愛の牢獄にて祝祭を
ソフィア連邦が建国一周年を迎えたこの日を、後の歴史家たちはこう記すことになる。
――神話が、現世に降り立った日。
かつて「絶望の森」と呼ばれていた場所には、今、白銀の都が広がっている。
私の《創造の力》と、クレイの精霊王としての魔力が結晶化した都市。
街の至る所に咲く永遠の白い薔薇は、花弁が舞うたび、人々の病を癒し、心に安らぎをもたらしていた。
……けれど。
その祝祭の喧騒とは裏腹に、私のいる場所――《愛のクリスタルパレス》最深部は、驚くほど静かだった。
※※※
「……クレイ、もういいわ。私は病人じゃないのよ」
私はベッドの上で、彼の腕に包まれながら苦笑する。
懐妊してからというもの、体調はむしろ良好だ。
魔力は研ぎ澄まされ、意識も冴えている。
しかし、クレイにとって私の中にもう一つの命が宿ったという事実は、彼の独占欲を完全に解き放つ引き金だった。
「いいや、ソフィア」
低く、断定する声。
「お前の体内では今、世界で最も尊い変化が起きている。私の魔力と、お前の増幅魔法が混ざり合い、新しい生命を紡いでいるんだ」
彼は私の腹部に耳を当てる。
人間には決して聞こえない、魔力の萌芽の音を探るように。
青い瞳に宿るのは、深い愛情とそれを守るためなら世界を滅ぼしても構わないという、危うい決意。
「お前が動く必要はない。望むものはすべて、私が運ぶ。歩く必要もない。行きたい場所があるなら、この腕で連れていく」
「見たい景色があるなら、ここに、創ればいい」
甘い言葉。
同時に、それは私をこの部屋に閉じ込める“愛の檻”でもあった。
「クレイ……」
私が何か言う前に、彼は短く名を呼ぶ。
「シエル。レオンハルト」
影から、二人の忠臣が音もなく現れた。
「本日の式典、女王の登壇は中止だ。バルコニーに出ることすら、私の許可なくしてはならぬ」
クレイは続ける。
「大衆の視線が、彼女の肌に触れることすら、今の私には耐え難い」
「承知しました」
シエルは即座に頷く。
「式典は、女王様の創造の化身を魔力投影する形で進行します。本物の女王様を、雑多な衆目に晒す必要はありません」
「警備も万全です」
レオンハルトが低く唸る。
「周囲十マイルに精霊騎士団を展開。蟻一匹、女王様の安眠を妨げさせません」
……本当に、過剰だ。
でも私は、胸の奥に湧き上がる感情を否定できなかった。
かつて「忌み子」と呼ばれ、誰にも必要とされなかった私が、今は神にも等しい存在たちに、ここまで執着されている。
「……わかったわ」
私は微笑む。
「今日はあなたの言う通りにする。でも――」
窓の外を指さす。
「せめて、祝福を届けるくらいは許して」
クレイは一瞬だけ迷い、それから私を抱き上げたまま、窓際へと向かった。
※※※
窓の下には、中央広場。
数十万の人々が、私を待っている。
クレイは背後から私を包み込み、魔力を注いだ。
私はその力を受け取り、《創造の力》を解き放つ。
「――皆に、祝福を」
次の瞬間、空が黄金色に染まった。
光の粒子でできた“恵みの雨”が降り注ぎ、
人々の疲労を癒し、魔力を底上げしていく。
歓声が、地鳴りのように響く。
その光は国境を越え、
旧王国の廃墟にまで届いた。
……泥の中で石を運ぶアルフォンスも、
洗濯場で震える公爵夫人も、空を見上げていることだろう。
その光景を見て彼らが何を思っているのかは知らない。というより、関心がなかった。
あれは、私が捨てた過去だ。
※※※
「もう満足だろう、ソフィア」
クレイは窓を閉め、私を柔らかなソファへ運ぶ。
「お前の慈悲深さには嫉妬する。祝福は、本来、私とこの子だけのものでもいい」
彼は私の指先に、ひとつずつ口づけを落とした。
「だが安心しろ。この奇跡も、この命も、私が永遠に守る」
「お前は、何も考えずただ私の愛に溺れていればいい」
私は目を閉じる。
彼の鼓動。
私の中の、小さな鼓動。
重なり合う魔力。
「ええ、クレイ」
静かに、そう答えた。
「ここは、世界で一番安全な、“愛の牢獄”だもの」
彼の腕が、さらに強くなる。
精霊王妃ソフィアの物語は、
建国一周年を越え、次代へと続いていく。
究極の溺愛の上に築かれた、永遠の王国として。




