新たな物語の幕開け
精霊界での婚姻の儀を終え、私はソフィア連邦の女王であり、精霊王妃となった。
肩書きが増えたところで、することは変わらない。
違うのは、私が考えたことが、そのまま世界になるという点だけだ。
聖域の中心は、もはやかつての簡素な小屋ではない。
白銀のクリスタルと精霊の魔力で編まれた都市が広がり、空気そのものが澄んでいる。
精霊力の道を通じて、人も、富も、情報も集まってくる。
旧王国も、隣国も、今や比較対象にすらならない。
私はクレイに抱かれたまま、執務を続けていた。
この体勢が一番、落ち着く。
「女王様。ルーヴェンブルク王国より報告です」
シエルの声に、私は視線だけを向ける。
「環境再生魔道具の効果が想定以上とのことです。鉱山が急速に肥沃な土地へ変わり、労働者が農業へ転向し始めています」
「……それは、良いことですわ」
私は少し考えてから答えた。
「農業技術を指導なさい。その代わり、収穫の半分を連邦へ。鉱石より、食糧の方が長く価値を生みますもの」
合理的で、冷たい判断。
でも、誰も困らない。
クレイの腕が、私を引き寄せる。
「やはり、お前は美しい。判断も、在り方もだ」
耳元で囁かれ、思わず息が漏れた。
「だが、不満が一つある」
「……何でしょう?」
「あの伯爵が、お前に直接訴えを出したことだ。次からは全て、シエルを通せ。お前の声は、私だけが聞けばいい」
独占欲を隠さない言葉。
それを不快に思わない自分に、もう驚きはなかった。
※※※
一方、旧王国の遺物たちは、今も生きている。
王太子アルフォンスは、相変わらず王族の身分とは程遠い雑用を強いられていた。
泥にまみれ、かつての面影はない。
「私は……王だ……」
誰に届くでもない言葉を、繰り返し呟きながら。
彼に与えられた次の仕事は、かつて私を追放した小屋の跡地を清掃し続けること。
逃げ場も、終わりもない。
公爵夫人もそれは同じだ。
「こんな……汚い仕事……!」
虚しい叫び声が響く。
美しさに執着した女から、美しさだけが削られていく。
霊薬に縋り、霊薬に裏切られ、霊薬を育てる側に落ちた。
命は奪わない。
けれど、救いも与えない。
それが、私の創った世界の秩序だ。
※※※
夜。
クレイは私を、連邦で最も高い塔へ連れて行った。
闇に沈む旧王国の跡地と、
光に満ちた連邦の都市。
その対比が、はっきりと見える。
「ソフィア。あれが、お前を捨てた世界だ」
私は黙って頷いた。
もう、胸は痛まない。
「彼らは、いつかお前が振り返ると思っている。助けを求めると、まだ信じている」
クレイの腕が、強くなる。
「だが、お前は違う。見るべきは未来と私だけだ」
その言葉に、私は彼の胸に額を預けた。
硬く、温かく、揺るがない。
「クレイ。私はもう、十分に満たされています」
本心だった。
「あなたが、私を選び続けてくれる。それだけでいい」
この世界に、追放される場所はもう存在しない。
私が、居場所そのものになったのだから。




