五-1
第五-1話です。よければブクマや評価よろしくお願いします。
「出でよ! べに丸!」
愛華がべに丸を振るい、男を倒す。
この男は刀剣魔法で人を脅してコンビニ強盗を繰り返していた。
繋と愛華は午前中に通報を受け、捜索のために街中のコンビニを回っている時、ちょうどこの男が強盗を繰り返している現場を目撃したのだ。
「本当にありがとうございます!」
コンビニ店員からお礼を受け、男を車に乗せて本部庁舎へと戻る。
「いやぁ、やっぱり私は机に向かった作業よりこういう任務の方が向いてるな!」
後部座席の愛華が機嫌の良さそうに話す。愛華の隣では今回確保した男がうなだれている。
「机に向かった作業も少しはやってもらえると嬉しいんだけどなぁ」
繋は後部座席を気にしながら運転する。
以前の任務で連行中に突然犯人が暴れだし事故になりかけたことがある。その時はなんとか愛華が取り押さえてくれた。それ以来、犯人を連行する時は繋が運転し、愛華が後部座席に座るという形となった。
繋たちは確保した男を引き渡した後、本部庁舎に戻る。
すると、本部庁舎の入り口に見覚えのある親子の姿があった。
「あれ? 唯ちゃん?」
「あ! 繋さん!」
そこにいたのは黄島 唯とその母の冴だった。
唯は繋が隷属してから経過観察のために一週間入院した後、退院していった。
今では元気に中学校に通っているという話を青木から聞き、繋は安心していた。
「ご無沙汰してます」
冴が繋に挨拶をする。
「今日はどうしたんですか?」
「唯の能力者としての登録手続きで呼ばれたのですが、実は私もよく分かってなくて」
前に聞いた話によると、唯の両親はどちらも能力者ではなく、唯が親族で唯一の能力者のようだった。能力者に関する手続きというのは大抵幼少期に済ませておくものだが、何年かに一度講習を受けたり能力者登録の更新をしなければらない。
能力者ではない人にとっては縁遠いものなので、唯の親がよく分かっていないのも不思議ではない。
「おっ、この子が唯ちゃんか?」
繋の後ろにいた愛華が唯の前にでる。不躾に突然歩み寄って来る愛華に、唯は少し驚いていた。
「私、こいつの相棒の愛華って言うんだ! よろしくな!」
愛華が差し出した手を、唯は恐る恐る握る。
「いやーこいつに隷属されてる仲間ができて嬉しいなぁ。こいつ、今まで私だけにしか手出してなかったらしいからさ。仲間がいない感じで寂しかったんだよ。上司はいるけど同僚はいないみたいな感じ? とにかくこれからよろしく!」
愛華は饒舌に、誤解を招くようなことを話しだす。
「ちょ、ちょっと、愛華さん、変なこと言わないでよ」
訂正しようとする繋に冴が詰め寄ってきた。
「ちょっと、緑川さん? この方に手を出したってどういうことですか? もしかして、そういうことが目的で隷属魔法を使ってるんじゃ」
「いや、誤解ですって! ちゃんと正しい事のために使ってますよ!」
怒りの籠った真顔で繋に詰め寄る冴、必死で訂正する繋。それを見てポカンとする唯と楽しそうにする愛華。四人は本部庁舎前でしばらく騒いでいた。
「あの、何をしているんですか」
そこに日下が現れ、冴と繋の押し問答が一旦止まる。
「黄島さん、よくお越しくださいました。こちらにどうぞ。あと、緑川さんと紅月さんもちょうどよかった。一緒についてきてください」
日下はそう言って本部庁舎へと入っていった。繋と愛華は顔を見合わせる。
「なんでまた呼ばれたんだ?」
「さぁ、愛華さんの素行不良で呼び出しじゃないですか?」
二人はそんな軽口を言いながら、唯たちと共に日下についていく。
冴は冷ややかな視線で繋のことを見ていたが、繋は気づかないふりをして決して冴と目を合わせないように歩みを進めた。
日下が向かった先は本部庁舎の地下にあるトレーニングルームだ。
