精霊王と王妃の子
その日、ソフィア連邦だけでなく人間界と精霊界を隔てていた境界線そのものが、かつてないほど大きく揺れ動いた。
昼であるはずの空に、星々が瞬き、虹色の光がカーテンのように世界を覆う。
大地からは、結晶の芽が次々と生まれ、枯れた砂漠は一瞬で緑へと塗り替えられていった。
世界が理解していたのだ。
これから生まれる存在が、新しい理そのものになるということを。
※※※
《愛のクリスタルパレス》最奥。
私の寝室は、濃密すぎる魔力の奔流で満たされていた。
「……っ、は……」
浅く息を吐くたび、体の奥で何かが確かに動いているのが分かる。
額を伝う汗を、青白い光が包み込んだ。
クレイの精霊力。
それは守護というより、祈りそのものだった。
「ソフィア……! 私の女王……!」
彼の声は、明らかに震えていた。
「苦しいのか? 痛むのか?
なぜ私は、お前の苦しみを代わってやれない……!」
握られた手に力がこもり、ベッドの縁が軋む。
普段、世界の均衡そのものである精霊王が、今はただの男の顔をしていた。
「クレイ……大丈夫よ」
私は、彼を見上げて微笑む。
「分かるの。この子が……外に出たがってる。
とても、温かい力……」
苦痛はある。
けれど、それ以上に確信があった。
私の《創造の力》は、すでにこの命と完全に同調している。
私の中に宿るのは、ただの子ではない。
私の“増幅”と、クレイの“根源”。
その二つが溶け合い、生まれようとしている、生きる奇跡。
「シエル! レオンハルト!」
クレイが叫ぶ。
「聖域の魔力を最大まで引き上げろ!この部屋に害となる要素は、世界ごと排除しろ!」
扉の向こうで、二人が即座に応じる気配がした。
「……大丈夫です、クレイ」
私は息を整えながら言う。
「この子は、祝福されて生まれる」
そして、その瞬間が来た。
私の全身から、純白の光が溢れ出す。
増幅ではない。限界突破ですらない。
創造そのものが、解き放たれた。
光はパレスを突き抜け、空へと昇り、世界を包み込む。
「ソフィア!」
クレイが、私を抱きしめた。
音が消え、光だけが支配する空間。
そして……。
「……おぎゃあ……」
澄み切った産声が、世界に響いた。
※※※
光が収まったあと、
私の腕の中には、小さな命があった。
白銀の髪。
深い青の瞳。
その奥に、虹色の光を宿している。
指先がわずかに動くたび、空間が再構築される。
枯れかけていた花が咲き、ひび割れた壁が修復されていく。
生まれたばかりなのに、この子はすでに世界に影響を与えていた。
「……私の……赤ちゃん……」
頬に触れると、
その子は、まるで分かっているかのように微笑んだ。
その瞬間、世界中の精霊たちが、一斉に祝福の歌を奏で始める。
「ああ……」
クレイの声が、震える。
「これが……私たちの子……」
彼は、私ごと強く、けれど壊れ物を扱うように抱きしめた。
「よく耐えてくれた、ソフィア。
お前が産んだこの子は、世界の未来そのものだ」
※※※
その光は、世界の隅々にまで届いた。
旧王国の廃墟で、石を運ばされていたアルフォンスも、
空を裂く祝福と産声を感じ、膝をついた。
「……もう……届かない……」
彼の心に残ったのは、後悔だけ。
公爵夫人もまた、光に目を焼かれながら、
自分の手を見つめ、ただ謝罪を繰り返す存在へと堕ちていった。
※※※
私は、クレイと共にバルコニーへ出た。
腕の中には、この子がいる。
広場に集まった人々は、誰に命じられるでもなく跪いた。
恐怖ではない。
本能的な敬意だった。
「今日、新しい歴史が刻まれた」
クレイの声が、大陸を震わせる。
「この子の名はアルシエル」
私が、そっとその名を口にする。
アルシエルが、小さな手を開いた瞬間、
世界中の空に白い薔薇の雨が降り注いだ。
それは加護。
病も、絶望も、静かに遠ざける祝福。
「……クレイ、見て」
「……ああ」
彼は私の肩を抱き寄せる。
「お前が世界を生み、この子が世界を導く。
私は、そのすべてを守る」




