エピローグ 再び愛を誓おう
ソフィア連邦は相変わらず恒久的な平和を維持している。
今や人間も、精霊も、魔獣ですら膝を折る存在“万象の母”と呼ばれている始末だ。
私の《増幅》と《創造》の力は、もはや一国を救う程度では収まらない。惑星そのものの生態系を書き換え、死という概念すら曖昧にするほど、世界に生命を満たしていた。
そして、そんな私の隣には、出会ったあの日と何一つ変わらない眼差しで、狂おしい独占欲を宿す精霊王、クレイ・オーガがいる。
「……また、増えたな」
玉座の間。
クレイは窓の外に広がる黄金色の都を見下ろし、
愉悦を含んだ低い声で呟いた。
「何が?」
私は背後から彼に歩み寄り、
その逞しい腰に腕を回す。
「お前を崇める者の数だ。この大陸に、お前の名を呼ばぬ者はいない……気に入らん」
振り返ったクレイは、壊れ物を扱うようでいて、逃げ場を一切与えない力で私を抱きしめた。
「お前を愛していいのは、名を呼んでいいのは、私一人でいい」
触れられた瞬間、彼の魔力が歓喜に震え、私たちの周囲には自動的に絶対遮断の結界が展開される。
「ふふ……相変わらずね。でも、彼らが私を崇めるのは、あなたが世界を守ってくれたからよ」
そう囁くと、クレイは私の耳元を甘く噛み、
深く、執着を刻み込むように口づけた。
「……お前の愛は、私とアルシエルだけのものだ。もし誰かが不敬を働けば、私は世界を一度更地にし、お前と私だけの楽園を創り直す」
比喩ではない。
彼にとって、この世界は私を輝かせるための舞台装置でしかないのだから。
※※※
その時、玉座の間に足音が響いた。
「父上、母上」
そこに立っていたのは、“二代目精霊王”に就任した我が子アルシエルがいた。
彼は父であるクレイと同じ深い青の瞳に、母である私と同じ白銀の髪をなびかせ、その身に纏う魔力はすでに父すらも凌駕せんとするほどの威容を放っていた。
いや、もはや父を超えたといっても過言ではないだろう。
我が子として順調に育ってくれて誇らしかった。
「精霊界の境界線、再構築が完了しました。これで母上の庭園に、不浄な魔力は一切届きません」
恭しく一礼するその視線は、父と同じく、私への思慕と執着に満ちている。
「よくやった、アルシエル。これで私は、もっとソフィアと二人きりでいられる」
「勘違いしないでください父上。これは母上の為です。母上が穢れを感じずに済むなら、それ以上の価値はありません」
……本当に、似ている。
父と子。
二人から全方位で向けられる「包囲愛」。
それが、
ソフィア連邦という溺愛の箱庭の真実だった。
※※※
一方、幸福の光が届かない場所もある。
かつて私を捨てた者たちの成れの果てが、世界の最果てで今も生きていた。
旧王国跡地。
そこは私の魔力によって隔離された、不毛の地。
「……ソフィア……許して……」
泥にまみれ、死ぬことすら許されないアルフォンスが地を這っている。
私の放つ《永遠の生命》が、皮肉にも彼の命を繋ぎ止め、後悔と飢えと渇きだけを、終わりなく与え続けていた。
公爵夫人は、もはや自分が何者かも忘れ、
私の香気を感じるたび、顔を掻き毟って泣き叫ぶだけの存在になっている。
彼らにとって、私の幸福こそが、この世で最も残酷な“復讐”だった。
※※※
精霊界最深部。
すべての魔力の源泉。
かつて私とクレイが婚姻を結んだ場所でもあった。
「どうしてまたここへ?」
私の問いに対し、クレイは答える。
「アルシエルは立派な王となった。一区切りとしてもう一度誓い合おう。私達の永遠の愛を」
クレイは私を抱き寄せ、精霊王の核――命そのものを晒した。
「誓おう、ソフィア。お前が望むなら、私は神にも魔王にもなる」
私は微笑み、自分の《創造》をその核へ注ぎ込む。
「私も誓うわ。あなたの愛が、私に名前と未来をくれた」
二つの力が溶け合い、光が世界を貫いた。
その瞬間、愛は“真理”として確定した。
※※※
空を見上げながら、アルシエルは静かに微笑む。
「……ご安心ください。この世界は、私が守ります。
我々の平穏に、邪魔が入らないように」
こうして、追放された少女の物語は、神話となった。
不幸だった私は、世界で最も愛される女神になった。
そしてこれからも愛こそが、この世界の唯一の正解と呼べるだろう。
ソフィアとクレイ、そしてアルシエルの神話は、まだ終わることはない。




