表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢もへったくれもない妾論

作者: 無夜

025/07/03(木)

11 位[日間]ヒューマンドラマ〔文芸〕 - 短編

 皆さま、お読みいただきありがとうございます。


 領主の三男にあたる男が、事実上の家長に呼び出される。

「妾をつれてこい」

 と。

 彼は妾が二人いるのだが、小姓を連れていく。


ピクシブにも掲載


 馬を従者に引き渡し、館に入ると側室が出迎えて、上掛けを脱ぎ渡せばそれを受け取り、私室まで半歩後ろについてきた。

「ご報告がございます」

 側室は、有力な家臣の娘で、正室は他領地からの、同盟の約として嫁いできた者、だ。

「ご隠居様が、妾を連れて挨拶に来るように、と」

 私は足を止めた。

「妾。側室は駄目か」

「妾、と」

「動かせる妾、はいないな。小姓は妾にはいるのなら。呼んでおいてくれ」

 側室は家の中の、執事ごとをしている。

 正室は子を育てて、外向け(実家)に手紙を出したり、(他家から正式な)客がきたら、なんやかやと挨拶したりしている。

 私は三男なので、そうそう大事な客は来ないが。

 私室まで来ると、側室が部屋の引き戸を開け、中を確認する。

 座っていた妾が立ち上がり、

「大事なく」

 と、いつも通りの返事。

 私のことながら、私と上掛けは側室から妾に渡されて。

 側室は頭を下げて、「戻ります」と自分の領域に帰る。その前に小姓に声をかけてくれるだろう。

「お戻りを喜ばしく思います」

 と、妾。

 9歳年上になる。夫が死んで、子供三人を抱えていたので、引き取った。

 子らは、長男は屋敷の中の見回りなどが出来る年齢なので、いずれは母親も弟妹も引き取っていくだろう。

 そしたら、また身寄りがなく、子を抱えた女を妾に据える。

 統領の家に生まれた者の義務だろう。



 妾は二人いる。

 厨にいる、7歳上の女で、やはり夫をなくしている。10代までは再婚もあるが、25歳を超えると厳しい。前夫との間に子があり、夫に未婚の弟がいれば、そちらと婚姻して家を続けるのだが、それが出来ない(弟等、いない。継ぐほどの家ではない)となると、むずかしい。

 ただ、厨の女は子供5人いたので、引く手あまただったようだ。子宝の多い女は縁起がよい。が、二人目の夫も死んで、引き取り先がすっと消えた。

 夫殺しという縁起がついたので。

 二番目の夫は、いつ死んでもおかしくない50過ぎだっただろうに。

「ご隠居様からのお話、聞いております」

「お前たちは動かせない」

「存じております」

 厨(毒殺の危険が一番高まる部署)と部屋(刺客が忍びこみそうな場所)を守らせているのだ。

 湯浴みは正室か側室と入ることにしている。

 おかげで、兄たちからの嫌がらせから身は守れている。

 正室と側室は、自分では選べない。

 領地外との関係性で、正室は当主が決める。

側室も、領地内の有力な家臣達の勢力を見ながら、当主が決める。

 自分で選べるのは、妾と小姓ぐらいだが。

 ご隠居と呼ばれる100歳越えらしい大おじいさま、祖父の父、らしい。祖父さえ私は顔を知らない。

 あの方は、私たちが12歳になると、一回だけ個別で説教(怒る、ではなく、教える方の意)した、のを覚えている。



「正室、側室の序列は必ず守るように。自分が家の秩序を守らぬならば、臣下もまたその姿を見て、序列を乱す野心を疼かせよう。妾は自身の目をもって選べ。そして、裏切らぬ者を。愛欲より生まれた忠義は、憎悪にたやすくひっくり返り、情ほしさに場と序列を乱す。妾は、貞淑であり、すでに何人か子がおり、新たに自分との子を欲さぬ者が望ましい。正室・側室に子が出来なければ、子の後ろ盾になりうる家臣から再度側室を娶れ。妾の子は最終の最終、後ろ盾(母方の実家)なき子に家督を継がすは、愛でなく虐待である。子ができなくとも、正室は正室である。けして粗略に扱わぬように。もし、正室の実家から、あれは役立たずよと、なんぞ言うきたなら、正室の味方をするように。妾の話に戻るが、義理堅く、小さな違和感に気づく者を選び、側に、要所に置くように」

