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七-1

第七-1話です。よければブクマや評価よろしくお願いします。

「なんかお前、最近元気ないな」

 ある日の任務からの帰り道、愛華から言われ、繋は力なく頷いた。

 美月が失踪したという知らせを受けてから二週間、未だに見つかっていないらしい。家族以外で美月と最後に面会したのは繋だったらしく、警察から心当たりはないかと聞かれたが役に立つような情報を話すことはできなかった。

 幼馴染が事故に遭った後に失踪するという状況に、繋はここ最近平常心ではいられなかった。

「なんかあったのか? 私でよかったら聞くぜ?」

 繋は愛華に話しても無駄だと思ったが、自分の中に溜まっていく不安や心配を吐き出したい気持ちになり、ハンドルを握りながら美月のことを話す。

 愛華は黙って聞き、繋が話し終えると同時に口を開く。

「なるほどなぁ、どこかに遊びにでも行ってるんじゃないか? 病院ってすげぇつまらなそうだし」

 愛華の返事に繋は大きなため息を吐く。愛華は柊と違って、悩み相談が不得意なようだ。

 美月が自分の親や病院に黙ってどこかに行くとは思えない。そもそも美月は大怪我をして入院をしていた。自分の力だけで病院を抜け出すなんて不可能だろう。

 必ず、美月を連れ出した人間がいる。そのことも繋の心配に繋がっていた。病院から人を攫うなんて話聞いたことが無いが、繋が見舞いした時の少しおかしかった美月の様子も関係しているのかもしれない。

 美月が失踪した理由に自分が関係しているかもしれないと考えると、気が気ではなかった。

 愛華は後部座席で少し気まずそうに頬をかいている。自分の発言によって繋が黙り込んでしまったことに責任を感じているのかもしれない。

 その後は特に何の会話も無いまま本部庁舎に戻った。今日は通り魔的にわいせつ行為を繰り返す男の逮捕に向かっていたが、収穫は無かった。

 時刻は既に二十二時を回っていたが、繋は今日の報告書を書くために自身のデスクに向かう。すると、そこには日下の姿があった。

「あれ、日下さん。今日は遅くまで残ってるんですね」

「緑川さん、あなたを待ってました」

 日下が自分を待っている理由が分からず、首を傾げる。日下は繋に座るよう促し、自身も隣の椅子に腰を掛けた。

「今日の任務、お疲れ様です。実は明日からは別の任務にあたって欲しいのです。今日まで当たっていたものは、別の人に引き継いでもらいます」

 日下に言われ、驚いた。

 繋たちの仕事は、本来一度担当した事件はその事件を解決するまで担当を続ける。解決しないまま別の事件に赴くことは、普通はあり得ない。

 あるとすれば、緊急性の高く、且つ特定の人員でなければ解決が難しい事件が発生した場合だ。

「俺じゃなきゃダメな任務なんですか?」

「えぇ、これを見てください」

 日下が差し出したタブレット端末には、『都内で連続暴行事件、犯人の足取り掴めず』と書いてある。

「暴行事件、ですか」

「はい、最近都内のある地域で通行人が襲われる事件が頻発しています。我々も一週間ほど前から隊員を派遣しましたが、未だに捕まえることができていません」

「強盗とかではなく、ただの暴行なんですか?」

 能力者が起こす事件と言うのは、大抵魔法を使い人を脅したり、魔法によって向上した身体能力を利用して窃盗やわいせつ行為を繰り返したりするものが大半だ。

 何も盗らず性欲を満たすわけでもなく、ただ人を傷つけるという犯行は比較的珍しい。

「はい、そうです。そして厄介なのは被害が様々だということです。刀剣魔法で切られた人もいれば銃魔法で撃たれた人もいます。さらに凄い力で殴られたという人も。犯人が複数人である可能性もあります」

 異なる能力者が集まっての、ただの暴行事件。少し不自然な事件だ。

「さらに、この任務にあたっていたうちの隊員が一度犯人と接触したらしいのですが、すぐに逃げられてしまったようです。その隊員の方は強化魔法を使えるのですが、それでも追いつけないほど、身体能力が高かったと」

