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本物を探せ

 クレイから聞いた話では、ゴーバン王国は現在、隣国と戦争状態にあるらしい。


 本来なら、短期で決着がつくはずの戦だった。

 国力、兵力、魔術資源――数字だけを並べれば、王国が劣る要素はない。

 事実、開戦当初は王国軍が優勢だったという。


 だが、戦況は次第に噛み合わなくなった。


 騎士たちは以前よりも疲弊しやすくなり、

 魔術師団の結界も、かつてほどの強度を保てない。

 理由は分からないまま、前線だけが削られていった。


 そこへ、隣国が切り札を投入した。


 地精霊の力を応用した、鉄製の巨砲。

 粗削りではあるが、結界を正面から破砕できる新兵器。


 それは、戦争の流れを変えるには十分な存在だった。


「放っておけば、いずれ戦線は逆転する」


 聖域の静けさの中で、クレイが“監視の湖”を顕現させる。

 湖面に映るのは、北の戦線。

 土煙、怒号、歪み始めた結界。

 そして、隣国軍の陣地に並ぶ、鉄の巨砲。


「……どうして、隣国が精霊の力を?」


 私がそう尋ねると、クレイは湖面から視線を外さずに答えた。


「偶然だ。地脈の上にある鉱山で、地精霊の巣を掘り当てただけだ」


「それだけで……?」


「十分だ。低級精霊なら、適性のある人間が無理をすれば契約は成立する」


 一拍置いて、淡々と続ける。


「もっとも、その代償として、無事では済まんがな」


 私は湖面に視線を戻した。


 低級とはいえ、隣国は精霊の力を“兵器”にしている。

 一方、ゴーバン王国は――真の聖女を失い、国そのものが弱体化している。


「……勝敗は、ほぼ決まっているわね」


「そうだ」


 クレイは短く頷いた。


「隣国が勝てば、次は領土拡張に動く。

 そして――」


 クレイは一拍置いた。


「勝った国は、必ず“次の力”を探し始める。精霊、地脈、異界。自分たちが偶然掴んだものが、他にもあると信じるからだ」


 その先は、言葉にしなくても分かる。


「……いずれ、ここに辿り着く可能性もある」


 私がそう口にすると、クレイは初めてこちらを見た。


「だから今、見ている」


 その声音には、焦りも感情もない。

 ただ、起こり得る未来を“当然の前提”として捉えているだけだった。

 聖域の静けさの中で、クレイが“監視の湖”を顕現させた。


 一方で私は焦燥感に駆られていた。

 あの砲身が、この聖域に届く可能性は低い。

 けれど、「ゼロ」ではない。


(精霊の力を味えってしまえば、それに固執するのも時間の問題。もしかしたら、いつか私たちの領分に踏み込んでくるかもしれない)


 私は、湖面から目を離さずに言った。


「クレイ。あれを……無力化したい」


 クレイは、頷かなかった。

 否定もしない。

 代わりに、私の髪に指先を滑らせ、淡々と言う。


「やるなら、徹底しろ。中途半端は後始末が増える」


 昂りのない声音。

 判断だけを落とす、余裕。


「……王国を助けるためじゃない」


「分かっている」


 短い返答。

 理由の確認すら不要、という顔だった。

 私は、息を整える。


「地の精霊」


 意識を、地へ沈める。

 鉄、鉱石、結合、圧力。

 世界を支える“当たり前”が、手に取るように分かる。


「隣国軍の巨砲と、その周囲の鉄材だけ。鉄として形を保っている力を、少しだけ弱めて」


 対象を絞る。

 波及させれば、ただの災厄だ。


「砂みたいに崩れるほど……脆く」


 魔力が流れた。


 音はない。

 光もない。


 ただ、世界の一部が――静かに書き換わる。


 ※※※


 北方戦線。


「撃て! 王国の結界はもう持たん!」


 隣国軍指揮官の号令と同時に――


「……?」


 砲身に、細い亀裂が走った。


「砲身が――!」


 次の瞬間、亀裂は線ではなく面となり、

 鉄は、砂のように崩れ落ちた。


「ば、馬鹿な……!」


 砲だけじゃない。

 固定具、補強材、砲弾を支える枠。

 触れただけで、ぽろぽろと崩れる。


 “兵器”という柱を失った瞬間、軍は瓦解した。


「退け! 退けぇ!」


 撤退。

 恐怖。

 混乱。


 王国側の騎士たちは呆然としながらも、

 敵が崩れた以上、追い払うしかなかった。

 戦況は、結果として逆転した。


 ※※※


 同じ頃。


 ゴーバン王国北方、仮設聖堂。

 簡素な祈祷陣の中央で、ルシフォンスは立っていた。

 足元の地面は冷え、指先の感覚が曖昧だ。


「……女神よ……」


 祈るたび、胸の奥が削られる。

 以前のような“流れ”が、どこにもない。

 奇跡は起きている。

 けれど、軽い。


「止めるな」


 背後から、王太子アルフォンスの声。


「戦時中だ。しかもわが国は劣勢! 君の能力次第で国が崩壊してしまうのだ!」


 純白の光が広がる。

 ――薄い。


(前は、もっと……)