 優しく顔を覗き込んで、

「わかるか?」

 言われたことを覚えるのに必死で、眉を寄せていた私に問う。

「覚えます」

 わかる、というには十二歳の私には、難しかった。

「そうか、続けよう。小姓は有力な家の者から選ぶ。勘違いする者が多いが、私たちの欲の相手をさせる者、ではない。私たちが、欲の相手をする者だ。小姓は戦場に連れ行く妾、だが。先ほど言ったとおり、衣食住の面倒を見させなければならん。戦場で、下手に病気を貰ってこられては、小姓の家の家長に申し訳が立たぬ。手元に置くのだ。問題なく、その者が家を継ぎ、また長く義理と情が続くように、しておかねばならん。身近で世話をさせるには、他人ではなんとも都合がわるいが、閨を経れば、情がわく。他人を身内にする手っ取り早い方法であるが、さっきも言ったが愛欲で発生した情はたやすく憎悪に切り替わり、情を競って場を乱す。では、これを制するには?」

「人数制限と、定年制確約、みたいなもの?」

 その人は、驚いた様子で、そして頷いた。

「そして、約束の期日が過ぎて愛妾の年季が明けても、その後も気にかけている様子を見せるとよい。『今』の妾もきちんと勤めれば、期日まで地位を脅かされず、節度を守ればその後も目をかけて貰える、とわかれば、いたずらに場を乱すまい。乱す女もいるがそれは見極めるしかない」