 日下はタブレットを手元に戻し、繋を見る。

「そこで、緑川さんと紅月さんにこの任務を任せたいと思います。常人の能力者で対応できなかった以上、あなた方に頼るほかありません。よろしいですか?」

 上司から任務の依頼があれば、断るという選択肢はない。繋は黙って頷いた。

 正直、今の精神状態でこれ以上負担になるようなことを抱えたくはなかったが、これも仕事だと割り切るしかない。

 繋は日下に任務の資料を送ってもらい、帰宅した。

 翌日、繋と愛華は日下から任された任務を解決するため、事件が起きた地域へと足を運んだ。

「それにしても、変な事件だなぁ。相手が何人いるかも分からないし、どうやって探す?」

 愛華は日下から送られてきた情報を眺めがら言う。

 愛華は最近になってようやく任務の前に資料に目を通すということを覚えたようだ。

「うーん、とりあえず事件は毎回この付近で起きてるらしいから、この辺で張り込みするしかないかなぁ」

 繋たちは暴行事件の犯人を捕まえるべく、張り込みを開始した。

 張り込みを始めてから二時間、愛華のあくびが多くなってきた頃、近くで男性の叫び声が聞こえた。

「ッ! 愛華さん!」

「おっけーあっちの方だな!」

 繋と愛華は声がした方向へと走り出す。

 曲がり角を曲がると、しりもちをついたスーツ姿の男性の前に、何者かが立っていた。

「動くな!」

 繋が叫ぶと、男性とその前に立った何者かがこちらに顔を向ける。

 暗闇で犯人の顔は分からないが、繋はその姿に驚愕した。

 犯人は大きかった。身長が三メートルはあるように見え、普通の人間とは思えない。猫背になって無理やり足元の男性を見るような姿勢をとっている。その巨体を包み込むようなコートを身にまとっていて、性別が分からない。

 そんな異形の犯人は繋たちを見ると踵を返して逃げようとする。

「待て!」

 愛華がべに丸を手にして追う。すぐに追いつき、べに丸を振りぬくと、犯人はいつの間にか手に持っていた刀でそれを弾いた。

「刀剣魔法か。ていうか力強いな」

 愛華はべに丸を構えなおす。

 愛華の言う通り、この異形の犯人は今までの相手とは違う。唯のバリア以外でべに丸が弾かれたのは初めてだ。

 愛華の攻撃が弾かれたということは、相手は隷属魔法で超人的な力を得た愛華と同等以上の力を有するということだ。常人ならばあり得ない。

「愛華さん、こいつ、何かやばいよ。気を付けて」

「分かってるよ」

 べに丸の熱が上がり火の粉が出始めた。愛華も警戒して出力を上げている。

 愛華が構えたまま動かないと、今度は異形の犯人が向かってきた。右手に持った刀を大きく振り上げる。三メートルの巨体が向かってくると、とてつもない迫力だ。

 愛華はべに丸で相手の刀を弾く。すると、犯人は左手を横に振りぬいた。その瞬間、愛華の脇腹が切れる。

「くッ! マジかよ」

 愛華は身を捻って追撃をかわしながら、犯人の顔を右拳で殴り飛ばす。

 犯人は繋たちの向かいにある電柱の下まで吹き飛ばされた。背中を強く打ちもだえる犯人に、繋と愛華が近づく。

「大人しくしろ!」

 繋は自らも鎖を出して警戒しながら警告する。

 その時、電柱に設置された街灯で犯人の顔が照らされる。

 その顔は、失踪しているはずの美月の顔だった。

「え、美月?」

 繋は思わず警戒を解く。美月はパクパクと口を開け、虚ろな目をしながらこちらを見ている。その顔は間違いなく美月だ。しかし、そこに美月の意思はないように感じる。

 異形の姿をした美月は、繋の隙を突き、叫び声をあげながら襲い掛かってきた。

「繋! 危ねぇ!」

 繋は咄嗟に腕を交差させて防御態勢をとるが、そのまま突き飛ばされ反対側の家の外壁へと叩きつけられる。

 肺の中の空気が全て出される感覚の後、鈍い痛みが背中から広がる。

「大丈夫か!」

 愛華は繋の下に駆け寄る。その場に倒れた繋は、視界の端で暗闇に去っていく美月の姿を見た。

 暗闇の中に残ったのは、痛みに耐えて倒れ込む繋とそれを心配そうに見つめる愛華、そして腰を抜かしたままの被害者だ。

 繋たちが能力者治安維持機関として活動し始めてから、初めての敗北だった。


「お前達でも勝てなかったのか?」

 負傷しながら帰還した繋と愛華は、すぐに長官室に集められ、柊と日下に状況の説明をさせられた。

 犯人を捕まえられず返り討ちに遭った繋たちを見た柊と日下は目を見開いて驚いていた。

「はい、すみませんでした」

「いや、謝ることは無い。私たちの采配ミスだ。それより、その異形の犯人が失踪しているお前の幼馴染というのは本当なのか?」

 繋は、俯きながら街灯の下で見た犯人の顔を思い出す。あの顔は、間違いなく美月の顔だった。

「はい、間違いないと思います」

「そうか、ではお前の幼馴染が犯人ということか?」

「いや、俺はそうも思いません。確かに顔は美月でしたけど、身長が異様に高かったですし、刀剣魔法も使っていました。美月の体格はごく普通の成人女性といった感じですし、そもそも美月は能力者ではありません」