ここでは戦闘部隊の隊員が筋トレや実戦形式のトレーニングを行える設備が整っていて、繋もたまに利用している。戦闘部隊として任務にあたるために、最低限の体力と筋力をつけておくようにと日下から言われたからだ。
日下は体育館ほどの広さがある部屋へと四人を案内した。ここではよく隊員同士が実戦形式の戦闘トレーニングを行っている。
そんなトレーニングルームの中には、柊が待っていた。いつものスーツではなく、隊服を着ている。
「きたか。待っていたぞ。唯ちゃんもご苦労」
「柊さん! お久しぶりです!」
唯は柊を見つけた途端駆け寄っていった。
繋はいつの間にか仲良くなっている二人に驚いた。唯を見る柊の目は、親戚の子を見るように優しく、柊のそそんな表情は今まで見たことがなかった。
柊は唯と二言三言交わした後、繋たちの方を向いた。
「黄島さん、よく来てくださいました。緑川と紅月もご苦労」
冴は会釈し、繋は頷く。愛華は鼻を鳴らした。
相変わらず愛華と柊はあまりウマが合わないようだ。
「日下、説明を頼む」
「はい」
日下は四人の前に立った。
「今日皆さんに集まってもらったのは、黄島 唯さんの能力を測るためです。黄島さん、今の唯さんが規則上危険人物とされるのは理解していますか?」
「えぇ、唯を治してもらう時に聞きました。唯は人より強い魔法が使えるからとかなんとか」
「はい、その通りです。今日はその唯さんの魔法がどれくらい強いのかというのを確認させていただきたいと思います」
冴は訝しむように、唯は興味がありそうに日下の話を聞いている。
日下によると、今日は今からこのトレーニングルームで唯に魔法を使ってもらい、その威力を評価するのだという。繋と愛華にはそれを実際に見て、評価の基準にもなってほしいと言われた。
「それでは唯さん、あちらの更衣室に運動着が用意されてますのでそちらに着替えてください。黄島さんは危険ですので外での見学という形になります。よろしいですか?」
「えぇ、私は構いませんけど、唯は危険じゃないんですか?」
「唯さんには我々がついていますのでご安心ください」
冴は心配そうに唯を見つめながら、日下に連れられ外に出ていく。
そんな冴の心配をよそに、唯は走って更衣室に向かって行った。元気な証拠だ。
「あの、柊さん。俺たちってこのテストにいります? 唯ちゃんの魔法見るだけですよね?」
繋が聞くと、柊は腕を組んで得意げに話す。
「無論だ。黄島 唯の防御魔法は出力が異常に高いことが予想される。そんなもの、常人の我々には評価できないからな。お前や紅月の力が頼りだ」
「頼りって言われても、何をすれば?」
「まぁ、時が来れば分かる」
繋は一体何をさせられるのか分からず不安になった。
柊のことだから、またとんでもないことを言いだしそうだ。
しばらくすると、唯が着替えを済ませ戻ってきた。
「では、早速始めますか」
日下がスマホで動画を撮り始める。どうやらここで起きることは全て記録されるようだ。
「唯ちゃん、防御魔法の使い方は分かるか?」
「うん、何回かやったことあります」
「じゃあ、一回見せてくれ」
唯は優しく話す柊に頷き、手を前にかざす。
「はっ!」
唯が力を込めると、手のひらを中心に、唯を隠すような形で円形の黄色いバリアが生み出される。バリアは半透明で波紋のようなものが絶えず動いている。
日下と柊は黙ってそれを見つめる。
「唯ちゃん、それは全力か?」
「うーん、そうだと思います。前にやった時もこのくらいの大きさでした」
柊の質問に、唯は困った顔をして答える。
唯の答えを聞いた柊は日下と顔を見合わせ、一度小さく頷いた。
「緑川、唯ちゃんに鎖を繋いで見てくれ。できるか?」
柊は繋に指示を出す。
「分かりました。唯ちゃん、ちょっとびっくりさせちゃうかも」
繋は愛華にやる時と同じ要領で唯に手をかざす。
すると、繋の左手と唯の首が、黄色い鎖で結ばれた。
「痛くないかな?」
