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四-2

第四-2話です。よければブクマや評価よろしくお願いします。

 青木が向かった先は、多くの病室が並ぶフロア、その中の奥の方にある、大きな病室だった。

 扉を開けると様々な機械と大きなベッドが置かれた病室があった。集中治療室のようなものだろうか。

 中には二人の看護師がいる。そのうちの一人は繋の検査を行ってくれた佐野だった。

「こちらが、先程話した黄島 唯ちゃんです」

 青木はベッドで横たわっている少女を指した。

 その少女は、素人目で見ても弱っていると分かった。

 腕には点滴が繋がれ、口には酸素マスクのようなものが装着されている。目は閉じているが息が荒い。血色も悪く、寝ているというよりは他に何もできないほど辛いから横たわって目を閉じているといったような様子だ。

「佐野さん、唯ちゃんの今日の様子は?」

「はい、朝目を開けて少し話しましたが、それからはずっとこの様子です。相変わらず熱も下がらず、ご飯も食べられないようです」

 佐野はカルテのようなものを見ながら青木に話す。

「そうか、良くないね」

 青木は神妙な面持ちとなり、そのまま繋の方を向く。

「今は唯ちゃんとお話は難しそうだ。せっかく来てもらったのにすまないね」

「い、いえいえ、全然大丈夫です」

 もし意識があったとしても、急に繋のような知らない大人と話をさせるのはストレスだろう。

 繋と青木は少し唯の様子を見た後、病室を出た。

「緑川さん、今見てもらった通り、唯ちゃんはあのような状態がずっと続いています。先程も言いましたが、このままでは命が危ないでしょう」

 青木も色々な手を尽くしたのだろう。その言葉からは悔しさややるせなさのようなものが滲み出ている。

「緑川さん、どうですか。やってもらえませんか」

 青木の言葉に、繋は揺らいだ。

 先程、法的な問題の無さと唯の状況について柊と青木から聞いた時も事態の深刻さは自覚していたつもりだが、実際に唯を見るとどうにかしなければという使命感を一気に感じるようになった。