 それから、これはおまえの精力次第だがと、前置きして。

「一ヶ月30日とす。夜を序列に従いこなすとして正室は3夜、側室は2夜、妾は1夜の割合で行う。さて。妾を3人持った場合、月に何夜正室に通うべきか」

「・・・9?」

「そうなる。数は自身の健康を鑑みて適正にな」

 というありがたいお言葉である。

 それから4ヶ月後に正室を娶った。



 現状、正室は『月に10夜でいいのです。ありがとうございます。側室に残りは渡してください』と、言い。

 側室は『御正室様より多くお情けはいただけません。月に7夜でもおそれおおく』

 妾・小姓『月に2度、頂ければ? え、最初そういうお話だったですよね?』


 妾に一人あたりに一ヶ月2夜通うと、三人いるため、正室は18夜になってしまうのだったが、辞退された。側室も12夜なんだが、辞退された。

 みんな私のこと、好きじゃないのかなと傷ついた。


 関係者一同「好き嫌いというより、30日で、合わせて36夜はおかしいから。旦那様には元気でいてほしいんです」

 そう言われると、確かに嫌になるかもしれない。

 妾はこれでいっぱいだな、と思っている。




 小姓は13歳で、二年前から仕えている。半年前に、正しく側置きの小姓になったばかり。

 その前までは乳母の子たちが「早くちゃんと小姓置いて」と言いながら、側にいた。

 彼らは一家を構えたので、そうそう館に詰められない。

「失礼します」

 と、言って、正座して引き戸を開き、頭を下げ、

「ご側室様からお呼びとうかがいました」

 と、声を発した。

 まだ低さのない、子供の声だ。

「うん、呼んだよ。一族の集まりに、おまえを連れて行くよ」

「畏まりました。ぜひ、お連れください」

 と、答えてから不安そうに。

「礼儀作法など、おさらいしてきてよろしいでしょうか」

「正室と側室に見て貰いなさい」

「ありがとうございます」

「多少の粗相があっても、おまえは目端が利くし、元気で可愛い。あまり気に病まないように」

「いえっ、さすがに、頭領様にお会いするのでは」

 当人も小姓頭に選ばれると思っていなかったところの抜擢だったから、畏まっている。

 選ばれたときに、「え、僕ですか? ほかに何人も美貌持ちの稚児いましたよね?」と、当人が心底不思議そうに声を上げてたが。

 小姓の美貌では私の命は守れないんでな。

 何か変だ、と気が付けて、それを私に伝えられる、というのが一番大きい。

 これは、家臣大半が些細なことを騒ぎ立てるのを「女々しい」とか「気が弱い」とか言って責め立てるので、声を上げる者が少なくなっているせいだが、本当に困る。

 服に毒針が仕込まれてないか、丁寧に確認し、茶を煎れて運んできて、その間誰にも茶器に触れさせず。

 そういったことが、ただ実直にこなせる者。

 稚児は、気が散りやすい。いや、本当に。猫かよ、ぐらいに、突発的なことが起きてそちらに気をとられると、それまでやろうとしていた仕事を、忘却する。

 兄たちが美麗な稚児を侍らせていたが、顔も実務も上出来ならそれにこしたことはないが、天はそうそう二物を与えないのだ。

 というわけで、野良仕事もして日焼けして、膝小僧とか勲章だらけのこれが、私の小姓である。

 不器用でも、一つ一つ仕事を着実にこなしていく。

 それ以外、望まない。

 そして、そういう点に置いて、妾枠ならダントツに、ご隠居がご教授してくださった正しい妾、であるだろう。

 もう、気が利かない稚児からまた選ぶのが面倒くさいから、この子にはずっと小姓をしてほしい。


小姓の親「跡継ぎなんで、嫁取らせるのでほどほどで返してください」



 厨の妾にも、出かけることがある旨を伝え、正室と子らにも、館をしばらく空けると伝え。

 子らと一緒に礼儀作法の練習をしている小姓をしばらく見守ったあと、今日は誰のところに行くんだったかと側室に問い(閨の管理もしている)。

 今日は休みの日だったかと、知ったので、子らとかわるがわるに碁を一局ずつ打って、なんぞ困りごとがないか聞いたりし。

 碁を打てない子らは石を掴んで上から落としたりするので、欠けるからやめなさいと泣かない程度にやんわり叱って、抱き上げたり振り回したりしたあと。


 今日は館にいる家族全員と話したなあ、と感慨深く思ったあと、寝た。




 で、本家、というか父のいる館に1日半かけて到着した。

 連れているのが小姓だったので、私が一番早かったな。

 兄たちは輿にでも妾を乗せているのだろう。

「最初がおまえか」

 早い者順にて、ご隠居との面接である。

「小姓は返さねばならんからな」

 と、ご老体は、私の小姓の頭を撫でて、ついで私の頭も撫でて、残念そうに言った。

「わしも、26ぐらいまで留めた小姓がおったが、小姓の家族が『もう返して』とせっつくので泣く泣く手放したわ」

「そりゃ、言われますよ」

「妾はおらんのか?」

「部屋妾と厨妾がおりますが、そのため館から出せません」

 これで通じると思っている。