「痛くはないけど、なんか変な感じです」
唯は首の鎖を触りながら言った。
「それじゃあ、唯ちゃん。もう一度防御魔法を使ってみてくれ」
「わかりました。はっ!」
唯が手を前にかざし力を込める。
その瞬間、唯の前に巨大な黄色いバリアが現れた。その大きさに、その場にいた全員が思わず身構えてしまう。
そのバリアを生み出した唯自身も驚いて手が震えている。
巨大なバリアは、大きさだけでなくその輝きや厚さも先程とは段違いだ。一目見ただけで出力が格段に上がっていることが分かる。
「ゆ、唯ちゃん、もういい。防御魔法を解いてくれ」
柊が唯にそう言うと、唯は前に出していた手を下げた。すると巨大なバリアはあっという間に霧散する。
繋たちは急いで唯に駆け寄った。
「やはり、緑川が鎖を繋いでいる時は魔法の出力が異常に上がるようだな」
「そうですね。しかし、紅月さんのように、威力が上がる他に熱のような付随する効果が現れることはないようですね」
柊と日下が記録を取りながら話す。
「いやーめちゃめちゃ凄かったな、今の。もう一回やってみてくれよ」
「愛華さん、余計なこと言わないで。今記録取ってるんだから」
愛華は唯に話しかけ、繋はそれを制する。
唯は自分の変化に驚き、不安を抱えたように周りをキョロキョロと見回していた。
「唯ちゃん、大丈夫だよ。今のは隷属魔法のせいでちょっと強めに出ちゃっただけだから、安心して」
「そうだよ、私なんて初めての時は勢い余ってコンクリを切っちゃったからな。気にすんな」
繋と愛華が励ますと、唯は少し笑った。どうやら落ち着いたようだ。
「よし、防御魔法に関してはまた後で指導するとして、次は身体能力だ。紅月、協力してくれ。緑川、紅月に鎖を繋げ」
「はいよー」
愛華はめんどくさそうに返事をし、繋はいつもやっている通り愛華に鎖を繋いだ。
愛華はもう鎖で繋がれることに慣れ切っているらしく、唯のように驚きも気にもしていなかった。
「では、これから紅月と比較する形で唯の身体能力を評価していく。紅月、唯ちゃん、全力で走ってみてくれ」
隷属魔法によって愛華の身体能力が飛躍的に向上することは既に分かっている。唯にも同じような効果が表れているのか確かめるようだ。
「ただ走れって言われてもなぁ、そうだ! 唯ちゃん、鬼ごっこでもするか!」
「鬼ごっこ、ですか?」
「そうそう、唯ちゃんが鬼で私が逃げるから。じゃあ、よーいスタート!」
愛華は一方的に話すと、全力で走り出した。
唯の緊張をほぐすためか、それとも単純に愛華が鬼ごっこをしたいだけなのか分からないが、身体能力を比較するという意味では適した方法だろう。
繋はそう考え、走る愛華を黙って見つめる。柊も繋と同じ考えのようだ。
「えぇ、ちょっと待ってください!」
唯も愛華に続いて走り出す。
その速度は、愛華に勝るとも劣らぬ速さだ。やはり、唯にも身体強化の効果が表れているらしい。唯はすぐに愛華に追いつきそうになる。
「おっ早いなぁ! じゃあ、全速力出すぞ!」
愛華はそう言って更に加速した。身長や歩幅の関係で愛華の方が若干速いようだが、それでも微々たる差だ。唯がまだ中学二年生であることを考えると、少しトレーニングをすればそのうち唯の方が速くなりそうだ。
どちらにしても、唯の身体能力は常軌を逸している。
「もういい! 二人とも戻ってこい!」
トレーニングルーム中をしばらく走り回っていた二人に柊が声をかける。
二人は肩で息をしながら戻って来た。
「はぁ、はぁ、唯ちゃん速いな。油断したら追いつかれそうだったよ」
「はぁ、はぁ、愛華さんこそ速すぎます。それに、私自分がこんなに速く走れるなんて夢みたいです」
二人は満足げな顔で話す。
幼少期から常に魔力過剰症の症状に苦しんだ唯は、こんなに思い切り走るのは生まれて初めてなのかもしれない。そう考えると、唯の満足げな表情に深い意味があるように見えてくる。