 繋が美月の弁護をすると、柊は腕を組んで考え込んだ。

「訳がわからんな」

 柊にも状況がよく呑み込めていないようだ。

「魔法に関しても疑問点が残ります。紅月さんの話によると、その犯人は刀剣魔法を使いながら紅月さん並みの身体能力を有していたそうですが、普通、一人の人間が二つの魔法を使うことはできません」

 日下はチラリと愛華の方を見る。

「隷属魔法を除けば」

「緑川以外の隷属魔法使いが犯人だという事か?」

 柊の言葉に、日下は頷いた。

「あくまで可能性の話ですが」

「あいつがおかしかったのは魔法だけじゃねぇ」

 今度は愛華が口を開いた。全員の視線が愛華に集まる。

「体格が普通の人間じゃなかったのもおかしいけど、私はあいつと戦った時に脇腹を切られた。あいつが手に持ってる刀は私が弾いてたから別の何かで切られたんだ」

 愛華はそう言って自身の左脇腹を指さした。血は出ていないようだが、頑丈なはずの隊服が切られている。

「犯人は何か凶器を所持していたということか?」

「いや、一瞬のことだったから分からないけど、あいつの左手には何も持っていないように見えた。あいつの、左腕から刀が飛び出しているように見えたんだ」

「左腕からだと?」

 柊が訝しむ。

 愛華の傷については繋も疑問に思っていた。あの時、犯人の左手には確かに何も握られていなかったが、犯人が左手を振った瞬間に愛華の脇腹が切れた。まるで腕から刃物が生えているような軌道の斬撃だった。

「まぁ、犯人の能力については分からないということだな。しかし、顔は緑川の幼馴染であると。日下、青木さんに連絡して緑川の他に隷属魔法使用者として登録されている人間がいないか調べてくれ。そして、他の特殊魔法使用者もリスト化しておいてくれ」

「分かりました」

 日下は命令を受けるとすぐに部屋を出て行った。

「緑川、紅月、明日うちと警察の上層部の人間を集め、緊急対応会議を開く。そこで今日会ったことをもう一度話してくれ。今日はもう帰っていい。ご苦労だった」

 柊は言い終えると、どこかに電話をかけ始めた。

 繋と愛華は長官室を出る。

「本当に繋の幼馴染が犯人なのかねぇ」

「そんなわけない、と思う」

 繋はそれだけ呟いて、本部庁舎を後にした。

 翌日、緊急会議が開かれ、繋と愛華の二人は昨夜起きたことを事細かに話した。

 現実味が無くとても信じられないという顔をされたが、最終的には警察とも協力してその犯人の捜索、周囲への注意喚起を行うということになった。

 日下によると、現在の日本で隷属魔法使用者として登録されているのは繋だけということだった。魔法の登録を行っていない能力者や海外から来た人物による犯行ということも考えられるが、犯人が隷属魔法使用者であるという確信もないため、犯人の魔法に関する情報は皆無に等しかった。

 美月と思われる人物は、決まった地域の決まった時間での犯行を繰り返していたため、繋たちを含め多くの隊員がその付近の警戒にあたったが、繋たちとの接触以降、二週間経っても美月と思われる人物は姿を現さなかった。

 美月と思われる人物に対抗できるのは愛華と繋のみであるため、二人は毎日警戒に当たった。数回唯も連れて行ったが、結局犯人は現れず時間だけが過ぎていった。

 そんなある日、不安な気持ちを抱えながら事務作業に勤しんでいると、繋のスマホが鳴った。画面を見ると日下からの着信だった。

「はい、緑川です」

『緑川さん、今すぐに出発の準備をして本部庁舎の前の入り口に来てください。愛華さんにはもう伝えてあります』

 いつも冷静な日下が焦っているのが、電話越しの声でも伝わってくる。

「えっと、何があったんですか?」

『例の美月さんの顔をした犯人が現れました。詳しいことは後で話します』

 日下はそう言って電話を切る。電話が切られるとほぼ同時に、繋は走り出していた。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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