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六-1

第六-1話です。よければブクマや評価よろしくお願いします。

 繋たちが能力者治安維持機関で働き始めてから半年が経過した。毎日の事務作業と不定期に訪れる任務に追われる日々だが、繋と愛華は全ての任務を完璧にこなしていた。これも隷属魔法による愛華の常人離れした能力のおかげだ。

 唯は月に一度ほどの頻度で繋たちの任務に同行している。繋は唯の同行をあまり好ましく思っていなかったが、柊の命令によって有無を言わさず連れて行くことになった。

 繋は、最初は唯の身を案じていたが、最近はその心配がかなり薄れている。唯はどんな任務でもしっかりと自分の役割を全うし、愛華の安定した犯人確保に協力している。繋の心配は杞憂だったようだ。唯の活躍を見て、日下の同行も必要が無いと判断された。

 そんな順調に仕事をこなせている日々の中、繋は悩んでいた。

 ある日、繋が任務から帰ると柊にバッタリと出くわした。

「緑川か、任務ご苦労」

「あ、柊さん、お疲れ様です」

 繋は一瞬だけ目を合わし、下の方を向いて立ち去ろうとする。

「待て」

 そんな繋を、柊が呼び止めた。

「何やら浮かない顔をしているが、悩みでもあるのか?」

 繋は心境を言い当てられ、立ち止まる。

「分かりますか?」

「あぁ、明らかに分かる」

 繋の悩み、それは自分の存在意義についてだ。普段の任務、ひいてはこの能力者治安維持機関の戦闘部隊の一員として、自分が必要なのかということに、最近悩んでいた。

 繋は任務に出向く際、必ず愛華と共に向かう。そして、犯人を確保は愛華が行い、繋は最後に手錠をかけるだけだ。唯が同行する際も同様だ。唯が繋たちを守り、愛華が犯人を取り押さえる。繋はその後ろで、二人に繋がった鎖を握りしめているだけだ。

 もちろん隷属魔法の性質上、自分がいなければいけないというのは分かっているが、女性二人、それも一方は中学生女子を自分の前に立たせて武装した犯人と対峙することに、繋は抵抗感を感じていた。

「そうか、では今から長官室に来い。話を聞いてやる」

 柊はそう言って歩き出した。

「え、でもいいですよ。柊さんは忙しいのに、悪いです」

 繋はそんな柊を呼び止めるが、柊は歩みを止めない。

「幸い、今日は時間がある。それに私はお前たちを管理する立場だからな。メンタルケアも立派な仕事だろう」

 柊は当然のように言って、付いてくるように促した。

 一度決めたら曲げないという柊の性格を知っている繋は、黙ってついていった。自分勝手で傍若無人とも取れる柊に人がついて行く理由が、繋には初めて分かった気がした。

 長官室に着き、柊と繋はソファに向かい合って座る。

「それで? 一体何に悩んでいるんだ?」

 柊はインスタントコーヒーを差し出しながら聞いた。

 繋は礼を言ってそれを受け取り、口を開く。

「実は最近、仕事における自分の存在意義が分からなくなってきて」

 繋は劣等感に近い自分の悩みを正直に話した。柊はそれをただ黙って聞いていた。

 繋が一通り話し終えると、柊はコーヒーを一口飲んでから、口を開いた。

「なるほどな、解決は簡単だろう」

 あっさりと返答する柊に、繋は少し驚いた。

「え、どうすればいいと思います?」

「お前が戦えばいいじゃないか」

 柊は特に悩むことなどないという風に言った。

「でも、俺は愛華さんのように超人的な力は無いですし、戦闘経験も無いです。戦えって言われて戦えるかどうか」

「なるほど、それなら日下に相談すればいいだろう」

「日下さんですか? でも、なんで日下さんに」

「何故って、日下は戦闘部隊の隊長だぞ? 訓練や指導には精通しているし、戦闘においてこのチジの中で日下に勝てる者はいないだろう。もちろん紅月を除いてな」

 繋は柊の言葉に驚いて数秒間返答することができない。

 日下が戦闘部隊の隊長ということを、繋は知らなかった。

 いつも柊についているから、柊の秘書か何かかと思っていたし、日下がそんなに強い人間だとも思っていなかった。

「まさか知らなかったのか? 我が組織の中で一番強い男だからこそ、最初にお前たちを連行する時からお前たちの世話を任せているんだぞ? もしお前や紅月が暴れても、日下なら何とか抑えてくれると思ったからな」

 明かされた事実に、繋は再度驚く。まさか最初から自分たちに優しく丁寧に接してくれた日下が、自分たちへの対策の筆頭だったなんて思いもしなかった。

 思い返してみれば、繋たちがまだ信用されてない頃、日下は常に繋たちの傍にいた。さらに、唯の能力テストをする時や唯を連れて任務に同行する時も、武器の扱いや暴漢への対応に慣れているように見えた。あれは実際に鍛錬と経験からなる動きだったのだろう。