「やはり身体能力もすごいものだな」
「そうですね、それに唯さんにはまだまだポテンシャルがありそうです。この先も定期的にテストが必要ですね」
柊と日下が唯の情報を記録する。
今更ながら、ただの中学生である唯がここまで徹底的に管理されているのが少し可哀想に思えてくる。
「よし、唯ちゃん。少し疲れたか? まだやることはあるが、休憩するか?」
「ううん、全然大丈夫です。なんだか、疲れてもすぐに回復する感じです」
「そうか、ならばこれから魔法の指導に入ろう」
柊はそう言ってジャケットを脱いだ。そして、唯の前に立ち、いつもの真剣な顔になる。
「唯ちゃん、君や紅月はその性質から規則上危険人物ということになっている。我々も君たちのことを管理するが、まずは唯ちゃん自身が魔法の使い方を知り、制御できるようになってもらわなければいけない」
唯は口を真一文字に結び、頷きながら柊の話を聞く。
「さっきみたいな大規模な防御魔法しか出せないようでは制御できているとは言えない。これからは、初めに見せてくれたように小さく、最低限の大きさのバリアを出せるようになるよう、練習をしてもらう」
魔法の制御練習というのは、戦闘部隊入隊直後に愛華もやっていた。その甲斐あって、最初は全てを焼き尽くさんばかりだった愛華のべに丸も、今では熱をほぼ抑えたり、逆に何でも焼き切ってしまうほど熱く燃えるような刀にしたりと、制御ができるようになっていた。
「分かりました、頑張ります!」
その後、日下と柊監督の下、唯の防御魔法の練習が始まった。
繋と愛華はその様子を近くで見学する。
「愛華さんは魔法の制御できるようになるまでどれくらいかかってたっけ?」
「うーん、二週間くらいかなぁ。そんなに手こずらなかったと思うけど」
唯は防御魔法を繰り返していくうちに最初の巨大なバリアの半分ほどの大きさにできるようになっていた。それでもまだバリアの半径は五メートルほどある。
「防御魔法って、あんまり見たことないよな」
「そうだね、日常生活じゃ使う機会無いから、使える人もほとんど使わないんだろうな」
唯は防御魔法を半径二メートルほどまでに縮める。
「なんか、上達早くない?」
「そうだな、早すぎるわ」
繋と愛華が見学と雑談を始めてから大体三十分。その間に唯が生み出すバリアはどんどん小さくなっていった。バリアは小さくなっても出力自体が下がっているわけではないらしく、小さくなるほどにエネルギーが凝縮されたように色が濃くなっていった。
繋と愛華は柊の下に駆け寄る。
「唯ちゃん、魔法の上達早くないですか?」
「あぁ、そうだな。防御魔法は人に害を与える心配が無いから、出力を抑えるというよりは規模を小さくするという方向で練習を進めていたから比較的簡単だったのだろう。それでも唯ちゃんの上達速度はかなり早い。流石は育ち盛りの中学生だ」
唯は柊に褒められ、少し顔を赤くしている。
そんな唯を愛華はつまらなそうに見ている。自分より圧倒的に上達が早い唯に嫉妬しているのだろうか。
「よし、ここまで制御できれば十分だろう。これから耐久力テストに入る。日下、準備してくれ」
柊に指示され、日下は用具室に向かった。
「耐久力テストって何するんですか?」
「名前の通り、唯ちゃんの防御魔法の耐久力をテストする。実際に唯ちゃんのバリアを叩いてな」
柊は腕を組んで日下を待つ。
柊の物騒な言葉に、唯は少し驚いていた。
「お待たせしました」
戻ってきた日下の手には、棒術で使うような棒、長い柄のついた槌、薙刀、ショットガンが持たれていた。
「これから、この武器でテストを行う」
それを見た繋と唯は顔が引きつっている。
「大丈夫だとは思うが、万が一唯ちゃんのバリアが破壊された場合はすぐに助けられるように唯ちゃんの後ろには私と緑川、紅月が備えるようにしよう。では、準備してくれ」
「マジすか」
