挙動不審な夫が怪しすぎる
家族で屋内型テーマパークに出かけた時の話──
子どもたちが小さかった頃は大変だった。
人の多いところになんか行けば、勝手にウロチョロして、危険なところへ入り込もうとしたりもするので、目が離せなかった。
すぐに疲れて眠たくなられて、抱っこして歩くとヘトヘトになった。
夫が一緒でなければ挫けていたと思う。
楽しかった。
大好きな韓流アイドルの3Dライブシアターを、一人で堪能した。推しがまるで目の前で投げキッスをしてくれるような体験ができた。
子どもが大きくなったからこそ享受できる自由を一時堪能させてもらった。
心から楽しかった。
子どもたちは夫が見ていてくれてる。お姉ちゃんも弟の面倒を見てくれるようになったとはいえ、早く戻らなくちゃ。
「一時の自由をくれて、ありがとう」って夫に言わなくちゃ。
待ち合わせの休憩所へ行くと、何やら様子がおかしかった。
夫が焦ったように、子どもたちに聞いている。
「ほんとうに気づかなかったか? よく思い出してみてくれ」
聞かれて、小学2年生の息子が答えていた。
「落としたら音ぐらいするじゃん? そんな音、しなかったよ?」
「バカね、あんた。こんな騒がしいとこで音なんて聞こえるわけないでしょ」と、小学4年生の長女が弟にツッコんでいる。
「どうしたの? なんか落とした?」
そう言いながら私が近づくと、明らかに夫が「ヤバっ!」みたいな表情をして、振り向いた。
息子が教えてくれる。
「なんかすげぇ大事なもの落としたんだってー」
長女が具体的な言葉でフォローした。
「財布落としたらしいよ。あの長いやつ」
夫が横を向いて、うなだれている。
そういえば、ズボンの後ろのポケットに、長財布を入れているのを私も見た。それが今、あったところになくなっている。
「そんなところに入れとくからでしょ〜……。お金、いくらぐらい入ってたの?」
私が聞くと、ようやく夫が体ごと、こっちを向いた。
「お金は三千円ほど……。あと、カード──といってもコンビニのプリペイドカードとか、そんなの」
それにしてはやけにしょげかえっている。
「落とし物として届いてるかもしれないわよ」
私は提案した。
「届いてるとしたらインフォメーションカウンターかな? 行ってみる?」
「あ! じゃ、俺、一人で行ってくるよ」
そう言う夫が挙動不審だった。
目を泳がせながら笑うその表情に、怪しげなものを感じ取った私は、一人で行こうとするそのズボンのベルトを、後ろから掴んだ。
訝しむ内心は隠して、にこにことしながら、言った。
「みんなで一緒に行こうよ。届いてるかどうか、私も心配だしさ。はぐれたら嫌だし」
明らかに夫の挙動が不審だった。
インフォメーションカウンターに向かって歩きながら、ずっと体はソワソワ、顔はうつむいている。
財布の中に、何か私に見られては困るものでも入っているのだろうことが、それを確かめるまでもなく、確信できた。
13年も夫婦をやっていたら、妻の知らない秘密のひとつぐらいできるものなのか──
夫は趣味で小説投稿サイトに小説を投稿している。
その他の趣味といえば、お酒を飲むこと──
あと、いいトシをしてロボットアニメをよく観ている。息子と一緒に観て、恥ずかしいぐらいにハッスルしている。
それぐらいしか趣味はないものだと思っていた。
ちょいぽちゃの妻と、小学生の子どもたちといつも一緒にいたら、そりゃストレスも溜まるだろう。
だけど、夫として、やっていいことと悪いことはあるはずだ。
インフォメーションカウンターに辿り着き、そこの綺麗なお姉さんに、夫が聞いた。
「あの……。財布を落としたんですけど……」
聞き方もキョドキョドしていた。
お姉さんが笑顔で夫に聞く。
「失礼ですが、どのようなお財布でしょうか?」
「あっ……。長財布です。茶色の……」
「お財布の中身はわかりますでしょうか?」
「あっ……。三千円の現金と、カードが……何枚だったかな」
「それだけでございますか?」
「あの……。言わないとダメですか?」
「申し訳ございません。確かに落とし物のお財布が届いてはおりますが、中身を正確に仰っていただかないと──お客様のものだと断定できませんので」
私は隣に立って、夫の横顔を見た。
汗をダラダラ垂らしている。
口をモゴモゴ動かしながら、言葉が出てこない。
私は二人の子どもを抱き寄せた。
今日でこの家族は終わるのかもしれないと、覚悟をした。
夫が言った。
「その……。女性の写真が……入っています」
目の前が暗くなった。
お姉さんがにっこり笑った。
「はい、確かに。こちらはお客様のお財布だと認証できましたので、お返しいたします」
お姉さんが長財布をカウンターの下から取り出し、夫に渡す前に、横から私が奪い取った。
夫が激しく慌てたが、構うもんか。
財布の中に現金とカードはしまわれてあったが、その写真はむきだしになっていた。
ラミネート加工され、ハート型に切り抜かれた写真に、幸せそうな笑顔の、若い女性が写っていた。
しかしなんだか見覚えのある女性だった。
すぐにわかった。
──これ、13年前の私じゃん!
夫の顔を見上げると、真っ赤になって、恥ずかしそうに目をぎゅっと瞑っていた。
「くだんねー……」
財布に写真を入れて、ポイッと夫に投げて渡した。
思い出した。
あれは新婚の頃、私が自分の写真をハート型に切り抜いて、ラミネーターで加工し、夫にプレゼントしたものだった。
当時、自分がそれを渡す時に言ったセリフまで思い出した。
「これ、ずっと大切にしてね? 離れてる時も一緒にいられるようにね!」
恥ずかしい……。
そんなセリフを言った、若い頃の自分が恥ずかしい。
それ以上に、そんなものを13年も大切に持ち続けている夫が恥ずかしい。
そう思いながらも、帰りの車の中で、ずっとニコニコしてしまった。
「あなた、私のこと、ほんとうに愛してるんだねー」と、口に出すのを必死にこらえていた。
その代わりに、普段なら滅多に言わないことを、口にした。
「今日の晩ごはん、焼肉食べ放題にしよっか」
息子が踊った。
「えー!? 大賛成!」
長女が笑った。
「わーい! あたし、全メニュー制覇する!」
ハンドルを握る夫は、疲れたように笑いながら、優しい声を出した。
「いいのか? そんなところ行ったら俺、ビール飲んじゃうぞ?」
「いいよ、いいよ。帰りはあたし、運転するから」
なんだか一日の疲れがぜんぶ吹っ飛んじゃった。
そして、考えていた。
『このひとが小説投稿サイトに投稿してる小説、一回も読んだことなかったけど……たまには読んでみよっかな』