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第七話

 声をひそめて話しながら、使用人のお仕着せに身を包んだ三人は、夜闇の中をそろそろと歩いていた。


「……それで、花の件は解決したのか」

「えぇ。とりあえずあの花が確かにダリエ家管理のものであるという事は確認したわ」

「それ、解決したところで何かすっきりするものなの?」

「気になる事は何でも確かめたい性分なの」

「「知ってる」」


 折しも今夜は満月であり、灯りがなくとも足元に不安はない。

 ところどころに衛士はいるものの、万が一声を掛けられたらテオバルトとフランチェスカがお忍びだと言ってにこりと笑えばそれで誤魔化せてしまうはずなので、扮装すら気分を高めるための演出のひとつだった。勿論、見つからないようにやることは大前提だ。

 ちなみに悪魔はアレクサンドラに用意された客室でお留守番である。

 肝試しというより真夜中のピクニック気分で大回廊を通過して西離宮へ向かっていた三人だったが、いよいよ離宮の建物が見えてくると次第に口数が少なくなって、入り口が見える距離まで近づいた頃にはすっかり無言になっていた。

 昼にはただの眠れる建物であったそこは、夜中に見ると何だか灯りの無さがじわりと底知れない不安のようなものを与える。


「あら、衛士はもういないみたいね」


 茂みの影から建物付近の様子を伺ったフランチェスカは、すぐに何かに気付いて後ろにいたテオバルトとアレクサンドラに静かにと合図を送った。

 合図に従い身を小さくして茂みに隠れた二人はフランチェスカに何事だと視線を送ったが、その答えはすぐに建物の方から聞こえてきた。


「──っ!」


 人の声だ。それも何処かで聞き覚えのある声。

 その声が耳に入った瞬間、アレクサンドラの眉間にわずかに皺が寄った。


(この声、昼間の……)


 名を聞くことすらしたくないあの無礼な娘の声ではないか?

 ちらと声のした方を見てみるとそこにあったのは二つの人影だった。

 ひとつはあの娘だとしてもう一つは誰なのか。

 まさか此処で逢引をしていたのはあの娘だったのかと三人が顔を見合わせてから再び人影の方へと視線を向ける。


「毎回毎回いい加減にしてちょうだい! こちらの迷惑を考えてほしいわ」

「も、申し訳ありません。ですが……」

「何よ! 言い訳しようっていうの!? ダリエ家の管理が甘いからこんな事になるのでしょう!」

「申し訳ありません!」


 誰かを怒鳴りつけている人影は頭まですっぽりとフード付きの外套で隠していたが、声であの娘とはっきりわかる。むしろあんなに不遜で無礼な娘がその辺にほいほいいては堪らない。

 そして同じように頭巾のようにショールを被って顔を隠し、頭を下げ続けているのは、昼に会ったリリアーヌ・ダリエと見て間違いないだろう。


「いい? お情けでお前の事を黙っていてあげているのよ。私はいつだってお前の醜い正体を周りに明かせるんだから!」

「それだけはお許し下さい! どうか、どうか……!」


 リリアーヌが例の娘の外套を掴もうとすると、娘はその手を無慈悲に叩き落として目を吊り上げた。


「触らないで! 病気がうつったらどうするのよ!」

「違……っ、私、病気じゃ……」

「あぁ、穢らわしい」


 下手に入っていくのも憚られ、物陰に隠れたままの三人がどうしようかと顔を見合わせながら困惑している内に、フランチェスカの足元でぱきりと音がした。どうやら小枝を踏んだらしい。

