先を見据える精霊王
アシュトリア帝国第一王子ゼオンに与えられた公開の屈辱は、一つの「事件」として、世界中に伝播した。
帝国は一夜にして魔道具技術を失い、
その軍事力と富の源泉を根本から断たれた。
――誰もが理解した。
ソフィア連邦に逆らうという選択肢は、
もはや「無謀」ではなく、「自滅」なのだと。
それ以降、人間界で連邦に牙を剥こうとする国は、
一つとして現れなかった。
※※※
国際的な波紋が静まり、聖域には、再び穏やかな時間が戻っていた。
私は、いつものようにクレイに抱かれたまま、
連邦の未来図を広げていた。
精霊力の道はさらに伸び、人も、技術も、資源も、自然とここへ集まってくる。
「この流れなら……」
私は指先で図面をなぞる。
「十年もあれば、世界の富の半分が連邦に集まります。飢えや貧困で苦しむ人は、ほとんどいなくなるでしょう」
クレイは静かに頷き、私の耳元に顔を寄せた。
「その富は、すべてお前のものだ、ソフィア」
低く、確信に満ちた声。
「そして、その安寧の中心にいるのは、お前と私だ。
世界は、最初からそのために回っている」
独占的な言葉。
けれど、不思議と息苦しさはない。
それが奪う支配ではなく、
守るための宣言だと、私は知っているから。
※※※
それでも、彼の独占欲は日常にも滲む。
「……シエルが、お前と視線を合わせすぎだ」
「レオンハルトもだ。書類を渡すとき、距離が近い」
私は、思わず微笑んだ。
「彼らは忠臣よ、クレイ」
彼の胸元に額を預ける。
「それに……私の心は、もう精霊界であなたに預けたでしょう?」
指輪に触れる。
「この誓いがある限り、私の居場所は変わらない」
クレイの腕が、静かに強まった。
「……それでいい」
短い言葉。
けれど、その奥には確かな安堵があった。
※※※
その日の午後。
クレイは私を連れ、精霊界の最果てへと向かった。
目的地は、時すら留まると言われる《永遠の湖》。
湖面は光そのものでできており、
私たちの姿を歪みなく映し出している。
「見ろ、ソフィア」
クレイは湖を見つめたまま言った。
「お前と私は、変わらない。この世界がどう変わろうと、な」
「ええ」
私は答える。
「あなたの隣にいる限り、私は迷わない」
クレイは私の手を取り、その指にある契約の指輪へ、そっと口づけた。
「この指輪は、誓いの証だ」
一拍置いて、続ける。
「だが……私は、それを未来へ繋げたい」
彼の視線は、私ではなく、“これから先”を見ていた。
「お前の《創造の力》と、私の精霊力。その結晶を、この世界に残したい」
それは、欲ではない。
支配でもない。
――継承の話だった。
「私たちが築いた世界を、次の時代へ渡すための存在だ」
私は、胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。
「……あなたらしいわ、クレイ」
微笑んで答える。
「世界を守る方法を、いつも未来に置くところが」
私は、彼の胸に手を当てた。
「もし、それがこの世界をより良くするなら……私は、あなたと同じ選択をします」
クレイは、ほんのわずかに目を細めた。
「ありがとう、ソフィア」
※※※
永遠の湖の光が、静かに広がる。
それは誓いであり、未来への約束だった。
悲劇から始まった追放の物語は、いつの間にか愛によって世界を導く物語へと変わっていた。
私は、もう振り返らない。
ここが、私の選んだ居場所だから。




