それから五年後、父と息子は今日も女王を独占している
アルシエルが誕生してから、五年の歳月が流れた。
その五年間で、ソフィア連邦は、もはや「国家」という枠を完全に超えていた。
“世界を照らす中心”
人々は、そう呼んでいた。
私の《創造の力》は、連邦全土を覆う精霊力の網を通じて、飢えも病も争いも、この世界から静かに消し去った。
人々は彼女を現世に顕現した唯一神として崇め、精霊王クレイ・オーガを、その神を守護する絶対者として畏敬している。
そして今。
その二柱の血を引く存在が、新たな伝説を紡ぎ始めていた。
※※※
「……父上。この術式は非効率です」
白銀の髪を揺らし、虹色の瞳を理知的に細めながら、五歳のアルシエルが淡々と告げる。
「大地の精霊を直接駆動させるより、核となる魔力に僕の《増幅》を噛ませた方が、山一つを瞬時に黄金へ変えられます」
空中庭園。
クレイが示した精霊魔術の基礎は、わずか数秒で改変され、より高次の術式へと書き換えられていた。
五歳とは思えぬ魔力量と理解力。
その才は、すでに精霊界の五大精霊王すら凌ぎつつある。
アルシエルは私の《創造と増幅》クレイの《根源と支配》その双方を、最も完成された形で受け継いでいた。
「……ふん。相変わらず生意気だな」
クレイは鼻を鳴らす。
だが、その口元には隠しきれない誇りが浮かんでいた。
「だが正しい。私の息子である以上、世界の理を書き換えるくらいでなければ困る」
そして、声を低くする。
「忘れるな、アルシエル。お前の力は母上を幸せにするためだけに使え」
「承知しています、父上」
アルシエルは即答した。
「母上の微笑みこそ、僕の世界の全てです。不快にさせる存在があれば、根源から消去します」
五歳児の言葉とは思えぬ冷徹さに、空気が一瞬で凍る。
クレイとアルシエル。
二人が放つ私への独占欲は、すでにこの世界そのものの安全装置だった。
※※※
「あらあら。二人とも、また難しい話?」
満開の白薔薇に囲まれたガゼボから、私が姿を現す。
二十一歳となった私は、少女の面影を残しつつ、神域に相応しい成熟した美を纏っていた。
歩くたび、精霊たちが光の粉を散らし、世界が私に跪く。
「母上!」
先ほどまでの冷気は消え、アルシエルは一瞬で無邪気な笑顔に戻り、私の胸元へ飛び込んだ。
「今日も世界一お美しいです。庭園の百合を七色に染めておきました。お気に召しますか?」
「ふふ、ありがとう。とても素敵よ」
その瞬間、背後から強く引き寄せられる。
「……アルシエル。いつまでも甘えるな」
クレイの声は低い。
「ソフィアを抱いていいのは、私だけだ。お前は自分の部屋で宇宙の真理でも探求していろ」
「父上こそ大人気ないです。母上は僕の母上でもあります」
女王を挟み、精霊王と神子が火花を散らす。
それは、この世で最も甘美で、最も危険な光景だった。
※※※
一方、下界。
旧王国は、すでにソフィア連邦の「大罪人収容区」として保存されている。
時は止まり、腐敗だけが続く空間。
泥にまみれたアルフォンスは、かつてソフィアを閉じ込めた小屋と同じ広さの牢で泥の石を磨き続けていた。
「……ソフィア……アルシエル様……」
祝福の光を見上げ、彼は理解している。
自分が捨てた幸福の大きさを。
公爵夫人もまた、鏡のない壁に向かい、意味のない言葉を繰り返す亡霊と化していた。
彼らに与えられた最大の罰は、女王ソフィアに完全に忘れ去られたことだった。
※※※
夕刻。
謁見の間には、大陸全国家の代表が平伏していた。
「万象平和条約を永久に遵守し、全魔力資源をソフィア連邦に委ねます」
私は、ただ穏やかに微笑む。
「顔を上げてください。私は、この世界が家族のように愛に満ちることを望んでいるだけです」
指を鳴らすと、黄金の祝福が降り注ぐ。
寿命、知性、繁栄すべてを底上げする女王の恩寵。
「……お前の慈悲は、今日も深いな」
クレイはその手に口づける。
「だが忘れるな。私の慈悲は、お前を愛する者にしか与えられない」
「僕もです、母上」
アルシエルが反対の手を握る。
三人の影が、夕日の中で重なった。
追放された少女は、
精霊王の愛に出会い、世界を創り、神話の中心となった。
この愛の帝国に、夜は来ない。




