捨てた国と拾われたものたち
聖域での生活が始まって、一週間が過ぎた。
私の増幅魔法と精霊たちの力によって生み出される品々は、いつしか人間界で“奇跡の物品”と呼ばれるようになっていた。
揚げ物や菓子、そして私の力で品質を極限まで引き上げられた魔道具。
それらは、精霊王クレイ・オーガの手配によって、ごく限られた商人を通じて流通している。
価格は、法外。
それでも、需要は尽きなかった。
「確認しろ、ソフィア」
クレイが静かに手を振る。
次の瞬間、聖域の広間に、金貨と宝石が積み上がった。
まるで山のように。
「……これが、対価、ですか?」
「そうだ。命より重い価値があると、人間が勝手に決めた結果だ」
淡々とした声だった。
誇示も、嘲りもない。
「この富が示しているのは、お前の力ではない。お前を失った世界の、飢えだ」
私はその言葉を噛み締めながら、財宝を見つめた。
この力があれば、私と同じように理不尽に捨てられた人たちを救えるのではないか?
「クレイ。この金を使って、王都の奴隷市場に関わりたいのです」
彼は、すぐには答えなかった。
しばし沈黙の後、ゆっくりと告げる。
「……直接行く必要はない。お前が見るべきものは、人間の闇ではない」
拒絶ではなかった。
判断だった。
「私が精霊の視座から市場を観測し、お前の力と共鳴できる者だけを選び出そう」
※※※
その夜、クレイは二人の人間を連れて聖域へ戻ってきた。
一人目は、灰色の獣耳を持つ青年。
鎖に繋がれながらも、背筋は折れていない。
「獣人族の王族、レオンハルト。戦に敗れ、商品として扱われていた」
二人目は、痩せ細った銀髪の青年。
「王国の元エリート暗殺者、シエル。王家の不正を知り、処分された存在だ」
私は一歩前に出て、静かに魔力を流した。
増幅魔法が、二人の中に眠っていた力を呼び覚ます。
瞬間、二人の圧が変わる。
レオンハルトの獣の力は、嵐のように膨れ上がり、
シエルの気配は、完全に空間と同化した。
「……これが……本来の、力……」
私は二人の枷を外す。
「自由です。私に仕える義務はありません。去るなら、それも選択です」
だが、二人は迷わなかった。
「あなたは、私を“人”として扱った」
「命令ではなく、選択を与えてくれた」
二人は膝をつき、頭を下げる。
「剣として、盾としてあなたの意思を守る存在になることを望みます」
私は、静かに頷いた。
「ありがとう。では、仲間として迎えます」
その様子を、クレイは黙って見ていた。
やがて、短く告げる。
「良い選択だ、ソフィア。人を縛るのではなく、選ばせた」
そこには、嫉妬も、怒りもなかった。
ただ、信頼が混ざった評価があった。
※※※
後に、クレイは水鏡を開く。
映し出された王都では、異変が広がっていた。
騎士団の装備は、以前ほど機能していない
魔道具の効率低下。
有能な人材が、裏から消え始めている。
「……なぜ、こんなことが……」
貴族たちは混乱している。
原因は、誰にも分からない。
クレイが淡々と告げた。
「力ある者を“価値のない存在”として捨てれば、いずれ、価値ある者はその場を去る。当然の結末だ」
クレイは、水鏡から目を離し、言葉を続ける。
「……だが、まだ彼らは理解していない」
クレイは、静かに言葉を継ぐ。
「何を失ったのかを」
聖域には、変わらず穏やかな光が満ちていた。
公爵令嬢ソフィア・リンフォードは、もう存在しない。
今ここにいるのは――
選ばれ、選び返した聖女ソフィア。
そして、彼女の不在が世界に与える影響は、これから加速していくことになるだろう。
外界を見下ろす上位存在であるクレイは、後の惨劇を確信していた。
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