そんな繋と唯を気にせず、柊は準備に取り掛かる。どうやら日下が武器を振るう役割を担うようだ。
繋たちは柊の指示通り、唯を守れるように位置取りをする。
「唯ちゃん、君は防御魔法にだけ集中してくれ。私たちが後ろにいるから絶対に安全だ。怖いかもしれないが、安心してくれ」
「は、はい!」
唯の肩に手を置きながら語り掛ける柊に、唯は少し怖がりながら答える。
繋は愛華にべに丸を握るように言って、構えた。自然と、鎖を持つ手にも力が入る。
「では、いきますよ。唯さん、お願いします」
日下が最初に手にしたのは棒だ。
「分かりました、はっ!」
唯は深呼吸した後、防御魔法を発動する。先程の練習と同じく、出力が凝縮されたような濃い黄色の円形のバリアが、唯を守るように出現する。
「いきますよっ!」
日下が大きく振りかぶり、唯に向かって棒を振るう。
直後に大きな衝突音が響き、日下の攻撃は弾かれた。
「ふぅ、やはり硬いですね。では次にいきます」
日下は、今度は槌を持ち、大きく振りかぶる。もしあれが唯に直撃したら頭がぺちゃんこに潰れてしまいそうだ。
しかし、またしても日下の攻撃は弾かれる。鈍い衝突音の後、日下の手から槌が離れた。
「では、次」
日下は平然とした顔で薙刀を手にする。
先程から相当速く、そして強く武器を振るい、それが弾かれた衝撃を受けているはずなのに、日下がそのダメージは負っている様子はない。
日下は薙刀を大きく振り上げ、唯に振るう。
今までと同様に防がれる。日下は怯まずに薙刀を横に振り、真一文字に切りつけ、その後三度突きを繰り返す。
どの攻撃も大きな金属音を響かせるものの、唯のバリアには切り傷一つついていない。
「では、次で最後です」
薙刀を放り投げた日下は、ショットガンを構える。
それを見た唯の肩がかすかに震えた。今までの近接武器とは違う恐怖が銃にはあるのだろう。
柊はそんな唯の肩に手を置き、耳元で口をささやく。
「唯ちゃん、大丈夫だ。我々がついている」
すると唯は柊の顔を見て、小さく頷いた。
「唯さん、この銃の弾はゴム弾です。直撃したら骨折くらいはしてしまうかもしれませんが、死にはしませんのでご安心ください」
日下の言葉を聞いた唯はまた少し怯えた顔になる。
「おい日下! 怖がらせるようなことを言うな!」
「す、すいません。死ぬことはないと分かれば安心できるかと思いまして」
「女子中学生だぞ! 骨折も十分怖いだろ!」
ショットガンを持ちながらぺこぺこと謝る日下を柊が叱責する。なんともシュールな光景だ。
その様子を見て、唯の顔にも笑みが浮かぶ。柊と日下も少し笑い、再び構えた。
「では、いきますよ」
「……はいっ」
唯が力強く頷く。心なしか、バリアの色が少し濃くなったような気がした。
日下は、引き金を引いた。
銃声とともに弾が発射される。
ゴム弾とはいってもその速度は目にも止まらない。日下が放った銃弾は唯のバリアに当たると破裂音を発し、遠くへと弾かれた。
バリアはびくともしないが、弾が当たった箇所を中心に数秒間波紋が波打つ。それも数秒のうちに落ち着いた。
「お疲れさまでした」
日下が武器をまとめ、用具室へと戻っていった。唯は大きく息を吐いてから防御魔法を解除する。
「唯ちゃん、ご苦労。やはり普通の攻撃ではびくともしないな、素晴らしい。流石緑川の隷属魔法だ」
柊はメモを取りながら話す。
繋と唯は目を合わせ、お互いどういう反応をしたらいいのか分からず、軽く会釈をする。
「打撃や斬撃に対しては全くと言っていい程反応は見せないな」
「でも、銃撃の時は少し波紋が揺らいでいるように見えます。一極集中の衝撃には比較的弱いのでしょうか。それでもバリアが破られるようなことはありませんが」
そのうち日下が戻り、柊と日下の二人は記録の確認を行い始めた。
「唯ちゃん、どこか怪我してない?」
「はい、全然大丈夫です」