「だから、悩むぐらいなら自分も戦え。そして、戦い方が分からないのなら日下に聞け。以上だ」

 柊はそう言うと、コーヒーの入ったマグカップを片付け始めた。どうやら悩み相談は終了らしい。

「あ、ありがとうございました」

「また何かあったらいつでも来い。私に時間がある時にな」

 繋は柊に礼を言い、長官室を後にする。

 繋はまさかの新事実への驚きがまだ冷めないうちに、日下の下を訪れた。

「日下さん、今お時間大丈夫ですか?」

「緑川さん、えぇ、大丈夫ですよ」

 日下が自身の直属の上司だということを知ってから、繋の口調は自然と丁寧になる。

 繋は自身の悩みと柊に言われたことを簡潔に日下に伝えた。

「なるほど、確かに戦闘部隊の一員として自らが戦えないというのは解決すべきですね」

 日下の言葉が急に隊長らしく聞こえてくる、

 日下は少し悩んだ後、自身のスケジュール帳を開きながら口を開いた。

「では、今日の業務終了後、トレーニングルームに来てください。そこで今後について話しましょう」

「分かりました。あともう一つ」

「何ですか?」

「日下さんが戦闘部隊の隊長って、本当ですか?」

 そんなこと聞くのは失礼かもしれないと思ったが、あまりに唐突に告げられた事実を信じられず、思わず聞いてしまう。

「えぇそうですよ。言ってませんでしたか? まぁ、だからと言って変にかしこまる必要もないですからね」

 日下は平然と言って、繋から視線を逸らした。

 繋は日下への驚きと自分の直属の上司も知らなかったことへの恥ずかしさや焦りを感じ、心の中で反省する。

 その日の終業後、トレーニングルームに向かうと既に日下が待っていた。

「お待たせしました」

「あぁ、来ましたね。ではこの部屋を使いましょう」

 日下が入っていったのは唯の能力テストを行った部屋だ。繋も後に続く。

「戦い方を知りたいということでしたが、緑川さんは何か武道の経験はありますか?」

「いえ、全く無いです」

 繋は申し訳なさそうに答える。

「分かりました、大丈夫ですよ。幸い緑川さんは普段からここで鍛えているようなので基礎的な体力や筋力は十分についているでしょう」

 日下はそう話しながら繋の目を見る。

「基本的に、我々戦闘部隊は能力者のみで構成されています。能力者を相手にするのですから、こちらも同じ能力者であることが理想です。ついてきてください」

 日下は用具室の方へと歩き出す。

「刀剣魔法の人は刀剣を、銃魔法を使う方は銃を使った戦闘を前提に鍛錬を行います。強化魔法を使う人は自分に合った使いやすい武器を使って戦います」

 日下が入っていった用具室には、刀や槍、薙刀、銃など様々な武器が置いてあった。真剣の武器もあるようだが、ほとんどが非殺傷性になっている。銃の弾も、恐らくほとんどがゴム弾だろう。

「しかし、私は緑川さんが刀や銃といった武器を使うのはおすすめしません」

 日下は何かを探すように用具室の中を見回す。

「じゃあ、何を使うのがいいんですか?」

 日下は何かを見つけたような顔をして、繋の質問に答えず用具室の中を一直線に歩いて行った。そして、一つの武器を手にし、繋の前に差し出す。

「それは、鎖です」

 日下の手には鉄鎖が握られていた。

「鎖、ですか?」

 日下の持つ鉄鎖の長さは恐らく二メートルほどあり、先端には分銅がついている。いわゆる分銅鎖というものだ。忍者が出てくるアニメで相手の武器に絡めたりして使っているのを見たことがある気がする。

「刀とかの方が使いやすそうですけど、これ強いんですか?」

 正直、こんなホームセンターに売ってそうな物が役に立つとは思えない。

 繋が訝し気に聞くと、日下は分銅鎖を元あった位置に置く。

「これは例ですよ。あなたに使って欲しいのはこれ自体ではなく、あなた自身が出すことが出来る『鎖』です」

 繋は日下の言っている意味が分からず、首を傾げる。

「詳しいことは練習しながら話しましょう」

 日下はそう言ってトレーニングルームへと戻っていった。繋もそれについていく。

「さて、先程も言いましたが、私たちの戦闘部隊は能力者で構成され、隊員は各々の魔法を駆使して任務にあたっています」

 日下の話によると、能力者が実際の武器ではなく自身の魔法による武器を使用するメリットは二つある。一つ目は戦闘直前までこちらの手の内を明かさずに戦えること。

 二つ目は幼少期から使える魔法は使用に慣れていて、他の武器を扱うよりも使い勝手が良いこと。入隊してからわざわざ他の武器の練習をさせるより、既に扱える方法で戦ってもらった方が効率的なのだ。