 それと同時に、繋は自分の行動に伴うあまりにも大きい責任を、背負いきれないという不安も感じていた。

 青木の目の前で、黙ったまま数分悩む。

 その後、繋は口を開いた。

「一度、唯ちゃんのご家族とお話させてください」

 数日後、急遽唯の両親と繋、それに青木と柊の五人での話し合いの場が設けられた。

 小さな会議室、六人掛けのテーブルで、繋は唯の両親と向かい合う。テーブルの両端には青木と柊が座っている。

「黄島さん、こちらがお伝えしていた緑川さんです」

 繋は唯の両親に会釈した。どうやら繋のことは既に唯の両親に伝わっているらしい。

 唯の両親は硬い顔のまま会釈を返した。

「緑川さん、こちら唯ちゃんのご両親、黄島きじま さえさんと木島きじま たつさんです」

「あの、本当に唯を治すことはできるのでしょうか?」

 青木の言葉を遮るように、冴が繋に聞いた。単刀直入な質問に、繋は一度息を吸い込んだ。

「俺は医者ではないですけど、青木さんや柊さんの話からすると、恐らく治せるのだと思います」

 繋の言葉を聞くと、冴と樹は顔を合わせて安堵の表情を浮かべた。

 繋はそれを見ると、後悔や申し訳なさに近い感情に胸を支配された。

「ただ、俺は正直、唯ちゃんを救うことに抵抗があります」

 繋の言葉を聞くと、二人はまた硬い表情に戻り、樹が覚悟を決めたように口を開く。

「それは、どういうことでしょうか。私たちもタダで治してもらえるだなんて思っていません。どんなに費用がかかったとしても必ず治療費を払います」

 繋はその言葉を聞いて首を振って訂正する。

「いえ、お金の話ではないんです。むしろお金は一銭もいらないというか。俺が唯ちゃんを治すとしたらお金は一切かからないと思います。そうですよね?」

 繋が青木に確認すると、青木は頷いた。

「はい、もちろん治療後の入院費諸々は今まで通りかかりますが、魔力過剰症の治療自体にはお金はかかりません」

 冴と樹は何を言っているのか分からないという様子だ。

「俺は隷属魔法という魔法を使えます。その話は青木さんから聞いていますか?」

「はい、それを使えば治療が可能だという話は聞きました」

「そうですか。その隷属魔法が抵抗の原因なんです。そもそも俺は隷属魔法を使うことを治療だとは思えません」

 繋は冴と樹に、隷属魔法について事細かに説明した。

 以前隷属魔法を使って愛華を救ったこと、その愛華の身体に起きた変化のこと、そして隷属魔法によって、唯の運命は繋に握られるということ。

「隷属魔法は禁忌に近いものだと思っています。それを唯ちゃんに使用していいのか、俺はそれで悩んでいます」

 繋の話を黙って聞いていた唯の両親は思いつめた表情で顔を見合わせた。

「そういうことだったんですね、心労をおかけして申し訳ない」

「いえいえ、俺のことはどうだっていいんですよ。むしろ治療ができるなんて言っておいてこんな話を聞かせてすみません」

 繋は樹に頭を下げられ、慌てて否定する。

「それで、唯ちゃんのご両親はどうでしょうか。隷属魔法の使用をどう考えますか?」

 青木が唯の両親に問いかけると、二人は揃って俯いた。

 そのまま数分が経過し、先に口を開いたのは樹だ。

「私は、唯を生かしてやりたいと思います。唯の人生が緑川さんに握られるとしても、命には代えられないと思うので」

 青木は樹の答えを聞いて大きく頷き、冴のことを見る。冴はまだ俯いたままだ。

「冴はどうだ?」

 樹が冴に催促すると、冴は意を決したように顔を上げる。

「青木さん、本当に、本当に唯を治療する方法は他にないのでしょうか。お金はいくらかかっても構いません。他に方法はありませんか?」

 冴の悲痛な言葉に、青木は首を横に振る。

「ありません。もちろん現状のように延命することは可能です。しかし、唯ちゃんの体力は日に日に低下しています。魔力過剰症を根本的に解決できなければ、半年ももたないでしょう」

「そうですか」

 青木の言葉を聞いて、冴は肩を落とし、唇を震わせていた。

「私は、今の話を聞いて隷属魔法というものに抵抗があります。それで唯が助かるとしても、他人に運命を握られているなんて唯が可哀想です」

 繋は冴の言葉を黙って聞く。

「でも、このままだと唯は生きられないんだぞ」

「あなたは唯の人生が、一生他人に縛られたままでいいと思うの?」

 唯の両親は冷静に話し合っているが、その言葉には確実に熱がこもっている。

 二人とも、自分の娘の人生を守りたいという気持ちは本物だ。

「緑川さん、先程隷属魔法を使うことに抵抗があるとおっしゃっていましたけど、私たちが了承した場合、あなたはどうするんですか?」

 冴は樹との話し合いを止め、繋に意見を求める。

 冴の問いに、繋は少し考える。

「分かりませんが、隷属魔法には最終的に唯ちゃん本人の同意が必要なので、唯ちゃん本人から、『生きたい』と言われれば責任をもってやると思います」

 繋の言葉を聞いて、冴は大きく息を吐いた。ため息というより、自分を落ち着かせるための息のようだ。

「そうだな、唯が自分で判断するなら、俺たちが何か口出しするべきじゃないんじゃないか?」

 樹がそう言うと、冴は小さく頷いた。

「そうね、まずは唯の意見を聞かなくちゃ」

 冴の言葉を聞いて、樹も頷き繋と青木の方を向く。

「私たちは唯の意見を尊重したいと思います。もし唯が治療を望めば、その時はお願いします」

 樹はそう言って冴とともに頭を下げた。

 繋はそれを聞いて重く頷いた。

「それでは、唯ちゃんの意識が戻って、お話できる時に再度緑川さんから説明してもらいましょうか。いつ意識が戻るか分かりませんが、唯ちゃんのご両親はこの後どうしますか?」

「私たちは唯の顔を見てから帰ろうと思います。今日会えますか?」

「えぇ、もちろん。ではこちらに」

 唯の両親と青木が部屋から出て行った。

「ご苦労だった。仕事に戻っていいぞ」

 柊はそう言って立ち上がった。

「俺の判断は、正しかったんですかね」

 繋が呟くと、出て行こうとしていた柊が振り返って繋を見た。

「正しいかは私が判断することではない。ただ、どちらにしろお前が正しいと思ったのなら、少なくともその行動は間違いではないだろう」

 柊はそう言い残すと部屋から出て行った。

 繋は大きくため息をつき、柊に続いて部屋を出る。

 繋が帰ろうとすると、前の方から看護師の佐野が走ってくるのが見えた。

「あ、緑川さん、すぐに来てください!」

 その顔は少し焦ってるように見える。

「どうしたんですか?」

 繋が走って佐野についていきながら聞く。

「今ちょうど唯ちゃんの意識が戻ったんですよ。だから、青木さんが治療の件を話してほしいって」

 突然のことに、繋は驚く。まさか唯の両親と会って早々に唯自身に選択を迫ることになるだなんて思っていなかった。もう少し、繋自身の気持ちを整理する時間があるものだと考えていた。