「それにしても凄いバリアだなぁ。私のべに丸も歯が立たないかもな!」
繋たちが雑談していると、日下と話していた柊が急にこちらを向き、愛華を見た。
「そうだな。紅月、次はお前の刀剣魔法と唯ちゃんの防御魔法、どちらが強いか試してみよう」
柊は楽しそうに言った。
そんな柊を見て日下は「また始まった」と言いたげに鼻から息を吐く。。
「よし日下、記録を録ってくれ。唯ちゃん、紅月、魔法を発動してくれ。緑川、鎖の準備だ」
柊はテキパキと指示を出し、全員柊の指示通りに動く。
繋は愛華と唯に鎖を繋ぎ、二人と等間隔で距離を取る。柊は万が一に備えて唯の後ろに立つ。
「全力でやっていいのか?」
べに丸で肩を叩きながら質問する愛華に、柊は少し考える。
「そうだな、初めはいつも任務で使う程度の出力にしてくれ。それが防がれたら、次は全力
だ。唯ちゃんはさっきと同じように全力で防御魔法を使ってくれ」
「おっけー」
「はい!」
二人は相対し、構える。
べに丸は熱を帯びて赤く光り、唯は黄色に輝くバリアを生み出した。
「いくぞっ!」
そして、愛華がべに丸を構えたまま踏み出し、唯を切りつける。
べに丸とバリアがぶつかった瞬間、弾けるような音と共に、火花が散る。
その直後に、べに丸は弾かれた。愛華は驚きの表情を浮かべている。
「かったいなぁ、じゃあ、次は全力でいくぞ!」
愛華はべに丸を構え直し、力を込める。べに丸は赤い輝きを増し、刀身からは陽炎が立ち上り火の粉が舞う。
「いくぞぉっ!」
そんなべに丸を振りかざし、愛華が再び唯に向かっていく。
唯はべに丸と愛華の迫力に少し驚いているようだが、しっかりと手を構え、防御魔法を維持する。
「はぁっ!」
唯のバリアとべに丸が衝突した瞬間、先程とは段違いな轟音が辺りに響いた。べに丸を中心に熱波が発生し、唯のバリアには大きな波紋が広がりバチバチと電撃が走る。
突然発生した熱波と衝撃波に、繋は思わずのけぞる。唯は防御魔法を維持し続けているが、かなり辛そうな表情だ。柊はそんな唯を守るように隣に立った。
「紅月! 攻撃をやめろ!」
唯を守りながら柊が叫ぶ。
愛華はバリアから弾かれるように後ろに飛びのき、驚いた顔でべに丸を見ていた。
愛華が退いた直後、唯は防御魔法を解除し腰が抜けたようにその場に座り込もうとしたが、柊がそれを支えた。
「唯ちゃん、大丈夫か?」
繋は柊が唯を介抱しているのを確認し、愛華に駆け寄った。
「愛華さん、大丈夫?」
「あぁ、私は大丈夫。びっくりしたけどな」
愛華はまだ驚きが治まらないように、べに丸を見る。
「まさかあんな衝撃がくるなんて。しかも、全力のべに丸が本当に防がれるなんて思わなかった。唯ちゃんの防御魔法、予想以上だぞ」
愛華はそう言ってべに丸をしまった。繋は愛華と唯が落ち着いたのを見て鎖を消し、唯と柊の下に駆け寄る。
「唯ちゃん、怪我してない?」
「ごめんなぁ、私本気出しすぎちゃったみたいだ」
繋と愛華が心配すると、唯は首を横に振った。
「いえ、全然大丈夫です。ちょっと驚いたけど怪我はしてないです」
三人が話していると、そこに日下も合流した。柊は日下と記録の確認を行う。
「唯さんの防御魔法は初めて揺らぎましたね。紅月さんの刀剣魔法ぐらい威力が無いと傷もつかないという感じでしょうか」
「そうだな、ただ全力の紅月でもバリアを破るには至っていなかった。常人が唯ちゃんの防御を破るのはまず無理だろう」
「実際どれくらいの耐久力があるのかは今のテストから算出できるかもしれません。この映像を青木さんたちに送っておきます」
「あぁ、頼む」
柊は日下との話を終え、繋たちの方を向いた。
「よし、ひとまず唯ちゃんの能力は分かったから、これで今日のテストは終わりとしよう。唯ちゃん、ご苦労だった」
「ありがとうございました!」
唯は深々と頭を下げる。学校でちゃんとお礼をいうように言われているのだろうか。
