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第五話

「……何なの、あの娘。どうして不敬罪で投獄されないのか不思議でならないわ!」

「まぁ、それは……色々あるんだ……」

「お花の質はそれなりに良いのだけれど……」


 三人が逃げ込んだ先は王宮の中にある来賓用の部屋の一つだった。

 それぞれソファに腰を下ろし、非常に疲れた顔になったテオバルトとフランチェスカが揃って重苦しい溜め息を吐くのを見ながら、アレクサンドラは王族にも王族なりのしがらみや面倒があるものだなと思った。

 それにしても、あのような振る舞いを許して良いのだろうか。あの娘の増長具合はかなり年季が入っていそうだ。


「テオ、早いうちにあの娘を何とかするべきよ。王宮に出入り出来るからと上級貴族かのように振る舞うだなんて、あってはいけないわ」

「だがあの家門は曽祖父が気に入って出入りに選んだ家門だからな。とんでもない失態でもない限り、新たに他の家門を迎える事も出来ん」

「あの不敬が失態にならないだなんて……!」


 こういう時、古いしきたりだの何だのというのは本当に面倒くさい。

 アレクサンドラは隠しもせず舌打ちをして、だが今はそんな事に時間を割いている暇はないと思い直し、現場からハンカチに包んで持ち帰っていた花弁を取り出した。


「まぁ、アレクサンドラ。地面に落ちた花びらなんて拾うからハンカチが土で汚れているわ」


 言われて見てみれば白いハンカチに茶色の汚れが付着している。

 もしやと思って確認すれば、花弁を拾い上げた指先にも同じ色の汚れが付いている。幸いドレスは汚れていないようだ。

 その汚れをハンカチの端で拭って、アレクサンドラは花弁に視線を落とした。


「この花、あの娘が言うにはダリエ家という家門が管理しているのよね。話を聞いてみたいわ」


 アレクサンドラのその言葉に、気まずそうにフランチェスカが口を開く。


「ねぇ、アレクサンドラ。あまり良い話ではないから黙っていたのだけど……」

「どうしたの、フラン。もしかしてダリエ家って評判がよろしくないの?」

「いいえ。そんな事はないわ。そうではなくて、その花がどうしてあの場所に落ちていたか、よね」

「何か知っているの?」


 フランチェスカの様子にテオバルトはそういえばと口許に手を当てた。

 彼がこういう仕草をするのはいつも大体言い難い事を言う時なので、フランチェスカの表情とも合致する。

 首を傾げて言葉の続きを促すと、フランチェスカはぽつりと一言で答えた。


「あそこ、噂では時々逢引場所として使われているみたいなの」

「逢引場所……」


 その言葉にアレクサンドラはぱちと豊かな睫毛に縁取られた瞳を瞬かせた。

 王宮内には王族や役人の他、兵士であったり使用人であったりと、かなりの人数が出入りする。

 その中には王宮内の官舎や専用の区域に住み込みで働く者も多く、頻繁に町には出られない場合もある。

 あるいは既婚者であるとか、同性同士の禁じられた愛だとか、そういう事情を抱えた誰かが、人目を忍んで恋人と王宮内で逢瀬を重ねるというのは特段珍しく話ではない。


(だからってよりにもよってあの場所で!?)


 今は使われていない場所だから確かに普段から人は寄り付かないが、元は貴人の住まう宮である。

 しかし幽霊が出るだなんて噂もある場所でよくもまあ逢引などするものだ。

 と、そこまで考えて、アレクサンドラは逆かもしれないと思い直した。

 逢引で使う為に人が寄り付かないような噂を流した、とも考えられる。

 社交界での情報戦は基本中の基本だ。宮中ともなれば尚更だろう。情報操作を仕掛けた誰かが居ても不思議ではない。

 さて、今回はどうだろうか。

 アレクサンドラは口許に手を当ててしばらく思案顔になった。


「フラン。貴女、この花は逢引中の恋人達が落としたものだと思ったのね」

「えぇ、そういう事は珍しくはないから。だから、残念だけど幽霊とも今回の騒ぎともきっと関係はないわよ」


 フランチェスカはアレクサンドラが肝試しを楽しみにしていた様子だったので水を差してしまう事を気にして言い出せなかったのだと続けた。

 天真爛漫に見えて他人の機微に聡い彼女らしいと思いながら頷き、手の中の花弁を見つめて胸の中で悪魔を呼ぶ。


「そう。だとしたら、逢引に使われたという確証がほしいわね」


 ダリエ家の人間に会いに行くわ。

 そう言ってアレクサンドラはにこりと笑って見せたのだった。


 ***


 姿を変えた悪魔を従者として従え、アレクサンドラは王女の遣いという名目で城の外郭にあるダリエ家を訪れた。

 外郭といっても花の搬入のためか内郭門からすぐ近くの場所であり、それだけでもダリエ家の重用具合が伺い知れる。


「あなたがダリエ家の方?」

「はい。娘のリリアーヌ・ダリエと申します。祖母と兄は今買い付けで不在にしておりますので、御用件は私が代わりに承ります」


 リリアーヌと名乗った娘はアレクサンドラの来訪に驚きつつも、丁寧かつ礼儀正しく対応した。

 先ほど見た娘との違いに、アレクサンドラはやはりアレは特殊個体だったのだなと心から安堵して、持って来た花弁をリリアーヌに差し出した。


「突然ごめんなさいね。この花はこちらの家門で管理されていると聞いたものだから」

「これは……。えぇ、さようでございます。これは当家が品種改良したものですので、管理は当家で行っております」

「城内にも飾ったりするのかしら?」

「はい。季節や城内の雰囲気に合わせて、ダリエ家の管轄内でのみ何箇所か活けております」


 アレクサンドラはリリアーヌの言葉になるほどと頷き、同時に控えめでありながらも聞かれた事に不足なく答える彼女の対応に感心した。


「今は城内のどこに飾っているのかしら?」

「今は……、ございません」

「え?」


 リリアーヌはほんの少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げ、しかし口籠る事はせずに言葉を続けた。


「本来でしたら近々大回廊中央に飾る予定でしたが、温室にどなたか入られたようで、見頃の花がなくなってしまって……」

「それは……、あの、花が持ち去られてしまったという事?」

「さようでございます。まだ蕾の膨らんでいないものは残っておりましたので、飾る花の順番を入れ替えて対応しております」


 よくある事だとリリアーヌは言ったが、アレクサンドラからしてみれば立派な窃盗である。王宮内でそのような事が日常茶飯事的に起こっているのならば、これは看過できない問題だ。


「嫌がらせかしら。それとも……」

「あの、本当によくある事ですし、兄も祖母も気にしなくて良いと言っています」

「良い訳ないでしょう。これは歴とした犯罪だわ」

「いえ、お代は後日匿名で届くんです」

「はぁ?」


 アレクサンドラが強い視線で問い詰めると、リリアーヌはここだけの話にしてほしいと何度も念を押してからおずおずと口を開いた。

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