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世界は、私がいなくなってから壊れ始めた

 太陽の光を浴びた輝石が、室内を虹色に満たしていた。

 私が目覚めたのは、ふかふかの獣毛が敷かれた寝台の上だ。


 追放から数日。

 人生で初めて感じる、何にも脅かされない安寧が、静かに胸を満たしていた。


 広間へ向かうと、精霊王クレイ・オーガは既に玉座に座していた。


「目覚めたか、ソフィア」


 低く澄んだ声。

 その眼差しには熱があるが、感情を押し付けるような色はない。


「おはようございます、クレイ。……体調は、もう問題ありません」


「そうだろう。この聖域は、お前にとって最も適した場所だ」


 クレイは立ち上がり、私に近づいたが、触れることはしなかった。

 ただ、確かめるように一瞬だけ視線を巡らせる。


「人間界の粗末な衣類は、すでに精霊に還しておいた。だが、何を着るかはお前が決めろ。ここでは、お前が王だ」


 その言葉に、胸の奥が静かに震えた。

 ――守られているのに、縛られていない。

 その時、クレイの背後に六つの光が現れ、それぞれが人の姿を取った。


「聖女様。我ら、光と闇をはじめとする六大精霊との契約が、完全に定まりました」


 精霊たちは一斉に跪く。

 その姿に、私は思わず息を呑んだ。


「ありがとうございます……皆さん」


「ソフィア。感謝は不要だ」


 クレイが静かに告げる。


「お前が力を与えているのではない。

 お前が“在る”ことで、世界が正しい形に近づいているだけだ」


 精霊たちはその言葉に、誇らしげに微笑んだ。


「聖女様は、我らの力の源。だが、支配者ではありません」

「我らは従属ではなく、共鳴しているのです」


 クレイはそれを否定も肯定もしない。ただ一言、


「……理解しているなら、それでいい」


 とだけ告げた。


 ※※※


 その後、私は聖域の厨房へ向かった。

 守られているだけではなく、自分の力を理解したかったからだ。


「火精霊。力を貸してください」


 私が求めたのは、公爵家でも難しいとされていた

 “完全に安定した火加減”。


 衣をつけた肉を油へ落とし、意識を集中する。


「この油の温度を、一瞬も揺らがせず、最適に保って」


 火精霊が嬉しそうに応じる。

 私の増幅魔法が重なった瞬間、油は生き物のように安定した。


 揚がった肉を一口食べて、思わず目を見開く。


「……全然、違う」


 外は軽く、中は驚くほど柔らかい。

 そこへ、クレイがいつの間にか立っていた。

 差し出した一切れを口にし、彼は静かに目を伏せる。


「……なるほど」


 それだけだった。

 だが、その声には確かな納得があった。


「精霊の力が“成果”として結実している。これは戦の力ではない。文明の力だ」


 続いて、風精霊の力を借りて焼いた菓子も完成する。


「聖女様。これは……文化そのものです」

「人間界では、再現不能でしょう」


 私ははっきりと理解した。

 この力は、単なる増幅ではない。

 “本来あるべき完成形へ導く力”


 ※※※


 日が傾いた頃、クレイは聖域の水鏡を開いた。


 そこに映ったのは、王都の一角。

 訓練場で剣を振るう騎士たちの姿だった。


 ――鈍い。


 動きは揃っているが、力がない。


「……?」


 騎士団長が眉をひそめ、声を荒げている。


『なぜだ。以前なら、この程度で息が上がることはなかったはずだ』


 別の場面では、教会。

 祈りを捧げる義妹ルシフォンスの姿。


 光は、確かに生まれている。

 だが、以前より――弱い。


『……本日は、少々お疲れなのかもしれませんね』


 民衆のざわめきが、微かに広がっていく。


 私は、何も言わずに水鏡を見つめていた。


「始まったな」


 クレイが、淡々と告げる。


「奪われたのではない。

 彼らは、自分たちで“捨てた”のだ」


 私は静かに頷いた。


「……私が何もしなくても、因果は返るのですね」


「そうだ。お前は、もうそこに立つ必要はない」


 水鏡が閉じ、聖域には再び穏やかな光が満ちる。


 私は確信した。

 ここから先、世界は私を中心に動き始める。


 公爵令嬢ソフィア・エリスティアは、確かにあの夜に終わった。


 ――今ここにいるのは、

 精霊に選ばれ、世界の因果から自由になった聖女ソフィア。


 そしてその選択が、

 あの国にとって取り返しのつかない意味を持つことを、

 まだ誰も理解していない。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


少しでも面白いと感じていただけましたら、

ブックマーク登録やポイント評価をしていただけると、

今後の執筆の大きな励みになります。


続きも順次更新していきますので、

引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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