唯は着替えを終え、一同はトレーニングルームを出た。すると、出口では不機嫌な顔の冴が待ち構えていた。
「ちょっとあなた、日下さんでしたっけ? うちの唯にあんなことするなんてどういうつもりですか! 唯が怪我したらどうするんですか!」
冴は日下に詰め寄った。日下は困ったように手のひらを胸の前に出し、冴に落ち着くよう促す。
「いえ、ですから最初に唯さんの能力を確認すると説明したじゃないですか」
「あんなハンマーで殴られたり銃で撃たれたりするなんて聞いてません! あなたもあなたです! あんな危なそうなものを唯に向けて!」
冴は愛華のことも責め始める。
「えぇー私は指示通りやっただけだけどなぁ」
愛華は物怖じする様子はなく、ポリポリと頭を掻く。
「あなたは指示されたら女子中学生に怪我をさせるんですか!」
「黄島さん、そこまでにしてください」
怒りをぶつけ続ける冴の肩を柊が掴んで制した。
「前にも説明した通り、黄島 唯は危険人物に指定され、我々の管理の対象になっています。もちろん怪我をさせたり人道に反するような実験をするつもりはないですが、既に我々の命令に従うしかない立場であることを理解してください」
「お母さん、私怪我してないし大丈夫だよ?」
柊と唯の説得され、冴は何か言いたげな顔をしながら口を閉じる。柊に告げられた事実と自分の娘からの説得で、怒りが収まってきたようだ。
「ふんっ、まぁいいです。今日はもう帰っても構いませんね? 唯、帰るよ」
冴は唯の手を引いて出口へと向かっていった。手を引かれた唯は振り返りながら繋たちに一礼して帰っていった。
「私は青木さんたちに今のテストのことを話してきます」
日下は今詰め寄られたことなんて全く気にしていないという風にスタスタと歩いて行った。
「なんだかパワフルなお母さんですね」
「パワフルっていうかヒステリーじゃないのか?」
「そういうこと言うの良くないですよ」
繋が言葉に包んだオブラートを、愛華は平気で剥がす。繋は愛華のことを軽く小突いた。
「まぁ、気持ちは分からんでもないがな。こういう状況になるというのも隷属魔法を使って治療を行った代償だろう」
繋たちと共に廊下を歩く柊が言った。
「黄島 唯の人生は、もうある程度管理されたものになってしまうことは決定している。彼女やその家族にはそれを受け入れてもらうしかない」
唯の人生についての話をされると、隷属魔法を使った本人である繋も責任を感じてしまう。
「管理って、今日みたいなテストを定期的にやるんですか?」
「それもそうだが、恐らく彼女の人生にとって一番大きいのは、成人したらうちで働いてもらうことが決定していることだろうな。お前らと同様、彼女もうち以外で働くことはもう認められない」
まだどんな夢でも追えるはずの中学生が、将来を決定されていることは残酷だ。繋は柊の話を聞いて唯に申し訳なさを感じる。
「まぁ、いいんじゃねぇか? ずっと食うのに困らないってことだろ?」
繋とは反対に、愛華は楽観的に捉えているようだ。
「唯ちゃんはまだ中学生だよ? なりたい職業とかまだあるかもしれないのに」
「えーでも、好きでもない仕事してる人間の方が多いんだし、仕事に困らないのは良い事だと思うけどなぁ」
愛華は繋の言っていることがよく分かってなさそうに話す。
「お前たち、今日はご苦労だった。仕事に戻っていいぞ」
柊はそう言って長官室へと戻っていった。
繋も仕事へと戻ったが、愛華はふらふらとどこかへ歩いて行った。また自分がやるべき仕事を繋に押し付ける気なのだろう。
繋はため息をついてパソコンを起動させ、今日の分の報告書を作成し始めた。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
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