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精霊王の溺愛が加速した日

 神子アルシエルが誕生してから、

 ソフィア連邦の時間は、まるで祝福そのものに包まれたかのように流れ始めた。


 甘く、濃く、満ちていく感覚。

 悲しみや不安といった感情は、ここには存在しない。


 クリスタルパレスは、もはや王宮ではない。

 私の《創造魔法》によって活性化された精霊魔力が、建物全体を薄い膜のように覆い、

 病も、老いも、負の感情すら、近づくことを許されていなかった。


 庭園の花々は、アルシエルの産声を聞いて以来、一度も枯れていない。

 七色の光を宿したまま、永遠を約束されたかのように咲き続けている。


 ――その中心で。


 クレイの溺愛は、すでに「過保護」という言葉を通り越していた。


「……ソフィア。アルシエルが、また浮いている」


 最上階に設えられた、私たち家族だけの寝所。

 私は寝椅子に腰掛け、アルシエルを抱いていた。

 背後からクレイの腕が回され、低く不機嫌な声が耳元に落ちる。


「風の精霊どもが、勝手に遊ばせているようだ。

 私の許可なく、我が子に触れるとは……不愉快だな」


 本気で、風の概念そのものを凍結させかねない声音。


 生後数か月のアルシエルは、白銀の髪を揺らしながら、

 指先で小さな光の蝶を生み出しては、楽しそうに笑っている。


 そのたび、空間に花の香りが満ち、精霊たちが歓喜に震えた。


「いいじゃない、クレイ」


 私はくすりと笑い、アルシエルの頬を撫でる。


「精霊たちも、この子が大好きなのよ。

 それに――ほら、こんなに楽しそう」


「……それが問題なのだ」


 クレイは、私の首元に顔を埋め、独占欲を隠そうともしない。


「私は、お前に触れる時間も、この子に触れる時間も、

 精霊ごときに邪魔されたくない」


 断言。


「ソフィア。お前は私のものだ。

 そしてアルシエルは、私たち二人の愛の結晶だ」


 その腕が、さらに強く私を抱き寄せる。


「誰であろうと、私たちの間に介在することは許さない」


 ……隔離願望が、順調に悪化している。


「シエル。レオンハルト。入れ」


 短い命令で、二人の忠臣が入口に現れた。

 中に入ることは許されない。跪いたまま報告を待つ。


「本日の謁見はすべて中止だ。

 どれほどの財宝を積まれようと、アルシエルの昼寝より価値はない」


 即決。


「隔離結界を、さらに三層追加しろ。

 外界の空気が、この子の肺に触れることすら我慢ならん」


「御意」


 シエルの声は冷静だった。

 彼の仕事は、もはや国家運営ではない。

 女王一家の絶対的安全確保――それだけだ。


「レオンハルト。旧王国の掃除は?」


「順調です」


 牙を覗かせ、愉快そうに笑う。


「旧王都は現在、“永遠の懺悔場”。

 かつての王族どもは、自らの罪を石に刻み、それを磨き続けています」


 死という救済すら与えられない。

 ただ、忘れ去られた存在として生き続けるだけ。


「……もういいわ」


 私は静かに言った。


「その名前を、これ以上出さないで。

 私の世界には、もう関係ない」


 クレイは即座に頷き、再び私とアルシエルだけを見る。


 ※※※


 午後、私はクレイに抱かれたまま、空中庭園へ向かった。


 地上数千メートルに浮かぶ、天空の楽園。

 私の魔法と、クレイの精霊力が支える、世界で最も神に近い場所。


 手をかざすと、アルシエルの魔力が共鳴し、

 クリスタルの羽を持つ小鳥たちが舞い降りてきた。


「クレイ……見て」


 私は息を潜める。


「アルシエル、言葉を……」


 小さな唇が動く。


「……ち……」


「父、か?」


 クレイが、信じられないものを見るように息を呑む。


「……ちち……うえ……」


 その瞬間。


 空気が震え、全精霊が歓喜の声を上げた。


「聞いたか、ソフィア!!」


 精霊王は完全に理性を失った。


「私を呼んだ! 私の息子が、私を父と認めた!!」


 クレイは私とアルシエルを抱き上げ、天へと舞い上がる。

 喜びの魔力が連邦の空に幾重もの虹の橋を架けた。


 人々は祈り、精霊は歌い、

 世界はまた一つの奇跡を受け入れる。


 ※※※


 夜。


 パレスのテラスから、私はかつての旧王国を見下ろした。


 そこに、恨みも未練もない。


「……おやすみなさい、過去の私」


 そう呟くと、クレイが私を引き寄せる。


「過去など、もう塵も残っていない」


 低く、甘い声。


「お前の前にあるのは、私の愛と、

 アルシエルが築く輝かしい未来だけだ」


 私はその腕に身を委ねた。


 追放された少女は、もういない。

 ここにいるのは――

 愛によって世界を包み込む、精霊王妃だけ。

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