「妾とは第二第三の自分の耳目ともなる。拠点の守りとして置くが正しい」

 通じた。やはりこのあり方で、正しかった。

「お褒め頂きまして」

「長男、次男がまだ来ないから、わからんが。わしの教えを一番理解しているようだから、まあ覚悟せよ」

 小姓は運ばれてきた茶を受け取って、茶器が汚れてないか、蓋をあけて、茶の色や香りがおかしくないか素早く確かめて、私の手元に置いた。

 毒味は出来ない。

 実質、このご老体が当主であり、彼が私に死ねというのなら、死なねばならない。

 ただ、私が死ねば、この小姓もその場で命を絶つだろう。

 けっきょく、戦場で側に置く者の条件とはそういうことだから。


 茶を飲む。


 毒はない。


 妾を連れてこい、というのはもうこれが最終の、家督相続試験となるだろう。

 次兄とは3歳、長兄とは5歳、離れている。

 三男でも競えるからこそ、毒や刺客が送られてくる。


「下がれ」

「はい」




 その後、長兄が美しく若い妾を連れてやってきた。

 次兄もふくよかで育ちの良さそうな美女を連れてきた。

 まあ、予想はしていた。


 私が連れてきた小姓を貶してきたが、私はこの子を庇い、滞在を許された離れに戻った。

 同じ説教を受けたはずなのに、なぜあれらを、誇らしげな顔をして連れてこられるのかわからない。


「もう少し、美形だったり愛らしかったら、主君に恥をかかせませんでしたのに」

 と、小姓は謝罪してきたが。

「ご隠居様から前に言われたことがある。美しさには主役としての運命があるのだそうな」

「運命? まあ、その、すごく幸運かもしれませんね?」

「妾に据えるなら、美しすぎてもいけない。だが、醜すぎてもいけない。美しさも、過ぎた醜さも、なんらかの運命が隠れているから。少しへちゃむくれて愛らしい感じの者がよい。美しい妾であれば、何人もの他者が奪おうと血迷うだろう。醜すぎるほどの姿に生まれた者は、ひどくやっかみを受けて場を乱すであろう。というわけで、普通に、どこにでもいそうなやんちゃな感じの、おまえにしたんだよ」

「褒められてない」

「言うようになったね」

 小姓の頭をくしゃくしゃした。




 この家督試験のあと、兄二人が自分たちの館でそれぞれ毒殺され、私が家督を継ぐことになった。

 ちなみに、私のところにも毒はきたが、厨の妾が「この野菜の色、変。臭いもおかしい」と騒いで、持ってきた者もその場で捕まった。

 ほとんどの人間には、言われれば『たしかに変かも』程度の差異で、うちの妾がとっても優秀で命拾いした。

「おまえなら持つだろう」

 と、ご隠居様は雲隠れし、守護者をなくした時期を私は頭領として振る舞うことになった。

 兄たちよりは盤石に地盤を固めた。

 小姓だった者たちは家を継ぎ、挨拶にこちらに来たときには側に座らせ、「おまえは繕い物がはやかったから、助かってたよ」等思い出話をし、手放すのがおしくておしくてたまらなかったのだと言うと、だいたい、裏切らない。

 妾達の連れていた子らは、育てば便宜を図った私に深く忠誠心を持ってくれて、妾を辞したあとの母親を折に触れて気にかけて遣っていれば、ますます深く敬愛の念を抱いてくれた。

 側室の家も、彼女が老いても側に置き、ほかに側室を貰うこともなかったので、他の勢力に気持ちを傾けることもなく。




 20年もしてから、あの方は若返って戻ってきたが、

「神罰みたいなものを喰らってな」

 と様子だけ見に来たのだと言って、笑った後、追っ手から逃げていった。

 その後も20年に一回ぐらい戻ってくるので、ありがたい正室・側室・妾の話を子らにしてもらっている。


 贄の里の、捕まった仙人が、ここのご隠居ですね。

 なにげに、この一人称の主人公が化け物というかサイコパスです。領地の制御に全振りしていて、愛欲の制御が完璧です。この化け物が誕生したから、あの男、神の里に殴り込めましたね。


 ついでに、この話の元になるネタは、コラム? でした。

 祖父の仕事(転勤?)についていった女の人の話で、「家のことを私がしていたが、私が嫁ぐことになったらいろいろ祖父は困ったので、妾を貰うことにした」と。家政婦雇うレベルで、妾貰うのかぁ、と思ったときに。

 あ、この爺さん、他人に家のことさせるの嫌なんだ、他人を手っ取り早く身内にするのが、「そーいうこと」なので、ある種潔癖性なんだろうな、と。家政婦(他人)に、世話されたくないんだろうな、と。


 手っ取り早く

 身内に


 小姓ってそういうことなんだろうなぁ、って。


 そういうネタから派生していた物語です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
好きです!!!確かに夢もへったくれもありませんが、確かな愛情というか、絆が垣間見える気がしました!!!愛って動詞なので、主人公にとても好感というか、主人公がただすごいなと感服するばかりです!!!ちゃん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