 その音が聞こえたのか、花を管轄する家門の二人の娘は同時にハッと顔を上げる。

 逃げるように先に踵を返したのは外套の娘だった。

 残されたリリアーヌはショールを頭に被ったまま、恐る恐る辺りの様子を確認した後、先に行った娘と同じ方角へひらりと身を翻した。

 三人が潜んでいる場所とは反対側に走っていったので、どうやらそちらに抜け道があるようだ。


「……何だか幽霊よりもすごいものを見た気分だわ……」


 二人の気配がすっかり消えた頃、アレクサンドラ達はほうと息を吐いて静まり返る離宮を見上げていた。


「なぁ、ひとつ思ったんだが……」

「おそらく私も同じ事を思ったわね」

「えぇ、私もお兄様と同じ事を思った気がするわ」


 離宮から今度は地面に視線を落とし、テオバルトが呟く。


「この離宮の例の噂。あの二人が原因じゃないか……?」


 他の二人も地面を見詰めてこくりと小さく頷いた。

 夜な夜な嘆き謝る銀の髪をした女性の霊。

 先ほど見た光景はそんな噂と容易に重なった。


「あんなに謝って……。見るからに何か弱みを握られていそうだったな」

「えぇ。それにあのショールを見た? 月光に当たると銀色っぽく見えたわ」

「あーぁ、幽霊の噂なんて現実はこんなものよね」


 廃離宮の女主人の正体が、同業にいびられ謝罪する娘の様子であるとは、これなら何も起こらずにいた方がまだロマンは残ったかもしれない。

 怪談話の裏側など、多くはこのようにつまらないものだ。理解はしていてもさすがにがっかり感は否めない。

 アレクサンドラとしてはこの離宮に幽霊などいないと確認出来たことこそ収穫ではあるのだが、それはそれ、これはこれというやつである。


「どうする? 大回廊は先ほど通ったが特に異変はなかったな。西の塔にでも行くか」

「お兄様、私は嫌よ。ただ気味の悪い塔があるだけだし、あそこに辿り着くまでに身を隠す場所だってないじゃない」

「鏡の間か大庭園ならどうかしら」


 あまりに残念な真実を目の当たりにした三人が、気を取り直してせっかくだから王宮七不思議の舞台となる別の場所にも寄ろうかと相談を始めた、その時だった。


「え……?」


 ガチャン、と離宮のドアから音がした。

 まるで鍵が開けられたようなその音に、アレクサンドラは目を丸くして一度離宮の正面扉を見て、そしてテオバルトとフランチェスカへと振り返った。

 テオバルトとフランチェスカにも同じように音が聞こえていたようで、二人も驚いた顔で硬直している。


「あの離宮、西の塔同様に今は使われていないから施錠されているはずよね?」

「あぁ。離宮は父上が自ら鍵をかけて以来、一度も開いてはいないと聞いている」

「でもお兄様。今の音は……」


 ギギギと軋んだ音がしそうなぎこちなさで、三人は離宮の扉を見つめた。

 月明かりに照らされた離宮に人の気配はなく、いつも通りにひっそりと静まり返っている。

 しかし確かに鍵の開いた音がしたのだ。

 明るい月夜であるというのに、ちょうど建物の陰となっているその正面扉は、なんだか巨大な生き物がぽっかりと口を開けているようにも見えた。

 それを見てアレクサンドラは正直たじろいだ。


(悪魔を連れてくるべきだったかしら。でも連れてきたところで何が出来るという訳でもないし、今頃は昼に足止めしてくれた御礼のお菓子を楽しんでいるところでしょうから、なかなか呼びづらいわね……)


 呼ぶべきか。やめるべきか。

 アレクサンドラは数秒葛藤し、しかし己の葛藤の中に扉を確かめないという選択肢が存在しなかったのを思い出して一度大きく深呼吸をした。


「……考えられる可能性はいくつかあるわ」

「可能性?」

「えぇ。他の音がたまたま鍵の開く音に似ていたとか、離宮に何者かが忍び込んだとか、あとはそうね」

「なんだ?」

「離宮を施錠した王陛下御本人が実は先にいらしている、とか」


 アレクサンドラがにやりと笑ってみせれば、テオバルトとフランチェスカはわかりやすく顔をこわばらせた。

 なんなら怪談を聞いている時よりもよほど怖がっていそうな顔だった。

 しかしアレクサンドラはすぐに冗談よと首を振って視線で離宮を示した。

 せっかくここまで来たのだから、見て回れる範囲は見ておきたい。


「とりあえず行ってみましょう?」


 アレクサンドラが既に離宮に向かって歩き始めても、王族二人はまだ嫌々と首を振っている。

 あの嫌がりようを見るに、先ほど冗談で王本人が潜んでいるのではと言ったのが相当効いているのかもしれない。

 こんなところに王がお出ましになるはずがないというのに、二人ともやはり父親には頭が上がらないのだろう。

 アレクサンドラだって父親に呼び出されたりしたら身構えてしまう。

 それに、王として評判の良い方だが、父親としては少々厳しいところのあるお方だというのを幼少期をあの二人と共に過ごしたアレクサンドラは知っている。

 それはさておき、もしここが王宮でなければまず不審者を疑ったところだが、今朝の事件で今日一日この場所はかなり警備が厳しかった。

 王宮内にいた人間はすべて素性を確認されたとも聞くし、物音の正体が風とか猫とかそういうものである可能性だってある。

 さっさと音の正体をはっきりさせた方がこの後すっきり眠れるというものだろう。

 それに、いざとなれば悪魔を呼ぶだけだ。

 それでもやっぱり少しだけ怯みながら、アレクサンドラは離宮の扉、その把手に手をかけた。

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