 佐野とともに唯の下へ急ぎながら、繋は覚悟を決める。

 繋は唯の入院している病室にたどり着き、大きく深呼吸してから扉を開ける。中には唯の両親、青木、そして起き上がったベッドを背もたれにして座る唯の姿があった。

 唯は何が起こっているのか分からないといった様子だ。

「緑川さんこちらへ。唯ちゃん、この人は緑川 繋さんという人で、繋さんから大事な話があるからちょっと聞いてもらえるかな?」

 唯は青木と繋を見比べて小さく頷いた。

 初めて対面する起きている唯は、育ち盛りの中学生にしては腕も首も何もかも細く、肌にハリがなく、目も虚ろに見えた。寝ている時より起きている時の方がそれらが顕著に分かる。しっかりと生きているところを見ることで、弱っているというのが鮮明に伝わってくる。

「こんにちは、唯ちゃん。俺は繋って言います。えーっと、青木さんと同じところで働いてて」

 初対面の女子中学生と何を話していいのか分からず、自己紹介から始めていると青木が耳打ちをしてきた。

「緑川さん、唯ちゃんはいつまで起きていられるか分からないので、手短に」

 繋は頷き、唯の目を真っ直ぐと見る。

「唯ちゃん、急にこんなこと言われたら混乱するかもだけど、俺は唯ちゃんの病気を治せるかもしれないんだ」

 それを聞いた唯は、今まで虚ろだった目を見開いて繋を見た。

 繋は少し早口で、それでも隷属魔法の危険性はしっかりと伝わるように唯に説明をした。

 唯はそれを黙って聞いている。ひたすら繋の言葉を理解しようとする唯を見て、繋は唯のことを賢い子だと思った。

「今言った通り、隷属魔法で唯ちゃんを助けられるかもしれないけど、代わりに唯ちゃんは一生俺に縛られたままになる。それを考えたうえで、唯ちゃん自身に決断してほしい」

 唯は繋の言葉を聞き、数秒間虚空を見つめてから、唯の両親を見た。

 唯の両親は固唾を飲んで見守っている。

 そんな両親を見た唯は再び繋を見て、口を開いた。

「やります」

 話すのが久しぶりなのか、唯の声は掠れていて聞き取りづらかった。

「それは、俺に隷属魔法を受けるっていう意味でいい?」

 繋が確認すると、唯は黙って頷いた。

 それを受け、繋は唯の両親と青木を見る。

 唯の両親は期待と不安が入り混じった顔で唯を見つめている。青木は笑顔だ。

「それじゃあ、とりあえず今日はここまでにしようか。せっかく唯ちゃんのご両親が来てくれてるから、家族の時間にしましょう」

 青木はそう言って、繋に病室から出るように促す。

 繋は青木と共に病室を後にした。

「緑川さん、ありがとう。これで唯ちゃんもご家族も安心できるだろう」

「本当にこれでよかったんでしょうか」

 不安な顔で聞く繋を見て、青木は一度手を叩いた。

「これは主治医である私や、何より唯ちゃん自身が決めたことだ。唯ちゃんにとって救世主である君がそんな顔をしていたら、みんな不安になるよ」

 青木は繋の目を見て続ける。

「もちろん、君にはこれから大きな責任がのしかかることは確実だ。それに関しては本当に申し訳ないと思うし、私や柊さんにできることがあるなら喜んでサポートさせてもらうよ。本当にありがとう」

 青木は深く頭を下げた。

「そんな、頭上げてくださいよ。まだ唯ちゃんを救ってもないんですから」

 繋がそう言うと、青木は「そうだな」と言って頭を上げ、手に持っていたタブレット端末を操作し始めた。

「確認だが、隷属魔法は本人からの了承さえあればあとは何もいらないんだね? 私たちが何かを用意する必要もないかい?」

「はい、って言っても俺自身紅月さんにしか使ったことないんで確実とは言えないですけど、大丈夫だと思います」

「分かった、では早速明日やってもらいますよ。明日の朝は私の下に来てください。柊さんには私から伝えておくから、明日はチジの業務はお休みだ」

 青木は「分からないことがあれば連絡ください」と言って繋に電話番号を教えると、そのまま去って行った。

 繋もチジの本庁舎へと戻る。

 これで本当によかったのか分からないまま、突然人を救うことになった繋は、そのプレッシャーや不安からその日の夜はあまり眠ることができなかった。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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