「そのため、緑川さんも隷属魔法を活用した戦闘方法をとるのがいいのではないでしょうか」

「隷属魔法を駆使って、隷属魔法はもう使ってますよ? 愛華さんとか唯ちゃんに」

「確かにそうですが、緑川さんは隷属魔法を使用する際に鎖を生み出しているでしょう。それを武器として活用すれば緑川さんも魔法を駆使した戦い方ができます」

 繋は再度首を傾げる。

「確かに鎖が出ますけど、でもそれは愛華さんたちを繋げるためで、武器としては利用できませんよ?」

 愛華や唯に隷属魔法を使用する際、鎖が現れる。しかし、その鎖は先端が繋の手と愛華たちの首に繋がっており、先程見せられた分銅鎖のように扱うことはできない。

「それなら紅月さんたちに繋げていない鎖を新たに生み出せばいいのですよ。隷属魔法には最初から鎖を生み出す力が備わっています。誰かに繋げるためではなく、ただ鎖を出すという使い方もできるはずです」

「本当にできますかね……」

 繋はそんなこと考えたこともなかった。隷属魔法の鎖は、ただ愛華たちと自分を繋ぐもので、それ以外の使い道をしようなんて思ったこともない。

 そもそも、隷属する相手無しに鎖だけを生み出すなんてことは可能なのだろうか。

「『相手を操る力』と『鎖を生み出す力』を別々に考えてみると良いと思いますよ。少しやってみましょうか」

 日下が繋の隣に立つ。

「他の能力者の方が刀や銃を生み出すように、自分の手の中に鎖があることをイメージしてください」

 繋は言われた通りにイメージする。能力者は幼少期の頃から勝手に魔法のイメージを掴み使えるようになると言うが、繋にはそれが難しかった。

 繋の中の隷属魔法のイメージは、既に鎖で誰かを繋ぐものとして定着してしまっている。鎖だけを出すイメージが中々できない。

「難しいですか。繋さん、普段箸は使いますか?」

「へぇ? はい、普通に使いますけど」

 イメージに集中している最中、日下からの突然の質問に変な声が出てしまう。

「もし、箸を本来の使い方ではなく、フォークのように、いわゆる刺し箸と呼ばれる使い方をしている人がいたらどう思いますか?」

「えっと、行儀が悪いと思います」

「そうです。今緑川さんがやろうとしていることも同じです。鎖だけ出すというのは、隷属魔法にとって行儀の悪いことなんですよ」

 繋は何を言いたいのか分からず、頭に疑問符を浮かべる。

「つまりは、本来の使い方ではないということです。例外的な使い方で、別にできないわけじゃないけれど抵抗がある。緑川さんはこの『行儀が悪い・抵抗がある』という部分のイメージが強いんだと思います。もっと自由に、何にも繋がっていない鎖をイメージしてください」

 日下のアドバイスを受け、繋は鎖を出す練習を再開した。

 本来の隷属魔法ではない、例外的な使い方。それをわざとやらなければいけないというのは、とても難しかった。

 繋は日下のアドバイスを下にイメージをする。そのイメージはまるで、普段使っていない筋肉を使っているような、そんな感覚だ。

 練習を始めてから約一時間後、繋の右手から銀色に光る鎖が飛び出した。

「おっ、でた!」

 鎖は自分の行く先を探すようにふらふらと飛んでいき、地面に落ちると同時に霧散するように消えた。

「成功ですね。よかったです」

 日下は小さく拍手しながら繋に歩み寄る。

「今日はもう遅いですし、帰りましょうか。今のイメージを忘れないようにしてください」

「はい!」

 その日以降、繋と日下の練習は毎日行われた。

 繋は最初の数日で鎖を自在に出すことに成功し、日下にアドバイスを受けながら一週間ほどで鎖の基本的な動かし方を習得した。

やはり魔法というものは本能的に身体に刻み込まれているものらしく、繋には鎖が自分の手足の延長のように感じられた。

「覚えが早いですね、ではこれから戦闘訓練に入りますか」

 繋が自由に鎖を扱えるようになってからは本格的な戦闘訓練に入った。

 日下は強化魔法を使い棒術で繋を攻めたて、繋は鎖を鞭のように振り回してその攻撃をいなそうとした。

 少し鎖に隙ができれば日下に棒で殴られ、なんとか棒に鎖を巻き付けても腹に蹴りを入れられ、日下の身体に鎖を巻き付けても繋の身体が鎖ごと引き寄せられ投げ飛ばされる。

 繋は日下の戦闘部隊隊長としての実力を身をもって知ることになった。

 繋が戦闘訓練を始めてから一か月、日下に勝てたことは一度もないが、鎖使いが様になってきた。

「だいぶ仕上がってきましたね。この様子ならそこら辺の暴漢相手なら通用すると思いますよ」

 遂に日下のお墨付きをもらい、繋は手を挙げて喜ぶ。

「でも、決して油断はしないでくださいね。あなたには戦闘の前に紅月さんを制御するという役割がありますから」

 日下から忠告され、繋は喜びを心の中に収めつつ、気を引き締めた。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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