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第六話

 リリアーヌが言うには、王宮勤めの貴族が逢引の際、恋人に贈るための花を所望するのだという。

 だが、彼らは正体を知られたくないという理由から、夜中に訪れたり、もしくはダリエ家の者がいない内に勝手に出入りしては花を持っていくらしい。

 そして後日、口止め料も兼ねているのか、それなりの額が匿名で届けられる。

 なのでダリエ家はこのように突然花がなくなる事に慣れている。

 むしろ昔からの慣習というか暗黙の了解のようなもので、外郭の温室の一つはそのためにわざと鍵をかけずにいる。

 その話を聞いてアレクサンドラは開いた口が塞がらないとはこの事かと、心の底から衝撃を受けた。


(フランが言っていたから逢引までは知っていたけど、付随してこんな事が起こってるだなんて……! 逢引くらい他人に迷惑をかけずに出来ないのかしら!)


 確かに人目を忍んで深夜に密会するのであれば、昼から花を用意しては渡す頃には萎れてしまう。だから黄昏時にでも温室に忍び込んで花を持っていくのだろう。

 そしてダリエ家は仕方のないことだとそれらに目を瞑っている。

 いや、これもひとつの商機と捉えている可能性もある。

 だがいずれにせよ健全なものではないとアレクサンドラは痛むこめかみを押さえた。

 ここは王宮であって娼館ではないというのに花ひとつとってもコレだ。

 予想以上に風紀が乱れている。


「大丈夫ですか、お嬢様」

「……お前、知っていたわね」

「はて何のことやら」


 今までずっと不自然なまでに沈黙を保っていた悪魔が、にやにや笑いながら白々しくアレクサンドラの体調を心配し始めたので、アレクサンドラはすぐさまピンと来て従者に扮した悪魔をぎりりと睨む。

 最初に様子を見て来いと命じた際に、この悪魔はきっとこの現場についても調べたに違いない。

 そしてこの場所が逢引場所になっている事も、その為に貴族達がこっそり花を持って行く風習がある事も知ったのだろう。

 だが悪魔はそれを意図的にアレクサンドラには伝えなかった。


「自分で調べたいって顔してたからさ」

「何よそれ」


 ひそりとそんなことを耳打ちをされて、アレクサンドラは悪魔の足を思い切り踏んでやろうかと思ったが、戸惑いがちにリリアーヌが口を開いたのでギリギリのところで踏みとどまった。


「あの、他に御用はございますか?」

「大丈夫よ。お時間頂いてありがとう」

「とんでもない事でございます。また何かございましたら、どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」


 深々と頭を下げたリリアーヌに笑顔を返し、これ以上この場に留まる意味はないと悪魔を連れて踵を返そうとしたアレクサンドラは、リリアーヌの髪に花弁がついているのを見てあらあらと目を細めた。


「あなた可愛らしい髪飾りがついていてよ」

「あっ、これは失礼を……」

「構わないわ。それでは、ご機嫌よう」


 指先でリリアーヌの髪についていた花弁を摘み、今度こそアレクサンドラは踵を返した。

 西離宮の下見もしたし、あの場所で発見した花弁についてもこうして知る事が出来た。

 先ほど悪魔の足を踏もうとはしたが、確かに自分は知りたがりであって少しの違和感が気になる性格だ。

 全てを悪魔に聞いたところで自分の目でも確かめたいと言い出すに決まっているから、悪魔があえて何も言わなかったのもある意味理に適っているといえよう。

 事実その通りだからこそ、今自分はここにいる。

 テオバルトとフランチェスカが待つ王族の居住エリアに戻りながら、悪魔はアレクサンドラに問うた。


「知りたい事は解決出来たか? お姫様」

「この場所で王族でもない人間をそのように呼ぶのは叛逆を疑われるわよ」

「え〜、厳しいな」

「そうよ、厳しいの。でもそうね……、おおよそは満足したかしら」


 死体が見つかったために騒がしかった城内もようやく落ち着きを見せ始めている。夜にはすっかりいつも通りになるだろう。

 あとは予定通りに肝試しを決行して、適当な場でテオバルトとフランチェスカの口から「実際行ってみたが何もなかった」と言わせればいい。

 幽霊の噂があるという離宮自体がそもそも少し古いだけで幽霊も出そうにない場所だったから、ただ夜間に西離宮外観を見学するだけの退屈な時間になりそうではあるが。

 せっかくなら他の場所も回ってみるべきだろうか。


「あ」

「うん?」


 ふと足を止めて辺りを見回したアレクサンドラに倣うように悪魔も足を止めて辺りをぐるりと見回す。

 長い廊下の両側の壁には数多くの絵画が飾られ、そこには王族やそれに連なる者たちが描かれている。

 この場所こそ大回廊と呼ばれる場所であった。

 七不思議だと肖像画の目が動くとされている場所だ。描かれている人物が人物なので、確かに曰くのひとつやふたつありそうな場所だ。

 アレクサンドラは悪魔を見上げ、視線で辺りを示しながら言った。


「ここが大回廊。リリアーヌがダリエ家の管轄だと言っていた場所よ」

「あぁ、ここが……。肖像画ばっかりでなんか落ち着かねぇな」


 顔を顰める悪魔を他所によくよく見てみれば、大回廊の途中に何箇所か花を生けた花瓶が専用の台座の上に置かれている。

 今まで意識して見たことなど一度もなかったのだが、万が一花瓶が倒れても周りの絵画に影響を及ぼさないよう計算されつくされた場所だ。

 飾られた花もそれ自体が主張するのではなく、絵画を引き立てるような色味で構成されている。

 いい仕事をしているとアレクサンドラは純粋に感心してほうと息を吐いた。


(確かにあの花ならこの場所によく映えたでしょうに)


