるから、ピンポン鳴らしてくれれば出てくる」

 愛華は自分たちの目の前にある部屋を指さした。繋の住んでいる部屋の隣だ。

 繋は驚いたが、確かに死に際で今にも倒れそうな人間がわざわざ自分と関係の無いアパートの角部屋付近まで進んで倒れるとは考えにくい。

 恐らく愛華は帰宅し自分の部屋に入る直前に倒れてしまったのだろう。

「俺、こっちの隣の部屋に住んでます。緑川みどりかわ つなぐといいます」

「お隣さんだったか、見たことないから分からなかったな」

 今のご時世近隣住民への挨拶なんてする方が珍しい。繋も自分の部屋の隣にどんな人が住んでいるかなんて知ろうともしなかった。

「じゃあ、今日は遅いので明日にでもお話させていただいていいですか?」

 腕時計を見ると時刻は既に二十一時を回っていた。

「あぁ、分かった。なんか、何が起こったかは分からないけど、助けてくれてありがとう。マジで感謝してる」

 愛華は丁寧とは言えない口調ながらも深々と頭を下げ感謝を述べた。

 愛華の話し方や外見からは、何となく気が強くガサツそうな人だという印象を受ける。

「いえいえ、実は本当に治ってるのかはよく分からないんですけど、今日はお互いゆっくり休みましょう」

 週末の仕事帰り、突如遭遇した死にかけの女性、人生で初めて使った魔法、そんな状況が重なり繋は異様に疲れ身体が重かった。今話しておくべきことや聞いておくべきことが色々ありそうだが、そんなことを考える余裕すらない。

繋は自分の部屋へ向かって一歩踏み出すと、下から液体が跳ねる音がした。

 足元を見ると、先程愛華が吐いた血が溜まっている。

「あっ、それ私のやつだよな……? 悪い、服汚れちまったか?」

 繋が確認すると、革靴とスーツのズボンに血が跳ねてしまっていた。

「あぁ、まぁ、大丈夫ですよ」

 血が普通の洗剤の類では落ちにくい事は何となく知っている。繋はとりあえず後で考えようと、適当に返事をした。

「マジでごめんな、床の血は私が何とかしておくから」

 愛華は申し訳なさそうにそう言った。

「分かりました、じゃあ、また明日」

 繋は自分の部屋の前に立ち、鍵穴に鍵を入れる。

「あ、待って」

 ドアを開け、部屋に入ろうとした瞬間、愛華から声がかかった。

「明日話すって言ってたけど、何時くらい?」

 愛華に言われ、繋はそういえば具体的な時間を決めていなかったと気づいた。

「えーっと、じゃあ、十一時くらいに伺いますよ」

 愛華がどういう仕事をしているかは知らないが、休日に早起きをしているタイプには見えない。あまり朝早いと不都合だろう。

 しかし、繋はなるべく一日の初めの方に予定を詰め込みたいタイプだ。愛華が起きているであろうギリギリの時間を考え、指定する。

「オッケー、あ、わざわざこっちに来てもらうのは悪いから私が行くわ」

 愛華は自分を助けてもらった相手に来てもらうのは気が引けたのか、繋に気を遣う。

「分かりました、じゃあ、おやすみなさい」

正直、隣の部屋なのだからそんなに手間ではないけれど、わざわざ断る理由も無いので了承した。

「オッケー、じゃ、また明日」

 愛華は手をひらひらと振りながら自分の部屋へと入っていく。

 繋はその姿を見て間違いなく回復していると感じた。

 愛華が部屋に入っていくのを見送り、繋もドアを開ける。

 とてつもない疲労感を感じていた繋は、帰宅して早々にシャワーを浴び、夜ご飯も食べずに布団に横になる。そのまま朝まで泥のように眠った。

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