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祝祭の日

 ソフィア連邦が、人の理を越えた「神聖帝国」として完成してから、幾年の時が流れた。

 かつて追放された少女ソフィアが築いたこの国は、今や大陸全土にとっての希望そのものだった。


 空は常に澄み渡り、大地は尽きることのない恵みを生む。

 病も、貧困も、争いさえも、この国では過去の物語に過ぎない。

 人々はただ、女王への感謝と、穏やかな幸福の中で日々を生きていた。


 そして今日は、その繁栄を象徴する《永遠の祝祭》の日。


 連邦の都・クリスタルパレスは、七色に輝く魔力結晶で彩られ、

 世界中から集まった数百万の人々が、女王の姿を一目見ようと地平線を埋め尽くしていた。


 ※※※


「……クレイ、そんなに見つめられたら準備が進まないわ」


 パレス最上階。

 純白のドレスを纏った私が、鏡越しに苦笑する。


 背後に立つ精霊王クレイ・オーガは、

 獲物を見つめる獣のような眼差しで、ただ私だけを見ていた。


「準備など不要だ。お前は、そこにいるだけで世界で最も輝いている」


 一拍置き、低く続ける。


「……やはり祝祭は中止にしよう。数百万の視線にこの美しさを晒すなど耐え難い。今すぐ精霊界の最奥へ連れ去り、私だけのものにしたい」


 そう言って、クレイは私の腰を引き寄せ、白銀の髪に顔を埋める。

 その独占欲は、私が“世界の母”と呼ばれるようになった今も、衰えるどころか激しさを増していた。


「だめよ。今日はみんなが楽しみにしているわ。それに……アルシエルも、あんなに張り切っているもの」


 窓の外。

 すっかり大人の男性へと成長したアルシエルは神子としての威厳を纏い、空飛ぶ精霊軍を指揮して祝祭の空に巨大な光の薔薇を描き出していた。


「……あの息子も、お前に執着しすぎだ。将来、私からお前を奪おうとするなら、今のうちに精霊界へ追放してやりたい」


「フフ……父上。それはこちらの台詞でございます。貴方もそろそろご隠居してはどうでしょうか? 母上のことなら僕が面倒見て差し上げます」


 クレイの小言に対し、アリシエルが挑発的に反応する。

 2人のじゃれ合いは日行茶飯事であった。

 実際に戦ったらどちらが勝つのかは私も気になるところだ。

 やはり若さと才能あるアリシエルだろうか?

 これを言ったらクレイがヘソを曲げそうなので私は何も言わずに微笑んで眺めていた。


「ふふ。自分の息子に嫉妬するなんて、クレイらしいわ」


 私は彼の頬に手を添え、まっすぐに見つめる。

 その眼差しは、かつて絶望の底にいた少女のものではなかった。


 ※※※


 祝祭が始まると、私の声が連邦全土に響き渡った。


「愛する我が民たちよ。この繁栄は、皆さんが互いを慈しみ、世界を愛してくれた証です。私の《創造の力》は、皆さんの幸福のためにあります」


 手を広げると、背後に控えるクレイとアルシエルの魔力が重なり、大陸全体を包む《黄金の雨》となって降り注いだ。


 その雨は、苦痛を癒し、心に温かな愛を芽生えさせる。

 世界そのものを浄化する、女神の奇跡。


「ソフィア女王陛下万歳!ソフィア連邦万歳!」


 歓声は、もはや祈りだった。


 ※※※


 祝祭の合間、私は気まぐれでかつての旧王国の地へ遠隔視を向けた。

 そこは今、《罪人の監獄》として荒れ果てた死の土地となっている。


 泥にまみれ、かつての王太子アルフォンスは土を掘り返していた。

 空を彩る祝福の光に焼かれ、叫び、絶望に沈む姿。


 彼らにとって、私の幸福こそが最大の呪いだった。


 だが、私は気にも留めなかった。


「……もう、彼らの声は聞こえないわ」


 その言葉に、クレイが背後から抱きしめる。


「当然だ。不浄な塵の声を、お前の耳に入れる価値はない」


 私の世界に、過去は存在しない。


 ※※※


 夜。

 空にはアルシエルが描いた《永遠の星座》が輝いていた。


 庭園で二人きりになった私とクレイは、月光を浴びる。


「あなたが私を見つけてくれなかったら……」


「違う。お前が私を呼んだのだ。お前こそが、私の存在理由だ」


 誓いの口づけ。


「お前が望むなら、繁栄も破壊も思うがままだ。私は、お前という名の神を信奉する、唯一の精霊王だ」


「ええ。私たちは二人で一つ。永遠に、この世界の主であり、愛の奴隷ね」


 微笑み合い、二人はパレスの奥へ消えていった。


 外では祝祭が続き、新しい時代の幕が上がる。

 ソフィア連邦の神話は、ここで一つの極致に達した瞬間でもあった。

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