 その瞬間、外から叫び声が飛び込んできた。


「隣国の巨砲が崩壊! 戦況、反転しました!」


 歓声が上がる。


「女神の加護だ!」

「聖女様の祈りが戦況を変えた!」


 ルシフォンスの喉が、ひくりと鳴った。


(……違う)


 自分ではない。

 でも、それを口にする余地は与えられない。


 彼女は、ただ祈祷台に縋った。


 ※※※


 聖域。


 私は、目を開けた。

 疲労はない。

 けれど、胸の奥が、少し冷たい。


「私は今、兵器をいとも容易く無意味にした……」


 善でも悪でもない。

 ただ、選択をしただけ。

 それだけで、国が誇る兵器を無力化させてしまえた。


「……戦争は終わった。ゴーバン王国の勝利。隣国は無様に負けた」


 クレイは、感想を述べない。

 結果だけを見る。


「でも、これで隣国は“鉄の巨砲”に頼れなくなる。精霊の力に固執することもなくなる」


 精霊に執着さえしなければ、聖域も安心できる。


「少し、違うな」


 彼は湖面を見たまま言った。


「頼らなくなるのではない。作っても意味がないと、思い知る」


 そして、とクレイは言葉を続けた。


「次は、こちらが望む物を与える側になり、やがて国ごと服従させる。争わず、奪わず、しかし支配する事ができる」



 ※※※


 王都。


 宮廷魔術師団長が、震える声で言った。


「殿下……これは祈りでは説明できません。鉄の結合そのものが、変質しています」


「……何が言いたい」


「増幅です。しかも、桁が違う」


 視線が、公爵家へ滑る。


「リンフォード家の力は、他者を底上げする。ですが……今の聖女様では、ここまでの奇跡を起こさない」


 沈黙。


 ルシフォンスの脳裏に、ひとつの名が浮かぶ。


(……ソフィア)


 アルフォンスの顔色が、明確に変わった。

 雪の中に追放した少女。

 魔力ゼロと断じた“忌み子”。


 もし、あれが――本物だったなら。


「……探せ」


 低い声。


「どんな手を使ってでも。“本物”を連れ戻す」


 ※※※


 聖域。

 私は、クレイの隣に立っていた。

 湖面の向こうで、世界が騒いでいるのが分かる。

 歓声も、混乱も、欲望も。

 すべてが、こちらへ向かって流れ始めている。


「……気づき始めたわね」


 そう口にしながらも、胸の奥は落ち着かなかった。

 理解している。

 私の力が知られれば、必ず誰かが来る。

 王族。

 貴族。

 かつて私を追放した、あの国の人間たち。


(奪いに来る……)


 助けを求める顔をして、

 当然のように手を伸ばして、

 また私を“都合のいい存在”として扱う。

 そんな未来が、鮮明に浮かんでしまう。

 私は、無意識のうちにクレイの袖を掴んでいた。


「……ここまで来られたら、どうするの?」


 問いは、弱さを含んでいた。

 彼は、ようやくこちらを見る。

 視線は冷静で、揺らぎがない。


「来させなければいい」


 即答だった。


「お前が望まないなら、誰一人、ここには辿り着けない」


 断言。

 可能性の話ですらない。


「もし、それでも来るなら?」


 私がそう重ねると、クレイはわずかに口角を上げた。


「精霊王として、対処する」


 それだけ。


 大仰な宣言も、誇示もない。

 起きる前提で、処理方法を語っているだけだった。


「奪うつもりで踏み込むなら、踏み込めないと教える。命令するつもりなら、命令が届かないと理解させる」


 淡々と、しかし一切の余地を残さず。


「お前は、もう“奪われる側”じゃない。ここは、俺の領域だ」


 その言葉で、胸の奥にあった恐れが、すっと引いていく。

 守ると言わない。

 戦うとも言わない。

 最初から、負ける前提が存在していない。

 私は、ゆっくりと息を吐いた。


「……ありがとう」


 小さな声だった。

 クレイは応えない。

 ただ、再び湖面へと視線を戻す。


「奴等は、いずれ、動き出すだろう」


 淡々とした声だった。


「だから、その前に対処しておく」

「……ええ」


 私は、はっきりと頷いた。

 事態は、まだ表に出ていない。

 だが、流れはすでに生まれている。

 かつて私を切り捨てた世界が、

 自分たちの欠落に気づき、こちらを探し始める。

 そして、誰がどこまでこの聖域に踏み込めるのか。

 その境界を定めるのは、王国でもなければ私でもない。目の前にいる頼もしき精霊王だ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


少しでも面白いと感じていただけましたら、

ブックマーク登録やポイント評価をしていただけると、

今後の執筆の大きな励みになります。


続きも順次更新していきますので、

引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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