はじまりの場所での静かな挙式【第一部完結】
これで第一部完結になります
今日はいよいよ、精霊界流の婚姻の儀の日だった。
人の世界で結ばれた契りを、今度は精霊の理のもとで完成させる。
私はそのために、精霊王クレイ・オーガに抱き上げられていた。
「行くぞ、ソフィア」
その声は低く、静かで、迷いがない。
クレイに抱かれたまま、私は精霊界の大地を進む。
やがて彼は歩みを止め、前方の空間へと手を伸ばした。
指先が、ゆっくりと円を描く。
クレイは短く言葉を紡ぐ。
「――精霊界よ、道を開け。我が妃を、誓いの座へ導け」
短い呟き。
それだけで、空気が変わった。
風が止み、音が消える。
足元の影が溶けるように薄れ、世界そのものが、静かに裏返った。
扉はない。
裂け目も見えない。
ただ、次の瞬間には、景色が変わっていた。
空は七色の光を帯び、大地は結晶のように澄んでいる。
草花は魔力を宿し、踏み出すたび、足元から小さな精霊たちが舞い上がった。
「……ここが……」
「《精霊契殿》婚姻の儀を行う、真の聖所だ」
クレイは言葉を続ける。
「この場所では、王でさえ嘘をつけない。偽りの誓いは、存在そのものを拒まれる。だからこそ、ここで結ばれた絆は、世界そのものに刻まれるのだ」
私は、自然とクレイの胸に額を預けていた。
「……連れてきてくれて、ありがとう」
「当然だ」
彼の腕が、わずかに強くなる。
「お前は、ここで妃になる。精霊界が、それを証明する」
クレイが辺りを見回して告げる。
「精霊達も俺達を祝福してくれている」
遠く、光の集まる場所が見える。
精霊たちの気配が、そこへ向かって収束していた。
世界そのものが、私たちの結婚を祝うために整えられている。
「ここは、精霊界始まりの場所だ」
クレイが、私をそっと地に降ろす。
「精霊界の歴史は、ここから始まった。そしてこれからは、お前と共に刻まれる。さあ、俺達も歴史の一部となろう」
こうして私達の結婚式は幕を開けた。
※※※
私は、祭壇の中央に立った。
周囲には、地・水・火・風・光。
五大精霊王たちが、静かに、だが確かな威光を放って並んでいる。
その視線は祝福だった。
畏怖ではない。受け入れだ。
クレイが、再び私の前に跪く。
精霊王としてではなく、ただ一人の存在として。
「ソフィア」
青い瞳が、真っ直ぐに私を映す。
「お前を、精霊王妃として迎える」
クレイの声は低く、揺るがなかった。
「だが、それは名だけの地位じゃない」
そう告げて、彼は静かに自身の胸へ手を当てる。
次の瞬間、青白い光が、心臓の位置から引き抜かれた。
それは、鼓動していた。
精霊王の核。
王である証であり、命そのもの。
「これを受け取れ」
迷いはない。
「お前も、精霊となる」
その意味の重さを、私は理解していた。
人としての一線を越えること。
もう、戻れないということ。
それでも、私はその光を両手で受け取った。
触れた瞬間、世界が震えた。
精霊界の空気が一斉にざわめき、
私の内側から、今までとは次元の違う力が溢れ出す。
それは、増幅魔法すら、ただの土台へと押し下げる感覚だった。
力を“強める”のではない。
力そのものが、内側から組み替えられていく。
理解した。
これは、能力を増幅させる力の延長ではない。
“存在を与える”ための力だ。
一を十へ引き上げるものではない。
零だったものに、千という形を与えてしまう。
世界に、力を生み落とす、創造の力。
銀色だった髪が、白銀へと変わり、縁取るように青い光が走る。
視界の奥で、世界の構造そのものが書き換わっていくのが分かった。
私は、もう人間ではない。
精霊界と人間界を繋ぐ、女王。
「クレイ……あなたの全てが、私の中に流れ込んでくる……」
言葉が、自然と零れた。
苦しくない。
怖くもない。
ただ、満たされていく。
※※※
婚姻の儀が始まった。
水が注がれ、火が灯り、地が固まり、風が巡る。
そして――誓い。
「私はクレイ・オーガ」
精霊界全体に、声が響く。
「ここに、ソフィアを唯一の精霊王妃として迎える。
彼女の安寧を脅かす者、その存在を、根源から否定することを誓う」
私は、一歩前に出た。
「私はソフィア。クレイ・オーガの妻となることを誓います」
指先に、あの指輪が光る。
私の魔法と精霊王の力が絡み合い、白銀の輝きが世界を満たした。
その瞬間、理解した。
これは鎖じゃない。
檻でもない。
――帰る場所だ。
「これで正式だ」
クレイが、私を抱き上げる。
「お前は、俺の女王だ」
口づけと共に、魔力が奔流となって溢れ出す。
精霊たちの歓喜が、世界を満たした。
※※※
七日間。
精霊界で過ごしたその時間は、人間界では一瞬だった。
戻った私の内側には、確かな変化があった。
増幅魔法は、もはや力を高めるものではない。
望めば、世界を形にする力。
クレイが、私を玉座に抱き寄せる。
「さあ、ソフィア。俺たちの世界を創ろう」
私は、彼の胸に額を預けた。
硬く、温かく、揺るがない。
ここにいれば、もう何も失わない。
私は知っている。
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