 せっかくなら見てみたかったのに残念な事だ。

 けれどももう少しすれば花は飾れるようだから、そうすればこの場所の雰囲気もまた変わって見えるのかもしれない。

 花瓶を眺めながらその時期に登城出来るかしらと思案していると、大回廊の中ほどまで進んでいた悪魔がひょいとアレクサンドラを振り返った。


「なぁ、ここに描かれてるのってほんとに肖像画ばっかなのな。風景画とか他のものが一枚もないなんて珍しい」

「大回廊には歴代の王族やそれに連なる高貴な方の肖像画が飾られる慣わしなの」

「へー、じゃあこれ全員この国の偉い人なんだ」

「えぇ。ほらここにテオバルト王子殿下とフランチェスカ王女殿下の肖像画もあるわ。隣はクラウディア王妃殿下ね」


 アレクサンドラは悪魔に肖像画に誰が描かれているのか一つずつ説明し始めたが、すぐにあらと声を上げて立ち止まった。


「どうした?」

「あぁ、ごめんなさいね。少し気になるものがあって」

「気になるもの?」

「ここだけ壁の色が少し褪せているの。珍しいわ。肖像画を外したのかしら」

「気分で絵くらい変えるだろ。王室なら珍しくて希少な絵画とか幾らでもあるだろうし、飾る場所もあるし」


 何がおかしいのかと首を傾げる悪魔に、アレクサンドラはやれやれと首を振った。


「私の屋敷に飾られている絵ならそうかもしれないわね。でもここは大回廊、王族の肖像画を飾る場所よ。配置一つとっても色んな取り決めがあると聞くし、肖像画を成長や時間経過に合わせて絵を新しいものにしたとしても、外すなんて事はそうそうないはずよ。……何をしたら額縁ごと肖像画を外したりなんか……」


 この大回廊にあるのは王族とそこに連なる高貴な人々の肖像画。

 この辺りには当代の王陛下とそのご家族の肖像画が飾られているので、掛け替える前の肖像画に描かれていた人物も王陛下と近しい人物であると推測できる。

 その中でそこに飾られる事を許されなくなるような事をした者とは。

 アレクサンドラはハッと息を呑んで顔を上げた。


「まさか、ここに例の側妃の肖像画が……?」


 慌てて肖像画を確かめれば、アレクサンドラの知っている他の妃の肖像画は全て揃っている。知らないのは既に儚くなった件の妃のみ。

 他国から嫁いで来たという妃ならば肖像画が飾られて当然であるのに、側妃でありながら王の不興を買い軟禁されたまま生涯を終えたという彼女の肖像画は此処にはない。

 これはアレクサンドラの推測でしかなかったが、彼女は己の推測はかなりの確率で真実に近いと直感で確信していた。


(肖像画まで外されるだなんて、側妃は一体何をして王のご不興を……?)


 そういえば、側妃が軟禁の末に亡くなったのは知られていても何をして軟禁に至ったのかは噂話にも出てこない。

 宮廷のスキャンダルだなんて一番噂になりそうなものだが、それがないということは緘口令が敷かれたと見るべきだろう。

 そこまでの事があったにしては、アレクサンドラの知る限り、側妃の祖国との関係が悪くなったという事実もなかったはずだ。

 ──辻褄が、合わない。


(西離宮の怪談話を聞いたばかりだから、変な事ばかり気になるのかしら……)


 アレクサンドラは胸の奥に何か靄のようなものが積もっていくのを感じ、それを振り払うように頭を振ってから悪魔を見た。

 悪魔は横で興味深そうに肖像画を眺めていたが、突然アレクサンドラの細い手首を掴んでぐいとその身体を引き寄せる。

 お互いの顔の位置が近づいて、アレクサンドラは悪魔の睫毛が意外と長いことを知った。


「何を……っ」


 慌てて手を振り払おうとするが、男女の差なのか人間と人外の差なのか、その手はびくともしない。


「……どういうつもりなの」


 今日は謁見が禁止されているからこの場所も人の気配がないが、貴族というのはいつどこで誰に見られているかもわからないのだ。

 アレクサンドラはブランシェス家の名を背負っている上に、婚約破棄をきっかけに社交界で不本意ながらも悪名を高めてしまった身である。

 昼日中から王宮内で婚約者でもない相手と親密にしていたなどと噂が流れるような事は何としても避けたかった。

 だが、アレクサンドラが睨みつける視線の先の悪魔は、彼女の手首を軽く動かし、「指先」とだけ言ってパッと解放した。

 言われた通りに指先を見てみると指先に茶色の汚れがついている。

 離宮前で花弁を拾った際に汚れた指先は、フランチェスカに言われて拭ったはずなのにとアレクサンドラはパチリと目を瞬かせ、そして自分が盛大な勘違いをしていた事に気が付いて顔を真っ赤にした。


「紛らわしいことを……!」

「あは、ドキドキしちゃったりした?」

「してない! 断じてしてないわよ!」


 そうしてアレクサンドラは今度こそ悪魔の足を踏みつけてフンと鼻を鳴らすと、テオバルトとフランチェスカの待つ部屋に戻ったのである。

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