満ちる聖域と欠け始める王国
聖域に新たな仲間が加わってから、一週間が過ぎた。
振り返ってみると、公爵令嬢として過ごした十余年よりも、この七日間のほうが、よほど密度のある時間だったように思う。
聖域の広間には、やわらかな光が満ちている。
精霊たちは気ままに舞い、レオンハルトとシエルは、私から少し距離を取って、それぞれの役目を果たしていた。
「聖女様、薬草茶です」
差し出された湯気に、ほのかな香りが混じる。
「あなたの魔力で煎じると、効き目がまるで違います」
「ありがとう、レオンハルト」
それだけで、彼は耳まで赤くして固まった。
その様子を横目に、シエルが外套を差し出す。
「こちらも仕上がりました。軽さと防御の均衡は、これ以上は望めません」
「助かるわ。大切にする」
二人の献身を受け取りながら、私は自然と玉座の方を見た。
クレイ・オーガは、そこにいた。
腕を組んでいるわけでも、こちらを凝視しているわけでもない。
ただ、そこに“在る”だけ。
それなのに、不思議と場が締まる。
「……慣れてきたな」
不意に、彼が言った。
「何に、ですか?」
「与えられることにだ」
私は言葉に詰まった。
「以前のお前は、受け取るたびに怯えていた」
責めるでもなく、慰めるでもない。
ただ、事実を述べる声音。
「今は違う」
それだけ言って、クレイはそれ以上続けなかった。
評価も、感想もない。
けれど、その沈黙が妙に重く、同時に頼もしく聞こえた。
※※※
同じ頃、ゴーバン王国。
白亜の聖堂に、ざわめきが広がっていた。
「……女神よ、祝福を」
祈祷台に立つのは、“聖女”と呼ばれる少女。
名はルシフォンス・リンフォード。
“忌み子”として国を追い出されたソフィアの妹である。
現在、ゴーバン王国は隣国と領土の奪い合いで戦争を真っ只中だ。
国力も士気も優勢であり、本来なら勝利が確定している戦いではあったが、騎士達の“原因不明の弱体化”により劣勢を強いられている。
「リンフォード家の力を頼るしかない」
「ああ。他者の力を底上げする力。この力によってこの国はここまで大きくなったのだ」
純白の光が灯る。
だが――弱い。
「……あれ?」
誰かが呟いた。
「前は、もっと……」
「気のせいだろう」
そう言った声に、確信はなかった。
奇跡は起きている。
だが、確かに物足りない。
聖堂を満たすはずの高揚が、どこか薄い。
「体調が優れないのかもしれませんね」
「そうであって欲しい。じゃなきゃこの国は終わりだ」
そう結論づけられ、儀式は終わった。
だが、その違和感は、確かに残った。
※※※
その日の夕刻。
王宮の会議室では、別の不安が膨らんでいた。
「騎士団の報告が、また下方修正です。このままでは、隣国との戦争は我々の敗北で終わってしまいます」
「魔術師団も、結界の維持に支障が出始めています」
「原因は?」
「……不明です」
沈黙。
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……以前は、こんなことはなかった」
その言葉に、誰も反論できなかった。
※※※
聖域に、再び静けさが戻る。
私は薬草茶を飲み干し、息をついた。
「クレイ」
「何だ」
「……私は、今、ここにいていいのよね」
彼は、即答しなかった。
代わりに、立ち上がり、私の前に片膝をつく。
視線が、同じ高さになる。
「お前が選んだ場所だ」
それだけだった。
でも、その言葉は、不思議と胸に落ちた。
選ばれたのではない。
選んだのだ。
その違いが、今の私を支えている。
聖域の光は、今日も変わらず穏やかだ。
そして、私の知らない場所で――
かつて私を切り捨てた世界は、理由の分からない違和感を抱え始めていた。
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